第2話 地獄絵図を描かされた漆黒の絵師

 サイガンが運転ドライブする白い四輪駆動車がフォルデノ王国の森の中を一気に駆ける。


 道案内ナビを言いつけられたジェリドであるが、よもやこの様な道なき道の誘導指示をする羽目になろうとは思ってもみなかった。


 しかもこの老人の運転ドライブが想像以上に元気が良い、この辺りの道と言ったら、馬車で移動出来るようには出来てはいない。


 騎士であれば馬、それも相当乗馬慣れした者でなければ駆けるなんてこと無茶な話だ。


 ではジェリドに道案内は出来ないのか………いや、それが驚いたことに彼はその乗馬慣れした者の方であったようだ。


 他のメンバーがビビって声も出せない中を的確にナビゲートするのだ。車輪が大きな樹木の根に幾度いくども載って跳ねまくる。


 ボディーの方も窓が割れるのではと心配になるほどぶつけまくりながらも勢いが決して落ちない。強度の低いボディーがミシッと嫌な音を立てるがお構いなしだ。


 最初はおっかなびっくりであったジェリドも段々楽しくなってきたようだ。彼はフォルデノの聖騎士である最中、この辺りで乗馬訓練をしていたらしい。


 しかも何より屈強な木こりの多いラファンの出身、風雨にさらされた山道がどういった地形変化をするのか知り尽くしていた。


「す、凄い………この山道を抜けるまではむしろ、後ろをついてゆく方が賢明です」


「や、やっぱり乗らなくて良かったです。それにしてもサイガン様もお父さんもやり過ぎですよっ!」


 森と友達のエルフ族のベランドナですら、山道の走り方に熟知しているサイガンの運転ドライブに感動すら覚える。


 何しろ暗い山道だ、陣形通り下手に前に出ようものなら自分が引かれてしまいそうだ。


 リイナの方はサイガンの異常なペースが、父ジェリドの冴え渡る道案内が上乗せしてることに気づいていた。


 幼き頃、父の乗馬で走った山道で幾度を泣かされたものであった。


 とはいえ所詮しょせんは城下町の外れに過ぎない、こんな山道が長く続きはしない。


 あっという間に馬道は、街へと繋がる比較走りやすい街道へと姿を変えてゆき、城下の街並みが見えてきた。


 頃合いを見計らって本来の陣形に変えてゆくのだが、その見えてきたものが惨憺さんさんたる有り様であった。


「クッ! 胸糞むなくそ悪いったらないぜッ! 道理で俺が知ってる城の方角じゃねえって思ってたんだ!」


 ―レーナッ! 砲撃手に伝えるんだ、直ぐに電磁砲レールガン引き金トリガー自動オートを一時停止、西に35度の軌道修正をしてから再開してくれっ!


 ―他のミサイルなども全て軌道修正しろっ! 悔しいが我等は城でなく町を狙い撃ちにしているっ! 急げっ!


「りょ、了解!」


 接触コンタクトを使ったローダとサイガンからの指示が同時に、オペレーターのレーナへ届き、少しの混乱と共に応答する。


 先ず彼等の視界に入ってきたもの………それはレイが類稀たぐいまれなる遠距離射撃で撃ち払った敵側の電磁砲台の残骸ざんがいであった。


 フォルデノ城の高い城壁の上辺りに設置された砲台であるとサイガン辺りはたかをくくっていた。


 けれどもヴァロウズとしてフォルデノ城に幾度も出入りをしていたレイは、違和感を覚えつつも撃ち抜いたのだ。


 ルイス等は電磁砲台をあろうことか城下町のど真ん中、噴水広場に設置したのだ。

 後はレイが狙い撃った場所を目掛けて、ネロ・カルビノンの他の銃火器も全てそちらに向けて派手に撃ち続けて、この地獄絵図を描く手伝いをさせられていた。


「だ、だがな、俺の知るのやり方が続いているのだとしたら、住民達は此処にいねえ筈だ」


「れ、レイ? そ、そうなのか?」


「嗚呼……俺がヴァロウズの一員であった頃、ただの住人達は地下にある避難施設シェルターに移してあった。ルイスの野郎もそれを続けているかは知らねえがな」


 マーダの意外な一面をレイから聞かされたガロウが驚く。エドナ村をアディシルドで半分斬り裂いた悪魔の如き所業しょぎょうを思うとちょっと想像がつかない。


「その代わり、ホレ……あの家を見な」

「あ、アレは!」


 レイが実に忌々しいと言いたげな顔つきでガロウに促す。三階建てあろう割合大きめな民家の窓から一つ目の巨人サイクロプスが此方の様子を伺っているではないか。


 さらに通り過ぎた民家の軒下から、人狼ワーウルフが飛び出して此方に襲い掛かってくる。


 ズダダダダダッ!!


 それをレイが車の最後部に付けてある機関銃で蜂の巣にする。死んだかと思いきや、頭を撃ち抜いたというのに再び立ち上がり向かってこようとしている。


「マーダ様はなあ、住民……即ち非戦闘員には最初ハナから興味がねえ。だからこの街から住民を追い出して、この街自体を自分の要塞ようさいにしちまったのさ」


「な、成程……」


「アレはアレなりに戦いに対する美学………そんなクソみたいなもん持ってた訳よ。おぃ! ローダッ! そろそろ約束通り本気でやっちまうが構わねえよな?」


 マーダのことを先程からあえて様付けして呼んでいるレイ。このフォルデノ王国のみならずアドノス島自体を戦乱に巻き込んだ所謂しょせんと定義して良いと、このレイですら思っている。


 けれど悪とはいえ、自分の配下に置いた民を戦いに巻き込まない………それは結果論に過ぎないのだが、マーダのそういうところには一目置いているようだ。


 機関銃で頭を蜂の巣にしたいうのに死なない人狼ワーウルフ、もう想像の範疇だが此処にいる敵勢力も全て、不死と考えるのが妥当である。


 レイが一応ローダに伺いを立てている「本気」とは無論、アイリスの使用許可だ。


 ―勿論だ、レイだけじゃない。皆、赤い輝きアイリスの使用を許可する。時間切れを起こしても俺とルシア、そしてヒビキ・ロットレンが緑色の輝きでそれを引き継ぐ。


 ローダが総員オールレンジ接触コンタクトによる指示を告げる。それを聞いた皆の顔つきが一斉に変わる。


 暴れ放題だとニヤつく者、いよいよ最後の戦だと自然と引き締まる者、目的こそ同じだが人の意識はそれぞれ異なるものだ。


 ―但し人間の身体には限界がある………。脳に関わる耐性は此方が受けもつが、長時間の使用は肉体の方が負けてしまうんだ。それを決して忘れないでくれ、以上だ。


「よっしゃあァァァ! レイッ! 正義leyの名に於いて全てを蹴散らすぜぇッ!」


中馬我朗ちゅうまんがろうおいの刀錆にするっすっど!」


「何だそれ格好良いじゃねえの………。ランチア・ラオ・ポルテガ、目標を……」

「……殲滅せんめつだッ!」


 レイ、ガロウがそれぞれ自分の名に於いて敵を根絶する宣言をする。

 それを聞いたランチアが真似をしようとしたところ、最後の台詞をプリドールに持っていかれて憮然ぶぜんとする。


「風の精霊達よ、あの者等に自由の翼をっ!」


「ヤレヤレ………私、騒がしいのは余り得意じゃないのですが。物事は常にスマートにいきたい主義ところです」


 此処でベランドナが全ての仲間達に自由の翼を授ける、飛んで戦わない者もいるだろうがお構いなしだ。


 その隣で自分の爪オルディネに乗って空を飛んでいるドゥーウェンが肩をすくめて嘆息たんそくするが、その割には全ての自由の爪オルディネを解き放った。


「「「「アイリスッ!!」」」」


 レイ、ガロウ、ランチア、プリドール、それぞれ威勢いせいの良い声が、夜明け前のフォルデノの空に響き渡ると赤い輝きが霧のように拡散してゆく。


「おぅ、そこデカいのっ! 先ずはお前からだっワイじゃ! 示現我狼じげんがろう櫻華おうか』ぁぁっ!」


「この犬っころがッ! せめて派手に散りなッ! オラオラオラァッ!!」


 一つ目の巨人サイクロプスが仕掛ける前に民家ごと、ガロウ得意の一ノ太刀が脳天からまたまでを一刀両断した、辺りがマグマのような鮮血に染まる。


 ただの機関銃であった筈のものが、急激に威力いりょくを増して人狼ワーウルフを肉片一つ残さず蹴散らす。


わりィな青いシャチ、不味まずい肉だが好きなだけ喰らえッ!」

「団長? そんな雑魚で良いのかい? デカいのが選り取り見取りだってのに」


 ランチアが死した人間の兵を召喚した連中とおぼしき小隊を巨大なショベルカーですくい上げるかのように洗いざらい、青いシャチの口で食らい尽くす。


 副団長の赤い鯱プリドールは、そんな雑魚には目もくれない。赤いシャチに飛び移ると名の知れてそうな奴ネイムドを探す。


 …………白い狼が率いる連中による進撃の幕がいよいよ上がった。

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