第15話 全てを導く笑顔

 遂にローダの勝利で決着したトレノとの争い。これにてカノンにおける全ての戦いが終わり、カノン攻略は成った。


(ヴァロウズ3番目の剣士トレノ………そしてルシアが相手をした5番目の女拳闘士ティン・クェン。何れも恐ろしく強い相手だった………)


 トレノとの壮絶そうぜつな争いと、アイリスで強化している筈のルシアを相手に全く引けを取らなかったティン・クェンに少々想いをせてみるローダ。


 強いルシアはともかく、自分は良く生き残れたものだと改めて実感する。


(4番目の魔導士フォウ、まだ見たこともない1番目………そして扉の力を得たらしいルイス。まだ彼等が残っているんだ………俺は本当に勝てるのか?)


 フォウとまだ見ぬ1番目の相手は全力を振りしぼって相手をするのみ………。だがルイスにいたっては正気に戻し、連れて帰らねばならない。


 そんな神憑かみがかりなことが本当に可能なのだろうか…………。


「………グッ!」


 トレノに最後の一閃いっせんを決めて辛くも勝利したローダだが、足りない血を頭にめぐらせてそんなことを考えているとどうしても不安がぬぐえない。


 ドッと前のめりにその場へと倒れる。左腿ひだりももを斬られた時の大量出血、さらにトレノに斬り裂かれた右肩。


 いずれも致命ちめいの一撃を受けている中、難題を考えたら意識が混濁こんだくしてしまった。


「ローダッ!」

「ローダ兄さまっ!」


 ルシアとリイナを先頭に仲間全員が、倒れてしまった彼の元へ慌てて駆け寄る。


「リイナ、全回復の奇跡とやらはまだ………」


戦の女神エディウスよ、この者にどうぞ貴女の御慈悲を。湧き出よ生命の泉プリマべラ


 父の「まだ魔法力マナは足りそうか?」という質問に対し、リイナは、全回復の奇跡をサラリと使うことで言葉替わりの返答とする。


 ローダの酷い傷があっという間にえてゆく。けれど意識が戻らない。


「大丈夫、あれだけの戦いと傷を負ったのです。暫く寝かせてあげましょう」


 リイナの言葉より先にルシアは、大事な彼氏ローダの頭を優しく抱えてひざの上に置く。


(良く頑張ったね、今はゆっくり休んで………)


 ルシアはローダの頭を優しくでると勝手に涙がにじんでくるのを止められない。


 周りの仲間達はそんな二人をやわらかな視線で包んだ。


「………終わったらしいな」


 ガロウが念の為、周囲を見渡して、他に敵らしい影がない事を確認した。


 視線があったランチアが「へへっ」と鼻の頭をこすりながら笑う。プリドールも同様に笑顔であった。


 ジェリドが無言で地面を掘り始める。勿論、二人の勇敢ゆうかんな戦士の墓標ぼひょうを作るためである。


 暫く無言で作業をしていたが、突然ボソッと口にしたその言葉が、仲間達の意識を集中させる。


「あれは………あの声は何だったのだ。皆も聞いたであろう?」


 作業の手は決して緩めない。ジェリドらしい無骨な態度だ。


「はい、きっと此処にいる皆さんが同じ声を聴き、同じ力を感じた事でしょう」

「あれが、サイガン様の言う本当の扉の力、意識共有の真の姿なのでしょうか?」


 先ず話に乗って来たのはドゥーウェンである。汚れた眼鏡のレンズを吹きながら語る。


 リイナはあの戦いの最中さなか「想いが届いているでしょう」と告げた。当然自分はそう感じ、周りもそうだったという確信がある。


 けれどもそれが扉による意識共有であったのかは自信がない。


「でも判んねえな。ローダはティン・クェンとトレノ、この二人によって8つ迄封印を解いた。だがまだ8つだ。何かの拍子ひょうしでたまたま開いた………って言

 うのはちょっと無理がねえか?」


 腕を組んで頭をひねりながら言うのはガロウだ。至極しごくもっともなことを言っているかに思えた。


「確かにまだ全ての封儀ふうぎは解かれていません。ただ8つという認識は誤りです。…………ねえ、ルシアさん?」


 ドゥーウェンがニッコリと笑いながらルシアの方に目を流す。


「……え?」


 急に自分が槍玉やりだまに上がって戸惑とまどうルシア。実の所、思い当たるふしは………ある。


「意識どころじゃない、貴女とローダ君は、真の意味で結ばれたのですからね」


 さらにニコニコ笑い続けるドゥーウェンのあおりが続く。ルシアの顔が真っ赤に染まる、両手で顔をおおってしまう。


「えっ? えっ? そ、それってまさか!?」

「あーっ、そういう事?」


 リイナの声が上擦うわずった。顔が朱に染まる。


 ガロウもニヤニヤしながらルシアの方を見る。ランチアも合点いったとばかりに幾度いくども頷く。


「意味は良く判んねえけど、事は判ったわ。ハアー、めでたいめでたい………」


 レイは扉の事なんてまだ良く判ってはいない。しかしそこの男女の行為の結果は、呆れる程に理解した。


「つまり懐妊かいにんされたという事ですね」


 ベランドナが歯に衣着きぬきせぬにサラリと言い切った。


 皆の視線の注目を集めながら、ルシアは物凄ものすごずかしそうに小さくコクリッと頷いた。


「お、お、お、お姉さまっ!? えっ!? えぇぇぇぇぇっ!?」


 一人リイナは周囲に響き渡る大声を出して真っ赤な顔で大いに驚いた。


 暫く時間を置いてからドゥーウェンは再び口を開く。


「いや………正直言いましてこんな形で封印を解くのは全く想定外でしたよ。だけどまあ、冷静に考察こうさつすればこれ程に判りやすい形で互いを認め合う。正に最上級のやり方ですよね…………」


 自分の頭をポンポン叩きながら、この模範解答もはんかいとうに気づかなかった自分を恥じるドゥーウェン。「まあ、誰にでも出来る訳ではありませんが………」と付け加えた。


「ただ………それにしたって9つなんですよねえ………」


「はっ? お前それでもヴァロウズ2番目の学者か? カーッ、信じらんねえ。バッカじゃねえの?」


 冷ややかな目でレイはそう言うと、次に腹を抱えて笑う。プリドールは笑ってこそいないが、レイと同意見らしく、少し顔を赤らめながらそっぽを向いた。


「………まあ当然の見解ですね」


 ベランドナにも判っているらしい。


 これにはドゥーウェンが絶句しつつ、ルシアの方を向く。解答を欲している生徒の様な必死さである。


「10……と、言うより9.5? 良く判らないけど、限りなく10に近いって感じなのかな。まだ生まれた訳じゃないから。でも………私とローダの事を認めたって訳よね」


 ルシアは相変わらず真っ赤だが、しっかりと顔を上げてドゥーウェンと、仲間達に相変わらずの小さな声で告げた。そのまま片手で自分のお腹をさする。


「うわああぁぁぁあ! そ、そういう事ですかあっ!!」


 リイナの次はドゥーウェンの声が周囲に響き渡る。こんな狼狽ろうばいする彼は、そうそう有り得ない。


 相変わらず恥ずかしくて顔をせてるリイナと、何も知らずに寝ているローダ、答えを出したルシア以外が、吹き出して腹を抱えた。


「ドゥーウェン、お前ひょっとして童貞どうていなのか?」


 笑い続けながらレイが指差しながら大いにからかう。


 ひとしきり笑ってからジェリドが冷静な口を開く。いつの間にか、地面に氷狼ひょうろうやいばが刺してあり、つかにはティンの首飾りがかけてあった。


「ルシア、ローダにこの事は?」


 ジェリドの問いにルシアは無言で首を横に振った。


「言える訳がねえよな、もし言ったらこの甘ちゃんのパパは間違いなく、お前を戦わせたりしねえ」


(おめでたい連中だよ、全く…………)


 レイは呆れ顔を続けたが、だが悪くないと心の底では少しだけ笑っている。自分にもそんな時があったことを思い出す。


ローダの事だ、いくら何でも隠し通せないのではないか?」


 いくらローダが朴念仁ぼくねんじんでも、ルシアはおろか誰の事でも認識する可能性のある力だ。ジェリドの危惧きぐはもっともである。


 ルシアは静かに頷いた。皆が彼女の言葉を求めている。ゆっくりと言葉を選びながら答え始める。


「うん………私もこれ以上隠す気はないの。でも………私、大丈夫な気がするの。さっきの力、皆気づいた?」


 相変あいかわらず恥ずかしそうなルシアだが何やら確信めいたものがあるらしい。


(さっきの力……)


 ようやく平静を取り戻したリイナが回想する。


「あ、そう言えば緑色の輝き、ローダ兄さまだけでなくて、ルシア姉さまからも負けない位の輝きが出ていた様な気が……」


 リイナの声を聴いたドゥーウェンがハッとする。一つ仮説が浮かんだが、それは言葉にしなかった。いや………出来なかった。


「ただのかんよ? でも私、確かに感じたの。あれほど酷い傷を受けても、なんか、こう、から湧き上がる力を感じて……。だから私、戦い抜けた気がするの」


 やっぱり恥ずかしそうに………でもそれに負けない位うれしそうにルシアが笑った。


「多分、どんな事をしても力だけは、ローダのお兄さんには得られない希望だと私は信じたい。私の想いとこの子の想いがあれば…………きっと、うん、大丈夫」


 改めてルシアは穏やかだが此処にいる誰もが成し得ない笑顔を見せた。聖母マリアとはこんな全てを導く笑顔だったかも知れない。

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