第1話 創造された白い狼

 サイガンの転送術、SEND転送によってローダ達一行は、フォルデノ城下町の外れにある座標に飛ぶことに成功した。


「此処って本当にフォルデノ王国内なの? 何もない所なのね………」


「アレだ、アレがルチエノの意識から読み取った喫茶店の名残なごりだ」


 ルシアの言う通り、周囲に店はおろか民家すらない。森が生い茂っているので、間違って違う場所に転送されたのではないかと感じるのも無理はない。


 ローダが巨木をくり抜いた建造物らしき跡を指差し、間違いでない証を示す。


 窓だったのかと思えそうな穴がいくつか存在し、扉だったとおぼしき箇所は大きく腐り落ちて、出入口としての機能を成していない。


「喫茶ノイン………でこうも変わってしまうとは……」


「べ、ベランドナ?」

「な、何でもありません………」


 1000年以上生きると言われているハイエルフにとっては、樹木の寿命すら泡沫うたかたと感じるのかも知れない。


 このベランドナはまだ302歳、ハイエルフとしては未熟である自身がそう感じているが、これまでの彼女の人生における半分の頃に、此処で過ごした数年間の思い出は格別であった筈だ。


 それにもかかわらず忘却の彼方にしまい込んでいたなんて………。長寿の意味を考えさせれた。


「えっと………此処からフォルデノ城までは………」

「………ざっと15kmといった処だな」


「おぃ、15kmだと? 飛んでいけば時間を縮めらるだろうが、それじゃいよいよ不意撃ちの意味あるのか?」


 ローダが人から譲り受けた知識を辿ってフォルデノ城まであとどれ位か、計測しようとした矢先、王国の状況に明るいジェリドが勝手に答えをはじき出す。


 それを聞いたガロウが、海上で壮大なおとりをしているネロ・カルビノンを指しながら唾を飛ばして疑問を吐き出す。


「ガロウ、行く前から言ってたでしょ? 堂々と蹂躙じゅうりんしてやれば良いんだって」


「そ、それにしたってだな………」


「うーん……確かに時間が掛かりそうだな。判った、どうにかしてみよう」


 ルシアが少し小馬鹿にした顔をガロウに向けて突き出すのだが、これは流石に何かやり方を考えるべきとローダもえりを改めた。


「………ヒビキ、頼む応えてくれ『アイリス』」


 両目を閉じてローダは静かにその4文字を告げた。これ程まで穏やかにこの力に頼るのは初めてであるかも知れない。


「おおっ!」

「で、出た緑色の輝きが!」


 数秒間の間をおいてローダが望んでいた緑色の輝きが出現し、鬱蒼うっそうとした暗い夜の森を飛び交い始める。


 まるで大量のほたるが飛んでいるかの如く、幻想的な雰囲気に様変さまがわりする。


「これから義父さんサイガンの記憶を辿たどらせて貰う………」

「な、何をする気じゃ………」


 蛍達の輝きがローダ等の目前に集まって、見たこともない形を成してゆく。


 いや正確にはサイガンだけは良く知っている物であり、知識だけならドゥーウェンも認知している。


「こ、これはまさか………」


 4本の車輪の上に屋根を持たない白いボディが形作られてゆく。ネロ・カルビノンの座席よりも余程座り心地の良さそうな椅子が6つ、3つごとに縦に並ぶ。


 左座席の一番前と思われる所だけ、丸いハンドルらしきものと、計器類が出来上がってゆく。


 車輪は大きく黒いゴツゴツしたものが地面に設置している辺り、荷馬車のソレとは大きく異なる。


 前方にはガラス製の窓フロンガラスが存在し、その先が1m程先に延びている。そこには何かを格納しているらしく、ボディと同色のふたが存在する。


 鼻っ面………と呼称して良いのか不明だが、そこから地面までは250mm程の隙間すきまが存在していた。


「こ、これは自動車!? しかもクロスカントリー車※ではないか!」


「すまない、座席の数を勝手に増やしてしまった。もっともこれでもまだ足りないが………」


 ※4つのタイヤが駆動して乗用車よりも高い車高を活かして不整地を走ることを得意とした車の総称。


 これを見たサイガンの身体がプルプルと震えている。信じられない顔をしたままハンドルのある方へ歩き、勝手にドアを開いて乗り込むと、ハンドルの近くにあるキーをクィとひねる。


 始動音と共に一発で内燃機関エンジンに火が入り、静まり返っていた森がさわがしくなる。


「どうだ? 出来るだけデュエ・ディフェザ二番目の封印を解く際に見せて貰った愛車を真似てみたのだが………」


「フフッ……大丈夫ですよローダさん。先生感激の余り、声を失っているのですから」


 そうなのだ………サイガンの意識を見せて貰った際に出てきた白いオープンカーとは正にこれなのである。


 ローダが「座席の数は勝手に増やした」と告げた通り、本来の座席数は4。


 さらに2ドアで全体長が短い車なのだが、仲間を一人でも多く載せるため、そこは勝手に延長したうえで座席を6に変更した。


 サイガンのこだわりにアレンジを加えたことを、この非常時であるというのに律儀りちぎに謝罪したのである。


 けれどドゥーウェン………いや吉野亮一よしのりょういちは知っていた。この先生がいかにこの車を愛していたかを。


 初期段階の人工知性プログラムのパスワードを解析する際、この車の形式番号とエンジン形式を組み合わせしただけでアッサリ認証されたので、腹を抱えて笑ったものだ。


 プログラムのコメント欄にて思わず突っ込みを入れた内容。/* 白い狼の先生をしたう学生。ところでパスワードが雑過ぎですよ */


 亮一はこれに全てを言い表しているつもりなのだ。白い狼とはこの車を指し、パスワードが雑過ぎるというのもそういうことだ。


 車の話が余りにも長くなり過ぎたが、要はこれに乗ってフォルデノ城を目指せば時間短縮が出来るという寸法である。無論、ドライバーはサイガンである。


「良しっ、では私の隣にジェリドが座れ。道案内ナビを宜しく頼む。後は好きに………いや、レイは右最後列だな」


「ハァッ!? んなもの何で………」


「いやいや、どのみち席が足りませんよ。私は自分の爪オルディネに乗って飛びます。成程、ローダさん達も自分で飛ぼうって訳ですね」


「え、えっと………何か怖い気がするので私も不死鳥フェニックス化で飛ばせて頂きます」


 自分だけ勝手に指定座席を言い渡され、喰ってかかろうとしたレイであったが、その右最後列である方を見た途端に押し黙る。


 そして「………大層な玩具付けてんじゃねえか」とニヤついた。

 ドゥーウェンは空気を読んで自由の爪オルディネを一つだけ呼んでこれに乗る。


 リイナの方は、何やら鼻息荒いサイガンを見るや、これは楽しさよりも怖さの方が上回る絶叫マシンだと判断した。


「ヴァーミリオン・ルーナ、くれないウィータ、賢者の石がその真の姿を現す。炎の翼、鋼の爪、今こそ羽ばたけ不死の孔雀くじゃく………我に応えよ『不死鳥フェニックス』」


「「「風の精霊達よ、我に自由の翼を」」」


「そして勇気の精霊よ、かの者らにお前の勇気と翼を『戦乙女ヴァルキリー』」


 ドゥーウェンに続きリイナも不死鳥を召喚して自らに取り込む、もうお馴染なじみの光景になりつつある。


 ローダ、ルシア、ベランドナのそれぞれが風の精霊に自分の翼となるよう命ずる。


 普段のように他人にも翼を付与エンチャント出来る。だが自分の翼は自身でさずけた方が効果は持続するのだ。


 そこへさらにベランドナが戦闘能力を底上げする戦乙女ヴァルキリーを上掛けした。


 これは現時点こそ必要ないが、道中で強敵と出くわしてからでは遅いという用心のためである。


「ではサイガン、そちらも移動を開始してくれ。俺達空の方は前方へ察知能力にひいでたベランドナとドゥーウェン、残りは後方の守りを固める。もっとも………」


「この陣形フォーメーション臨機応変りんきおうへんに………であるな?」


 早速宙に浮かんで、陣形を作りながら指示を出しているローダに対し、運転席ドライバーのサイガンが勝手に引き取り、ルームミラーに映るローダにニヤッと笑みを送る。


 灯火類ヘッドライトも点灯させて、はやる気持ちを抑えきれない。


「では往くぞ皆の衆っ! 不整地を全開で駆け抜けるのだ、少々飛び跳ねるかも知れんが覚悟してくれよっ!」


「うっわっ!? は、はえぇぇ!」


 絶妙なアクセルワークとクラッチミートで、未舗装路の上だというにいきなり1速ギヤから全開をくれるサイガン。


 確かにドゥーウェンの言う通りだ、大好きな玩具を与えられ無邪気に走り出す50後半の男の子である。


 ガロウの文句は、1992年式の大変レトロなエンジンの音にかき消される。


 空の三人すら置き去りにして早速、を履き違えてゆくのであった。

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