第5話 私にだけはいつも言葉が足らないのよ

 少しだけ時間を戻してフォルデノ城、王の間では漆黒しっこくの軍艦による激しい砲撃が実の所、おとりであったことを理解したルイス・ファルムーンの苛立いらだちが続いていた。


 もう知っての通り、フォルデノ城に電磁砲レールガンを設置したと相手側に思い込ませることには成功しているのだ。


 敵は本丸であるフォルデノ城でなく、撃たれても当人達に大した影響がない城下町を攻め立てるであろう。しかもこの作戦を指示したの他でもないルイスである。


 …………要するにしてやったりは、むしろネッロ・シグノ側なのだ。


「ルイス様の見事な采配さいはいに上陸した敵連中は、今頃歯軋はぎしりしているに違いございませぬ。一体何を慌てることがありましょうか」


 ヴァロウズ1番目のノーウェンは、マスター・ルイスの有能さを心から称賛しょうさんするのだが、上段から突き刺すような視線を止めようとしないルイスである。


「ノーウェン………それにフォウ、話の論点をらされては増々苛立いらだつから止めてくれないかい」


「で、ですが………」


「僕のやることは完璧でなければならない、この間隙かんげきって上陸されていた。こんな不愉快ふゆかいな話はないよ。敵が1基目の電磁砲台の在処ありかを城の方角と判断し砲撃を開始する……それは計算通りなんだ」


 此処からルイスが思い描いていた作戦がクドクドと語られる始める。彼は誰にも作戦の真意を語っていなかったのだ、側近の二人にさえも。


「問題はその後だよ、しかいない城下町に無駄撃ちをさせて、完全に意識を向かせている間に、本命の電磁砲台を城からブリッジに向けて発射。訳も判らない内に全滅する弟達」


 これを聞いたノーウェンとフォウがハッとする、この主様は敵の上陸すら許さず完封する気だったのだと気づく。


「これはそういうすきのない作戦だったのだよ。確かに上陸した連中は、町に置かれた砲台の成れの果てを見て騒然そうぜんとするだろう。だが彼等は即時に攻撃目標を変え………」


「きゃあぁっ!!」


 なおも語り部を続けようとするところ、フォルデノ城壁が破砕はさいされる音にフォウが耳をふさいで床にせる。


 まさにこのタイミングでローダとサイガンから、ネロ・カルビノンに対し砲撃目標の変更が言い渡されて、実行に移された訳だ。


 預言者よげんしゃめいたルイスの発言がさらに続く、もう当初の作戦を捨て切り替えるべきタイミングではなかろうか。


「ほら、言わんこっちゃない。それに城下町に置いた兵隊をしらみ潰しにしながら向かって来るよ………」


 こうしている間にも次々と城を直撃する砲撃の音が鳴り止まない。それどころ音量が大きくなり、その数も次第に増えている。


 電磁砲以外の兵器も射程距離に入ったのであろう、不幸中の幸いなのは外壁が実に強固に作られているので、王の間をくずすまでには至らないことだ。


「仮にあの船から逃げ延びて城への直接攻撃を始めたとしても、城下町にせておいた大量の傀儡化物達で取り囲んで各個撃破。いくらアイリスとやらに頼ろうとも敵の数減らしさえ成功してれば多勢に無勢………」


 自分等の身の安全は此処に入れば安心であるのかも知れない。だがそれにしたって轟音ごうおんの度に城そのものが、局地型地震でも受けているように揺れ動く。


 フォウにして見れば生きた心地がしないというものだ。


「少ない兵達で無理してアイリスを多用し、身体が持たなくなったところを雑草のように刈り取る。これはそういう作戦であったのだよっ!」


 ダンッ!


 玉座の腕の置き場を拳で叩いて怒りをあらわにするルイスである。さらに玉座から立ち上がり、爪を噛みつつ壇上だんじょう幾度いくども無駄に往復するのだ。


「ノーウェン、フォルデノ城壁最上段に電磁砲レールガンを2基設置するんだ………」


「そ、その作戦を続けるおつもりですか?」


「違うよ………これはせめてもの見せしめだ。船員達は未だ船にいるだろう? あの船を沈めれば弟達の戦意を少しは削げる。その位は察して欲しいものだ………」


 この先の話はもう語るまでもないであろう………結果はルイス等の電磁砲台が2基とも敵に破壊され、その嫌がらせすら失敗に終わった。


 ◇


竜之牙ザナデルドラ


 ローダが白い竜シグノが潜む大剣、竜之牙ザナデルドラを厳かに呼び出した。直ぐに主の要求に応答し、姿を現す白い牙を有した刃。


竜之牙ザナデルドラよ、真の姿を我が前に示せ………」

「えっ、こんな敵地の真正面で……」


 ルシアは驚くのだ「………あの巨大な白いドラゴンを堂々とさらすつもり?」と続けるつもりであった。


 けれども実際はだいぶ違った、いや確かに竜之牙ザナデルドラが白いドラゴンにその姿を変えた。


 しかし出現したものは、とても小さな鳥のようなサイズだったのである。


「あ、あれれ?」

「あら、何か白い小鳥さんみたいで可愛いですね」


 実際、まるで手乗り文鳥の如く、ローダの右肩を止まり木とする姿は愛くるしく見えなくもない。


「おぃ………此奴を一体どうするつもりだ?」

「さあシグノよ、俺をしろとするがいいっ!」


「ええっ!?」

(………依り代だと? 竜に憑りつかれると言うのか?)


 レイが小馬鹿にするのを構わずに、ローダが両手を広げ両目を閉じる。依り代と言う言葉に驚くリイナとジェリド。


 リイナとて不死鳥化の際に不死鳥フェニックスを自分に取り込んでいるから、余り変わりがない気もするのだが、取り込むと憑りつくでは180度意味が異なる。


「キィ……」


 小さく一鳴きしてから、ローダの肩を離れ一度だけ旋回してからローダの胸に飛び込んでゆく白い竜シグノ


 この行為だけ見れば、やはり不死鳥化とあまり変わらない気がするのだが、ローダに飛び込むその刹那、皆には確かに見えた。


 巨大な白いドラゴンが人間一人如き一飲みに出来る口を開いたその姿を。


「ローダァァァ!!」


 ルシアが止めに入ろうと小さいシグノを捉えようとするがもう遅い。もう後は悲鳴混じりの名前を呼ぶ以外に出来ることがなかった。


「んっ? 何だい。やけに外が騒々そうぞうしいじゃないか」


 未だにネロ・カルビノンによる城壁の破砕が続く喧噪の最中、ルイスだけが城壁の外の異変に気づく。


 そもそも電磁砲レールガンの銃弾が跳ね返されるという異常事態が起きた時点で在り得ない事態が起きていることに気づくべきである。


 自分が興味を示すこと以外には目もくれようとしない、自信家の彼らしいと言えばそうと言えなくもないのだが、此処は既に戦場なのだ。


「う、ウグッ!」

「ローダァァ! 止めてっ! 離してよっ!」


「よせ、よすのだルシアっ! お前の愛する夫を良く見るがいいっ! いや、もう何も考えなくて良いからその手を握ってやれいっ!」


 サイガンに肩を握られ動きを止められるルシア。目前で胸を押さえ喘ぎ苦しむローダがいるのだ。どうにかしてあげたい、ローダに飛び込んだ竜を引きづり出したい。


 だがそんなことをすればローダは死んでしまうだろう、とにかく取り乱すルシア。


 最初はルシアのことを落ち着かせようと懸命であったサイガンが、掴んだ肩を離すと今度は背中を押したのだ。


「手を………繋ぐ?」


 乱れてどうしようもない今のルシアには手を繋ぐだけ? そんな思考が瞬時に巡り、苦しむローダを抱きしめるまでに至る。


「何だっ!? ローダは一体何をしている?」


 城の城壁の上に姿を現したルイスもその様子を見つけ驚き、異様な雰囲気に飲まれ不覚にも後ずさる。


 ローダの髪、肌の色、着ている衣服すらも真っ白であり、まるで魂の抜け殻のようだ。


 ルシアから放たれた緑色の輝きが、まるで抗うかのようにローダに色を与えようとしているのだ。


 ―………ルシア、ルシア、違う、そうじゃない。

 ―………ローダ? 大丈夫なの?


 気がつくとルシアは、周囲が真っ白な世界に自分が存在していることに気づく。姿こそ見えないがローダの意識だけは、ハッキリと感じられた。


 ―俺は今、シグノと心を通わよう会話しようとしているんだ。力を貸してくれ。


 ―もぅ……それならそうと言ってくれたら良かったのに。貴方、皆と話しようとするくせに私にはいつも言葉が足らないのよ。


 ―…………そうか?

 ―…………そうよ、でも、もういいわ。


 ルシアは溜息を吐くと、目を閉じてこの雪しか見えないような世界でシグノの意識を探し…………そして探り当てた。


 …………ただ見つけたのは一つだけじゃなかった。


 現実世界…………真っ白だったローダに精気が戻り、肌色も戻る。ただ髪の毛の右半分が白髪と化している。


 さらにまぶたを開くとその瞳の色も右だけが青、左側が赤に変わっている。加えてその背中には白い翼が生えていた。

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