第21話 焦る学者

 フォルテザの砦、奪還だっかん作戦。そもそもヴァロウズ2番目の男ドゥーウェンが、実はサイガンと通じていているので奪還するも何もない。


 過去に少し触れたとおり、黒い剣士マーダの軍勢から取り返したという殊勲しゅくんを嘘でもいいからでっち上げるというのが目的だ。


 実にザックリとしたシナリオ。ドゥーウェンの付き人であるハイエルフのベランドナ。


 彼女が主の無能さ故に反旗を掲げて、砦にいるエディン兵らと共にドゥーウェンを討つという子供だましともいうべき内容だ。


 さらにその前にエドル自治区の神殿遺跡と、その町テンピアを占拠した黒の軍勢ネッロ・シグノをエディン&ラオ連合軍が打ち滅ぼしたという、彼方あちらは真の勝利宣言を討ち立てる事を前提としている。


 ……が、肝心のエドル神殿の戦いがからくも勝利に終わったとはいえ、そのゴタゴタから未だに勝利宣言が出来ていない。


 ドゥーウェンも先述の通り、状況は理解しているので仕方のない事と、静観している。


 むしろあの2人を相手によくぞ勝てたと思う。


 怪我人けがにんも多い様だし、此方は特に慌てずさわがず、向こう側エドル側が落ち着くのを悠々ゆうゆうと待つことにした。


 一応作戦は進行中という事で、ベランドナは、この部屋にはいない。


 作戦が始まったら、他のエディン兵を引き連れてこちらにやってくる手筈てはずだ。


 ドゥーウェンは一人、先程サイガンと話した内容について考えていた。


「彼が遂にを手にしてしまった。どうやって手にしたのかは不明だが、完全な力ではない筈だ。ローダ君が完全に覚醒かくせい出来れば、おそらく力は此方が上」


 机の上を人差し指でコツコツと叩きながら、自分が現状把握している事を整理する。


「しかしだ、これ程イレギュラーな事が起きていると、それも絶対とは正直言いがたい。いや待て、そもそも全て順序立てて考えるんだ」


 ノートパソコンのキーボードを叩きつつの情報と、彼がローダと戦った時の戦績データを比較する。


「彼は確か……そう、ローダ君のお兄さんであるルイスの身体を支配する事で今の自分を維持している。よってローダ君の最初の封印『ウーノ・ディフェザ最初の封印』は彼ではなく、ルイスとの対話で開かれた……っ!?」


 頬を叩かれたようにドゥーウェンは、ハッとする。思わずキーボードの実行Enterキーを強く叩き始める。


「そ、そうだっ! そういう事かっ! じ、実にシンプルな答えだ。憶測おくそくの域を出ないがこれなら話が繋がる!」


 そこへ不意に後ろから矢が飛んできて、机の一角に突き刺さった。


「うわぁっ!?」


 その矢を凝視ぎょうししながら驚きの声を上げるドゥーウェン。明らかにベランドナが持ち主の矢だからだ。


「な、何をするんだベランドナ!? まだ開始の合図は来て……」


 振り返ったドゥーウェンは絶句する。そこには次の矢を打つべく弓を引き絞るベランドナと隣にもう一人、見知った顔がいたからだ。


「フォ、フォウ!?」


 そう、後ろにいたもう一人はヴァロウズ4番目の女魔導士、フォウ・クワットロだったのである。


「久しいな、学者風情ふぜい


 フォウは不敵な笑みを浮かべてドゥーウェンを見つめていた。


「あ、貴女っ! 一体どうやって此処まで!?」


「此処まで? 嗚呼、此方の御婦人が私をまるで姫君ひめぎみの如く抱きかかえて丁寧ていねいにエスコートしてくれましたよ」


 楽しげに応じるフォウ。ベランドナから一歩下がった位置で、彼女の方を左掌ひだりてのひらで指した。


「べ、ベランドナ!?」


 それを聞いたドゥーウェンは、ベランドナの方をよく観察する。眼光が赤く輝いていた。


「フォウ、貴女! 暗闇の雲の術を使ったのですかっ!?」


「流石、博識はくしきのドゥーウェン殿。お前の美しい手駒てごまは、私の雲の術式にちた。最早、私の忠実なるしもべよ」


 そう言ってフォウはフフッと笑った。


「クッ! まさか魔法耐性の高いベランドナを堕とすとは!」


「そうね、案外あっけなかったわ。そんな事よりも学者殿、先程からの力がどうとか言ってたわね。とは、私も良く存じ上げてるの事かしら?」


 を連呼しながら、フォウはさらにニヤニヤ笑いつつ、ドゥーウェンに詰め寄る。


(し、しまった! 聞かれていた!?)


「ねえ、私、その話とても興味あるのだけど。内容によっては見逃してあげるかも知れないわよ…」


 フォウの声のトーンが変わる。マーダの事となると彼女には途端にが出る。


「……な、何の事ですか?」


 この場は意地でもしらを切り通す覚悟のドゥーウェン。この自分の仮説が知られては、いよいよマーダは手が付けられない事になるかも知れない。


(……いや、既にもう手遅れかも知れないが)


 この状況においてドゥーウェンは、自らのCPUを全開で回し、ある方策パッチを充ててみることに決めた。


「成程……。私もまだ死にたくはありませんからね。近頃のマーダ様、何か変わったと思われた事はないですか?」


 スっと立ち上がり、両の掌を拡げたドゥーウェン。何も武器は持ってないという意思表示だ。


 質問を質問で返す、少し頭に頼りがある者程、このやり方にはイラッとする筈だ。


(……何っ!?)


 それはもう、物欲しそうな顔をしてモニターを見続けていたフォウの顔色が明らかに変わった。


「貴様ッ! 一体何を知っている!?」

「知りませんねぇ………。あの冷酷無比れいこくむひなマーダ様が不意に見せるお優しさなど」


 マーダとフォウが毎日のルーティンのように交わす情事二人きりの営みなぞ、ドゥーウェンは知らない。

 完全にハッタリとデマかせを言っているに過ぎない。


「サッサと口を開く方が利口りこうというものだッ! 何なら今すぐこの飼い犬ベランドナで殺してやるぞっ!」


「……い、良いんですか? 最高にじゅくした果実を収穫しないで帰るおつもりで?」


 突然すごみを効かすフォウに、思わずたじろぐドゥーウェン。


(……う、うわぁ噛みつき過ぎですよ。これだから交渉事レビューは苦手です。だがこれはどうやら当たりくじを引いたらしい)


 やりにくさを感じるドゥーウェン。そう言えば先生も交渉事レビューは大抵苦手だったのを思い出す。


 ならば生徒の出来が悪くなっても仕方がないなどと、どうでも良い事をなすり付ける。


「此処に来るまでの間、他の連中は夢の中に落としてきた。しかもこの可愛いベランドナがやってくれたのよ。学者殿は、実に優秀なカードをお持ちだ」


 フォウも決して上手いこと交渉が出来てるとは言い難い。取り合えず仲間は来ないという、実に容赦ようしゃない現実を突きつける事で、優位を保とうとする。


「そうです。僕のベランドナは実に優秀なんですよ。彼女の実力も含めて僕は2番目になれたと言ってもいい位です」


 恐らくルイスがマーダに少なからず影響を及ぼしているというヒントは得られた。

 今はもうそれだけで此方側の収穫は上々だ。


(さて……後は何とかしてベランドナを取り戻すまで間を持たせないと。これは厳しい)


 冷や汗かき通しのドゥーウェン、まあ無理もない。彼はただの学者どころか開発者プログラマー

 一人きりで戦うとか完全に担当業務を逸脱いつだつしている。


「そんな話はどうでもいいと言ってるっ!」

「フッ、勘違かんちがいしないで欲しいですね」


 とにかく主人マーダの話が聞きたいフォウを他所よそに、如何にも冷静クールを装うドゥーウェンは、眼鏡の位置を直しながら少し笑ってみせた。


「何ィ?」


「聞こえませんでしたか? 勘違いしないで欲しいと言っている。僕はただの学者ではない。まだ最後の手札ジョーカーがあるのです。これを引いたら貴女の勝ち目は0%だ」


 ただの学者ですらないに凄みを見せるドゥーウェン。フォウを指差しながらそう告げた。


(いやいやいやいや、どうするんだ僕。確かにアレを使えば100%勝てる! だがもし使ってみろ、彼女の目を通してマーダに見られるかも知れない! それだけは避けたい! イヤッ! それ以前にッ! こんなつまらない場面で切り札を使うのは、僕の美学に反するッ!)


 格好つけている割に、頼りにしている頭の中はフラフラと揺れている。勝利よりも意地プライドを優先するのが、実に彼らしい。


「どうしたのよ、何かやるんならやってみなさいよ」


 まるで見透かしたかの様にフォウが詰め寄る。


 すると部屋の中に1本のジャベリンが飛んできて突き刺さった。


「フッ、まだ寝ていない兵士がいたか」


 余裕ある態度でフォウは、部屋の入口の方に視線を送る。


(いや、こんな武器を使える仲間を僕は知らない……。み、味方なのか!?)


 ドゥーウェンはこの青い槍を初めて見た。


「そうか、そうだったのか。俺様が面白そうだと思ったのはお前達か」


 ベランドナは入口に向かって3本の矢を同時に放つ。しかしそれは高速に回転させたジャベリンで全て落とされた。

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