第19話 狂った歴史

 フォルテザの砦では、相変わらずドゥーウェンの監視が続いていた。

 彼はノートパソコンに3つのモニターを繋ぎ、ローダの情報が映る方ををのぞき込む。


「これでローダは『トレ・ディフェザ3番目の封印』と『クワットロ・ディフェザ4番目の封印』、2つの封印を同時に解いた」


「…………」


「いくら先生サイガンの力を使える様になったからといえ何という事だ。しかも彼には最早、誰が自分の封印を解けるのか、見えているらしい。残り後6、全ての封印が解けるのもそう遠いことではないかも知れない」


 次は、今回の封印を解いた鍵と言える2人、レイとガロウの情報を映すモニターに目を通す。


「しかしレイとガロウさん、2人のこの情報の内容は異常だ。レイの居所は恐らくスペイン、1911年製のコルトM1911を使っている。この世界軸には無い武器だ。それを過去の記憶で既に持っていた」


「それは一体どういう………」


「判らない、判る訳がない。加えてガロウさんのはもう完全に史実と言っていい。1600年関ヶ原の戦い、そして1853年の黒船来航。1911年、片や1853年、この歴史を横一線に繋げる事は不可能だ」


 沈黙を通していたベランドナがマスターに対して口を開こうとしたが、うなだれながら回答不能を提示するしかすべを知らないドゥーウェンである。


(第一、僕は頭のおかしな事を言っている。そもそも今は西暦何年だ!? 僕と先生は何年から来たと思っている? あまりに物語が雑過ぎるじゃないか!?)


 ベランドナのれてくれた冷めた珈琲を一気に飲み干すと、考えを巡らせてみるが、全く答えは出ない。イライラして頭をきむしる。


 ―随分とイラついているようだな第2の男ともあろう者が………。


 ドゥーウェンの脳内に見知った声が不意に響いてきた。


「せ、先生ですか? 今、何処に!?」


 サイガンのいつもの遠隔意思疎通の声である。ドゥーウェンは、姿など見える筈もないのに、つい周囲を見渡してしまう。


 ―場所は明かせない。ちょっとヘマをやらかした。今は引越しの最中なのだ。だがお前ともあろう者が。………想像位は出来るはずだ。


「だってこんなの判りませんよ。この世界は、いやこの島は、が350年かけて作り上げたモノだった筈!」


 サイガンが今何処で何をしているのかは、この際どうでも良い。


 ただ余りにもドゥーウェンにとって、この島での出来事が自身の見聞きしていた状況とズレ始めていることに、イライラして声を荒げる。


 ―これは実に情けない。まるで全てから逃げ出したい14歳の主人公の少年の様な台詞だ。俯瞰ふかんで見よ。………嗚呼、お前は苦手だったな。


 見えないサイガンは決して笑っていない。けれどドゥーウェンには、先生が笑っているかの様に見えた。


「えぇ、そうですよ! どうせ僕は目の前の仕事を片付ける事しか出来ない、無能な開発者です! どうぞ好きに笑ってください」


 見えない相手にどう怒鳴りつけてドゥーウェンは、すっかりふてくされてしまった。


 ―笑ったりはしない。冷静になれ亮一。お前は不完全とはいえ、既に同じ力を持っているのだぞ。


「は!? そ、それはどういう……え、まさか!?」


 サイガンの指摘に対してドゥーウェンは、両眼りょうまなこを大きく開いて驚いた。


 自分も既に持っている力と言えばしかないではないか。


 ―そうだ、そのまさかだ。と、言うかそれしか説明がつかないのだ。アヤツも不完全ながらその力を持ってしまった。


「そうか! あのイレギュラーで彼も。いやいや先生、それは流石に理屈が通りませんよ。彼にはそもそも資格がない。例えあのイレギュラーがあったとしても、肝心な部品が足りない……」


 人には落ち着いて良く考えろと言っておきながら、そのサイガン当人の心の声に困惑の色が伺える。


 それにしてもドゥーウェンの言う部品とは一体何の事であろう。


 ―それが私にも判らないのだ。今、判っている事は、アドノス島以外の周囲の世界は、奴が私から継いだいい加減な世界観で塗りつぶされたという事だ。それがこの世の真実となってしまった。


 流石のも頭を抱えているらしい。見えなくてもそれ位は、想像出来た。


「とりあえず歴史の謎は、確かに先生の推理通りでしょうね。先生の世界史って実にいい加減で、好きなモノをかき集めた様なものですから」


 白けた顔をしながらそう告げてドゥーウェンは、頷いた。


 ―だ、黙れ! そ、想像は自由だ!


 会話の向こう側のは、大きな声で少々間抜けな反論をした。


「その想像が今やだ。これは酷いシナリオだ。絶対売れませんね、こんな話」


 頭を抱えて溜め息をつくドゥーウェンである。


「だが成程……あくまで創造神でありたい彼ならではの発想ですからね」


 ―そうだ、こうなった以上、最早彼の力に頼るしか、道は残されておらん。


 300年もの時を生き抜いてきたハイエルフであるベランドナを置き去りにして、2人の話は結論が出る。


 一番高尚な生き物……という意識が嫌いでエルフの里を抜けてきた彼女。


(……一体この2人は何を仕出かしたというのだろう?)


 サイガンとドゥーウェンは、このベランドナにこうして楽しみを与えてくれる。


 考察というものを捨てた彼女を、まるで好奇心旺盛な思春期の少女のようにワクワクさせるのだ。


(私は、最も忌み嫌う、神を気取る様な真似をせねばならないのか。いや、私が出張るまでもなく、彼は正しき道を歩んでくれるはずだ。そのための封印なのだから)


 これはそこにいる2人には明かしていないサイガンの本音。


 その彼はサイガンが思っていた以上の期待値を超える速さで成長しようとしている。


 だがお世辞にも心地良いものとは言い難かった。

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