第20話 予期せぬ来訪

 エドナの神殿遺跡。


 ローダのマインドバインドから解放されたヴァロウズの二丁拳銃にちょうけんじゅう使いレイと、エディンの示現流じげんりゅう使いのガロウ、そして術をかけた張本人であるローダ。


 いずれもすっかり疲れ切ってその場にへたり込んでいた。


「ま、全く…難儀なんぎな術だ」


 酷く疲れ切った顔と声のガロウは、地面に寝転がったまま動けなかった。


「す、すまなかった。この方法しか思いつかなかった」


 ローダは寝てこそいなかったが、遺跡の壁に寄り掛かって座って動けない。


「しかしよお、コレが出来るんなら、サッサとやっちまえば、良かったんじゃねえの?」


 加えて「そうすりゃ仲間が死なずに済んだんだ」と、ガロウは容赦ようしゃなく付け加える。


「この術は、酷く消耗しょうもうするんだ。まだ使えて1日1回、しかも束縛そくばく出来るのは、せいぜい5分が限度だ」


「……5分、いや、待て、たったの5分だと!?」


「そうだ、サイガンの時もそんなものだったろ? 加えて俺から意識共有を試したのは今回が初めてだ。おまけに成否せいひに関わらず俺はもう使い物にならない。ほぼけだった」


 ガロウの指摘に対しローダは、肩で息をしながら答える。ただガロウの「5分」についてはけんもほろろだ。


「……成程な」

(此奴は此奴なりに命けだったという事か、そりゃあ仕方ねえ…)


 ガロウはローダの方を見た。本当に消耗しきった事が良く判る。エドナ村で漁船に初めて乗せた時より酷い顔をしていたからだ。


「いいのかよ、敵の俺にそんな事聞かせて」


 少し離れた所にレイが座っていた。彼女も満身創痍まんしんそうい。岩の上に腰かけていた。


 正直色気の欠片かけらもないが、そもそも男共も仮に絶世の美女が代わりに座っていたとしても、何も反応出来ないだろう。


「お前は………敵か?」


 そんな疲労困憊ひろうこんぱいのローダだが、ゆっくりと顔を向けて、さらに少々間の抜けた質問を浴びせた。


「さあなっ、正直良く判らん。取り合えずまだ味方じゃねえぞ」


 さも面倒くさそうに答えるレイ。今は敵対する意思はない事を両手をあげてアピールした。


か、それは吉報きっぽうだな」


 これは本音だ。ローダはあの銃撃二丁拳銃から解放された事に心底ホッとしている。


「ま、そうだな。強いて言うなら……」


 レイは答えに間を置いた。自然、ローダとガロウに少し緊張が走る。


「俺は面白そうな方につく。今までもそうして来た。これからも変える気はねえ」


 ニヤッと笑いながらレイはそう告げた。ローダとガロウは息をついた。


「おいっ! そんな事よりも、お前に言っておく事があるっ!」


 不意に声を荒げてレイは、人差し指を銃口じゅうこうの代わりにローダへ向ける。


「……!?」


 思わず本物の銃を向けられたように両手を上げつつ、ローダが銃口レイの指先を凝視する。


「いいかッ! お前が見た事、ぜってえに誰にも話すんじゃねえぞッ!」

「……ああ、その事か」


 さらにすごみを効かせたレイに対し、ローダの顔が少しゆるむ。


「ああ、じゃねえんだよっ! もし言ってみろっ! てめえの鼻の穴が4つになるからな!」


 レイの顔つきは本気に思えた。本当に指先から、弾丸だんがん射出しゃしゅつされるのではないかという迫力はくりょくがある。


「……あ、それは俺も全く同意見だ。余計な事を喋ってみろ、その舌、斬り捨ててやる」


 くたびれてるガロウたが、それだけはゆずれんとばかりに、此方もローダをにらみつけた。


「判った、判った。約束するよ」


 二人に対し、ローダは両手を上げたまま苦笑いした。


「じゃあ俺はもう退散たいさんさせてもらう。セッティンも、やられちまったみたいだしな。こんなボロ遺跡なんかくれてやるっ! あばよっ!」


 最後まで声を張って言い切ると、レイはクルリと背を向けて、そのまま歩いて行ってしまった。


「そうだ、向こうは……ジェリドやラオの連中は、どうなったんだ!?」


 ガロウは寝ている場合じゃなかったとばかりに身体を起こしたが、全身が痛くて仕方がない。またも思わずローダを睨んでしまう。


 そこに一騎の騎士がやって来た。彼は真っ白であった筈の鎧を真紅しんくに染めていた。


「やあ……やはり、終わっていたか」


 勿論ジェリドであった。「どぅ」と馬を静めて停止すると、ゆっくりと馬から降りる。

 彼は此方側で自分の出番が、めぐって来なかったことに心底ホッとする。


「ジェリド! どうしたその格好は!? そっちは終わったのか?」

「無傷…という訳には、いかなった様ですね」


 全身血まみれのジェリドの姿に唖然あぜんとするガロウ。ローダは結果を何となく察したらしい。


「嗚呼、終わった。勝つ事は出来た。ああ、これか? これは一応巨人の奴に一太刀ひとたち浴びせた結果だ。俺が決めた、と言えれば格好がついたのだがな……」


 思わず天を見上げたジェリドは、巨人との戦いの内容を簡単に説明した。


 ラオとフォルデノ兵に不幸があったこと。ルシアが負傷したこと。

 そして愛娘リイナ禁呪きんじゅにより勝利したことを。


「そうか、大変だったんだな。しかしやっぱりアンタ強いわ。あの巨人に深手ふかでを負わせるなんて、なかなか出来るもんじゃねえぞ。俺なんかコイツに縛られて良いとこなしだ……」


 やれやれとばかりに、ガロウも此方の出来事をジェリドに説明した。


「な、なんと、二人同時とは……」


 色々な事がジェリドの想像をはるかに凌駕りょうがしている。その驚きを発言に載せる。


この青年ローダには驚かされてばかりだ)

「あの敵、本当に逃がして良かったのか?」


 そんな驚きは取り合えず巨人の開けた深い闇巨大な穴に捨て、ジェリドはローダとガロウ、二人の顔を見ながら問う。


「……知らんな」


 ガロウはただ首を横に振るだけだ。


「逃した、と言うより、そうするしかなかった。彼女が次に現れる時、その銃口が此方を向いているかどうか、流石にそれは俺にも判らない」


 真に自信がなさそうな顔でローダは、正直に答える。要は心を通わせたところで、判り合えるかは別の話だと言いたいのであろう。


「……だ、そうだ」


 だろうなと思いつつ、ガロウは付け加えた。


(これから同じ境遇きょうぐうになった敵は皆、生きて帰るというのか? あの女だってローダの記憶の断片だんぺんくらい知った筈だ。この情報を持ち帰ることは彼の首を持って帰るよりも、あの黒い剣士マーダは喜ぶ筈。危ういのではないか?)


「おぃ、ジェリドどうした? 考え込んで?」


 そんなジェリドが気になってガロウが心配そうに声をかける。


「あ、いやなんでもないんだ。そう言えば、そろそろフォルテザ砦が墜ちる時間か」


 自分の焦りをジェリドは、別の話題で誤魔化ごまかした。


「ああ、確かにそうだな。ま、向こうは学者殿にせいぜい頑張ってもらうさ。それよりもルシアとリイナの所へ行こう。プリドールにも挨拶あいさつをしないとな」


 刀を杖代わりにして、なんとかガロウは動き出そうとした。


「ああ、それなら二人は馬を使うといい。俺は徒歩とほで構わん」


 ジェリドは二人に馬をすすめると、自分は歩きながら手綱たずなを引いた。


 ◇


「魔導士風情ふぜいともも連れず1人で一体何用だ」


 フォルテザ砦の門の前、ドゥーウェンの付き人、ベランドナが砦の上から矢を放つ。

 しかし矢は相手に届くことなく、相手の目前で落ちてしまう。


「フフッ、貴女が一人で此方に来てくれるとは。これは実に好都合です」


 魔導士はそう言って冷たく笑うと詠唱を始める。


「暗黒神の気まぐれの吐息、黒い雲、あの者を我のしもべと化せ」


 女魔導士の詠唱が終わると、ベランドナの周囲に黒い雲が現れて完全に彼女をおおった。


「なんだ? 私を操るつもりか? 魔法耐性の強い私にこの様なモノが通じると思うのか?」


 実に悠々ゆうゆうとした態度でベランドナは、雲を払いのけようともしない。


「それはどうかなハイエルフ。貴女の方こそ、ヴァロウズの4番目、このフォウをめているのでは?」


 黒い雲は、渦上になってベランドナに襲いかかった。


「なっ!? こ、これは……」


 ベランドナは雲の渦の中で、自分の意識が遠くなっていくのを止められなかった。

 加えて全く違う意識が彼女を支配した。


「さあ、ハイエルフベランドナ。今すぐに私をお前のマスタードゥーウェンの所へ案内するのです」


 無言で頷くベランドナは、フォウを抱きかかえると、駿馬しゅんめの如く走り始めた。

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