第22話 青い鯱(シャチ)

 ヴァロウズ4番目の女魔導士フォウ・クワットロというまねかれざる客人に酷く手を焼いていたドゥーウェン。


 其処そこに突如気軽に現れたのは、青い鎧に身を固め、ジャベリンを自在に扱う若者。


 果たして彼はドゥーウェンの敵か味方か。


「ハイエルフに、そっちは確かヴァロウズとかいう連中の魔導士、そしてアンタが此処ここのマスターだな」


 彼はジャベリンを無造作にその場に落とすと、別の槍に持ち替えて、その得物でいちいち指しながら言ってのける。


 この青い槍、ただの槍とは様相が異なっている。先端がとがっているのは他の槍と同様だが、途中に小さな斧の様な刃が存在する。


 装備している鎧は全身を覆った青いプレートアーマー。但しかぶと被っていないパージしている


「ハルバードか、ひょっとして貴方は……」


 その槍の男の青い鎧と槍の形状を見たドゥーウェンが、何かに気づいたようだ。


「おっ? アンタなかなかに物判りが早いな。そうだ此奴こいつはハルバードだ、しかも俺のはちょっと特別なんだ」


 そう自慢気じまんげに返答して槍の男はニヤッと笑った。一々言い回しがまわりくどい。


「貴様っ! この砦の者ではないなっ! 一体何者だ!?」

「おおっ! 名乗れって言うんだな? いいぜ、名乗ってやんよっ!」


 この風体ふうていにフォウもこの男がエディンの兵ではない事に気づいたらしい。

 床をガシッと踏みつけて、男は待ってましたとばかりに胸を張る。


「青い槍に青い鎧、『ランチア・ラオ・ポルテガ』! ラオ守備軍団長ッ! 通称『青いしゃち』とはこの俺様よッ!! よく覚えておきなッ!!」


 ランチアと名乗った男は、突き出した親指を自分の顔に突き立てて、こちらが呆れているのもお構いなしに堂々と言い切った。


 正直すきだらけなのだが、フォウはそので攻撃をするのを躊躇ためらってしまった。


「だ、だからどうしたというのだっ! や、やれっ! ベランドナ!」


 手持ちの矢を全て撃ち尽くしたベランドナは、得物えものをレイピアに変えて素早すばやい突きをランチアに繰り出す。


(イッ! はっやっ!)


 ベランドナの身のこなしに驚きつつもランチアは、バックステップで間合いを取って、彼が得意とする距離に変えた。


「我が暗黒神よ、その竜が如き爪を此処に示せ、切り裂く爪ディセデイオネ!」


 下がったランチアに対してフォウは、魔法で追い打ちをかける。その杖から赤い光が放たれて3つの爪の形を成してに襲いかかる。


 これをランチアは、ハルバートで受けようとしたが、受け切れずに右肩をえぐられてしまった。


いてぇ! いてぇな! 何しやがんだっ! てめえッ!」


 酷く痛がっている割に、血が出てる右肩を構うことなく使い切って、フォウに向かってハルバートの突きを繰り出すランチア。


 しかしベランドナがレイピアの根元で受け流すという絶技をやって魅せた。


「ちょ、ちょっと待てよ、此奴等強えッ!」


 フォウと操り人形と化したベランドナという、付け焼き刃である筈の二人の連携コンビネーションにランチアが、思わず弱音を吐いて後退する。


(………おいおい、ラオの団長さん!? 大丈夫かこの人?)


 そのやり取りにドゥーウェンは心配にならざるを得ない。


「なに貴方? 威勢いせいがいいだけのお馬鹿さん? 団長がこの程度ならラオの連中も大したことなさそうね」


 そう小馬鹿にしてフォウがケラケラと笑い飛ばす。「ラオの連中も……」のくだりにカチンッとくるランチア。一応団長の自覚があるらしい。


「うるっせえなあぁ! お前ら2人がかりで卑怯ひきょうなんだよっ! おぃっそこの主マスター! ちったあお前も加勢かせいしろやっ!」


 今さら感満載まんさいな文句をぶちけるランチア。怒鳴られてドゥーウェンは、ハッとする。


(………そうだ、まだ手はあるっ! 僕としたことがっ!)


 思い直したドゥーウェンは、先ず意識をランチアに集中する。


 ―えっと、ランチアさんでしったけ? あ! 決して声は出さないで下さいよ! 今、あなたの脳に直接繋いでリンクしています。


「あっ!? リンク!?」


 ドゥーウェンからの不意の伝達にランチアは、訳が判らず言われたそばから声を出してしまった。


 ―いやっ! だから声に出したら意味ないんですって! 良いですか、どうか黙って聞いてください。


 サイガンが得意とする『接触コンタクト』この距離ならドゥーウェンも使えるらしい。


(………頼むから黙って聞いてくれ~)

(なんだ、随分上からの物言いだな! それになんて気持ちの悪い事をする!)


 そう思いながらドゥーウェンは、おもむろにキーボードを叩き始める。


 一方通行の意志が飛び込んで来るのでランチアは気味が悪いと感じてしまうが、これは致し方のないことだ。


 ―ごめんなさい、どうか5分間だけ貴方だけで時間を稼いで下さい。私があの魔導士の魔法を止めてみせます。魔法を止めればエルフの方は、元々操られているだけなので攻撃を止めてくれます。


 出来るだけ低姿勢でドゥーウェンは、このプライドが高そうな騎士に説明した。


(ん?………って事は、その5分間、俺は一人で戦って、そんでもってあのエルフは、仲間だからあまり傷つけんなって言ってんのか?)


「フゥ………やれやれだぜ」

(中々にしんどい事を要求しやがるぜあの男………)


 その役割の重さを理解し溜め息をついたランチアだが、のちにまるで別人格が入った様に目の色を変えた。


「判ったぜぇぇぇえ! やってやんよっ! 青いしゃち異名いみょう伊達だてじゃねえって所を見せてやるぜっ!」


(さあて、此方もやりますよ! この愛機と僕の頭脳があれば、先生すら超えられる!)


 威勢良くそう告げたランチアは、改めてハルバードを構え直すと、なんと床を蹴って、間合いを。自分の間合い距離をあえて捨てたのだ。


 続いてドゥーウェンも目の色が変わる。キーボードを叩く指の速さが急激に上がる。


(なんだコイツ? 槍の間合いを捨てた? 本当に馬鹿なのか!?)


 その不可解な動きにフォウは、少々不気味なものを感じたが、自分に出来るは、このハイエルフを盾にしながら詠唱する事だけだ。


 またドゥーウェンの動きに至っては、彼女の理解の範疇はんちゅうを超えているので気にも止めない。


 距離を詰めてきたランチアに対しベランドナは、レイピアの突きを連撃で繰り出す。これを再びバックステップでかわすランチアである。


(フッ、やはりさっきと何も変わらぬ)


 ランチアの動きを見て、フォウはニヤッと笑い、杖を上げてまた詠唱を始めようとした。


「させるかぁぁあ!」


 やかましく叫んでランチアは、右脚でを蹴る。


(なんだそれは? 気でも狂ったか?)


 フォウがそう思った矢先、先程落した筈のジャベリンが、フォウに向かって飛んできたのだ。


 避けなくても当たりはしなかったが、魔法を使うための集中力を切らすのには十分な攻撃である。


 なんと落とした筈のジャベリンは、ランチアの右脚と強固な細いワイヤーで繋がっていたのだ。彼は足でジャベリンを器用にも操舵そうだしたという訳だ。


「あ、当たらなければ………」

「おっとお姉ちゃん、下手に動かない方がいいぜ」


 地面に着地したランチアは、ワイヤーを地面に固定したのだ。気がつけば黒いワイヤーがフォウの首元に触れるかどうかの位置を走っていたのだ。


(こ、小癪こしゃくな真似を~)

「おやおや、さっきみたいに笑えよ。せっかくの美人が台無しだぜぇ!」


 ランチアのこの対応にフォウは、苛立いらだちを隠せなかった。

 フォウを煽りながらランチアは、両手で握ったハルバードを左右に


「なっ!? なんだそれはぁあ!?」


 それを見たフォウの声量が驚きで大きくなり、それは部屋中にこだまする。


「実にいいリアクションをするなあ」と言わんばかりにランチアが、ニヤァと笑う。


 左手にはハルバードの穂先が付いた方、そして右手にはハルバードの中から引き抜かれたもう一本の槍。


 二刀を構えた武者の様な姿であった。


「こいつを実戦で使うのは久しぶりだぜッ! さあっ! 俺様の血の舞ダンス! せてやるぜっ!」


 再び床を蹴ってランチアは、間合いを詰めるを繰り返す。二本槍の反撃が始まった。

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