第16話 師の真実に青ざめる学者

 壮絶そうぜつなカノン攻略こうりゃく戦が無事勝利に終わった。


 サイガンが言っていた「万が一命に関わりそうな事が…………」は誰にも訪れることはなく、転送SENDの術の逆を使い無事帰還きかんを果たすことが出来た。


 ただ一人レイという異物違う者が混じっていたことに、皆の帰りを待っていたサイガンは、おどろかされる羽目はめとなった。



「もう、まだ起きないの? 随分ずいぶんと朝寝なのね」


 ルシアが彼氏ローダの寝顔をのぞきこんでいる。「もう……」と言ってる割にその顔はおだやかに笑っている。


 起こさない様にそっとほおを人差し指でつついてみる。


(全く………呑気のんきなものね)


 そう思いながら自分の下腹部を愛おしそうにでてみる。


 あの初夜の翌朝、遅い朝食を取りに来た二人は、リイナに遅刻の理由を問い詰められた。ルシアが正直に打ち明けると、妹は顔を真っ赤にしてその場を後にした。


 リイナに話したが最後、二人の仲はまたたく間に全員へ知れ渡ると思っていた。


 けれど意外にもこの件に関してリイナは、何故か口を開こう事はしなかった。理由は良く判らない。


 でも結果は同じであった。そもそもこの二人、その関係を隠そうとはせず、むしろ普通に振舞ふるまった。


 それに周りの連中は、リイナを除けばこの二人より余程大人だ。若いのに今まで良く我慢がまんしたものだと思われたらしい。


 何故かプリドールだけは少し面白くなさげ顔をしていたが、別に二人に対するやっかみという訳ではない。


 そんな次第で二人は公認の仲となった。ただまさかカノン攻略の前に、その先妊娠まで進むとは想像出来ていなかった。


 ローダが突然、寝ているルシアを抱き締めてきた。


「何よ、貴方いつから起きてたの?」

「だってさ……」


 文句を言う割には抵抗をしないルシア。対するローダが子供のように口籠くちごもる。


「ん?」

(いや、可愛んだが……)


 そのままルシアは、ローダの返答を黙って待ってみる。


「こ、この間のお前、から……」


 実に小さく歯切れの悪い声で、ローダは良く判らない事を言う。


(こ、この間、何時いつ? 一体何の話?)


 ルシアには思い当たるふしが在り過ぎるらしく要領ようりょうない。取り合えずとぼけたフリをする。


「いや、本当に俺、どうにかなってしまうかと……」


(えっ? えっ? えっ?)


「あ、あれは……アハハハッ、流石にちょっと調子に乗り過ぎ……」

「………はっ?」


 慌てて弁明べんめいをしようとしたルシア。ローダが驚きでそれをさえぎる。


「へ?」


「………いや、だからこの間カノンの戦闘でルシア、ボロボロだったから1対1タイマン勝負だって言い切ったとはいえ、流石にどうにかなりそうだったって話なんだけど……」


 どうやらローダはカノンでのティンとルシアの戦闘を回想かいそうしていたらしい。


 一方全然違う事を思い返していたルシア。真っ赤にした顔を、枕にめてかくそうと躍起やっきになる。


「ルシアが負けるなんて思っちゃいない………でも幾度いくども危ない目にあってたし……。万が一の事があったら、もしお前がいなくなったら俺……」


 ローダが再びルシアを抱き締める手に力を込めた。


(ローダ………貴方ったらやっぱり可愛い)


 ルシアはローダの腕をなるべく優しく振り解くと、ベッドの上に胡坐あぐらをかいた。そして微笑みながら愛しい彼氏の頭を自分の豊満な胸に抱き寄せる。


「大丈夫、私は決していなくならないから。そして貴方も死なない。私のあの時の声、聞こえたでしょ?」


「あ、嗚呼………とにかく無我夢中むがむちゅうだったから一体何が……って感じだったけど確かに聞いた。そして心穏やかなまま、まるでアイリス……違うな、それ以上の力が出せた気がするんだ」


 寝ぐせだらけの頭を愛おしそうに幾度いくども撫でる。「あの時の声………」とは語るまでもなく、緑色の輝きが運んだルシアの想いだ。


 ローダも確かに感じていた不思議な力。アレがなかったら自分はトレノに敗北し、今頃黄泉よみの国の住人であったかも知れない。


 サイガン達に解析かいせきを依頼はしている。だが未知みち領域りょういきが多過ぎるのか、明確な解答を未だ得られていない。


 それはそれとしてローダもしばらくは、大人しくその幸せ胸の内ひたっていた。しかしもうが欲しくなる。


 不意に彼女の両肩を握り、そのまま体重を押しつけて倒し込む。未だに彼は、の存在を知らされていない。


「もう、初心うぶだった騎士様も、随分と生意気なまいきな事をする様になったものね」


 ルシアが顔を赤らめながら彼の胸の中で文句を言う。けれど相変わらず口だけで抵抗はしない。


「でも、嫌いじゃない?」

「だ、黙りなさい……あっ…コラッ……」


 ルシアのは、少し強引に彼女の唇をうばうのであった。


 ◇


 一方、フォルテザの砦、最下層さいかそう牢屋部屋ろうやべやでは、サイガンがドゥーウェンに新たな秘密を明かしていた。


「な、何ですって!? で、ではルシアさんは…………」

「うむ、そういう事だ。これがあの時の力緑色の輝きの真実らしい」


 実の処、サイガンには既にそれなりの解答が得られていた。それが既にルシアには語られていたらしい。


 驚いて顔をくもらせるドゥーウェンを他所よそに、サイガンの方は真顔である。


「か、彼女ルシアはその事を………そしてローダ君は?」

「無論、は知っている。そしてにはまだ知らせていない」


 自分が汗をかいている事に気づいていないドゥーウェン。どう今の気持ちを言い表せば良いか判らぬのだが、身体の方は心拍値しんぱくちが上昇し明らかに狼狽うろたえている。


「そ、そんな!? いくら何でも酷過ぎやしないですか?」


 これまでドゥーウェンは、尊敬する先生サイガンのする事に対して、驚きこそあっても反発は皆無かいむであった。


 しかし今初めて、その自らのかせやぶりたくなってきた。


 するとサイガンは、そんな弟子の気持ちをんだかの様に突然深々と頭を下げた。


「………先生!?」


「済まなんだ………とにかく今言える事は、この老いぼれを信じて欲しい。ただそれだけだ」


 こうべれたままの姿勢で告げるサイガン。


 土下座どげざとは相手に有無を言わせず、自分の意見を押し通す一種のであるという話をドゥーウェンは、思い出していた。


 ◇


「フフッ……そうか、あの力は………やはりかぎだった」


 誰にも聞こえない筈の会話を遠く離れたフォルデノ城中で聴いていた男がいた。マーダ………いや、今はルイス・ファルムーンである。


「ルイス……様?」


 相変わらずかたわらにいるヴァロウズ4番目の女魔導士、フォウが彼の疑問に気づく。ルイスという呼び名にまだ慣れていない。


「フォウよ、いけるかい? 今すぐにだ」

「わ、私ですか?」


 ルイスは質問を質問で返しながら突然立ち上がる。自身の左肩に触れると何処どこからともなく、黒い鎧に黒いマントがおおい、いつものよそおいとなった。


 一方フォウの方は、相変あいかわらずの全裸であり、準備をさせて欲しいといったていで慌てるのだが、そんな彼女にルイスが右手をかざした。


 フォウの服装もあっという間に、いつもの黒づくめになった。加えてひじひざ、手首、首回り、胸には金色こんじき防御兵装ぼうぎょへいそうらしきものが追加されている。


 さらに魔法の杖の代わりに腰にはレイピアと、両脚には金色の6本のナイフが革製のさやに納まっている。


 それらには上級魔導士であるフォウにすら解読出来ない言語がきざまれていた。

 ご丁寧に紫の紅ルージュとアイシャドー、ネイルすら塗ってある。


 瞬時の出来事にフォウは戸惑とまどったが、直ぐ主の前にひざまづく。


「み、御心みこころのままに………」


 準備さえ整っていればルイスの意志がフォウの意志だ。そこにもう迷いは在り得ない。


「そして一番目ノーウェンよ。君もだよ」


 ルイスが誰もいない所に向かって呼び掛ける。すると壁の装飾そうしょくが変化して、人らしき姿が浮かび上がる。


「この城で迎え撃つ算段さんだんだったのでは?」


 不思議な声……まるで二人の者が同時に喋っているかのようだ。背中には蝙蝠こうもりの様な赤い羽。


 黒のシルクハットをかぶり、タキシードを羽織はおる。両目を赤い仮面でおおっている。


 全ての爪が指と同じ位の長さに鋭く伸びている。背は高いがその線は細く、一体何を持ってして戦うのか得体えたいが知れない。


(あ、あれがヴァロウズ1番目の実力者『ノーウェン』か。何だあのふざけた格好は? まるで道化ピエロではないか?)


 フォウの第一印象はこんな感じ。好き嫌いで言えば嫌い、嫌悪の表情で初見のナンバー1を一瞥いちべつした。


「状況が変わった、アレを奪いに行く。これ以上、アレと弟を捨て置く事は出来ないよ」


 今までエドナ村での戦い以降、自らは決して動かず、サイガンの居所が知れた時にも泳がすと言ったルイス。


 いや、あの時はまだマーダの意識の方が色濃かったかも知れないが。

 普段は全てを余裕で見下ろす男であるが、珍しくその声にとげがある。


「恐ろしい様、委細承知いさいしょうち致しました」


 ノーウェンは右手で顔を隠しつつ、昔の名マーダで返した。ルイスは気に留める様子もない。


「往くっ!」


 ルイスは一言だけ告げると、何の詠唱もなしに自らを含めた三人を光の矢に変えて、天へと舞い上がった。

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