第3話 奪還作戦

 現在、フォルデノ王国の次にまだ力が残っているとされるエディン自治区。その東にはラオという地区が存在する。


 エディンもラオも大国エタリアの目の前ではあるが、過去にも語った通り、その海の守備の大半は、エディン自治区のフォルテザがになっている。


 ラオ自治区は守備軍こそいるものの、海を護るというよりもむしろ開放した観光業を中心にした地域である。


 エディンの海岸線は、エドナ村以外崖の様に切り立った場所が多く、ラオの方は、美しい砂浜が多いというのも住んでいる者達の考え方を変えたのかも知れない。


 まあ、いざとなればフォルテザが守ってくれるという意識もあったことだろう。


 軍港と密貿易で鎖国の中に鎖国を敷くエディン自治区。


 一方、観光業に力を入れ、むしろ開放的にしたことで華やかに発展したラオ自治区。


 自然と陽気で明るい雰囲気が、ラオの住人達の気質であったので、エディンとの仲も良好と言えた。


 そしてそのラオ自治区の下、アドノス島の中でも一番小さい面積で、正直これといった強みがないエドル自治区がある。

 面積も小さければこれといった産業も無い為、民衆軍も一番規模が小さかった。


 この地域に生を受けた住民達のほとんどは、さらに下にある自治区、神を信仰する者達が集うと言われるロッギオネ自治区に移り住む者が多い。


 此処に残るのは諦めた老人や、力を持たない者がほとんどで、大変寂しい場所であった。

 よってあっという間にマーダ率いる王国軍に蹂躙じゅうりんされてしまった地域なのだ。


 何もないと前述したが、この地域を自治区と言わしめる理由は遺跡群であろう。特に神殿であったと言われている遺跡が、その形を割合残していた。


 ほぼ無血開城といえたフォルテザの砦が、その力を残しつつ力を蓄えている事は、マーダにも当然分かっていた。


 彼はこのエドルの神殿跡に兵を集め神殿を修復し、フォルテザに対する圧力にしようと動き始めていた。


「……と、いう訳でサイガンから出た指令はこうだ。エドルの首都『テンピア』をエディンとラオの連合で今のうちに制圧し、そしてフォルテザの砦はと宣言する。民衆軍、初めての勝利を大々的に流すんだ」


 ガロウはエドナ村の民衆軍の宿舎の一番大きい部屋で、フォルテザ、ラオ、エドル周辺の地図を広げながら、本作戦の説明をしていた。


 ローダ、ルシア、元々エドナにいた仲間達。そして新たに加わった戦斧バトルアックスの騎士ジェリドと、戦の女神『エディウス』の司祭リイナ。


 それに机の上に立てて置かれたスマートフォンで、現在フォルテザの砦を仕切っている事になっている学者ドゥーウェンを加えた20名程が参加している。


「ドゥーウェン、アンタにはせいぜい道化どうけを演じて貰うからな。宜しく頼むぜ」


 少々嫌味を含めて言うガロウ。彼は未だにドゥーウェンの事が正直好きになれないでいる。


「演技は専門外ですが、ま、出来るだけやってみますよ」


 スマホの中の学者はやれやれといったリアクションで応える。


「少々迂闊うかつではないのか? 確かに成功すれば我々は、エディン・ラオ・エドルを手中に治め、大陸エタリアも背中にあることで、包囲網を敷く事が出来る。だがそもそも我々はマーダ軍に対して撃って出た試しがない」


 もっともらしい慎重論を提示するジェリド。臆病風ではないが、彼はそのマーダ軍相手に最も被害を被ったラファンから来ているので、この様な意見が出ても仕方がない。


 フォルデノ王国に黒い剣士ことマーダが現れてから、初の此方から撃って出る作戦である。


 フォルテザの砦は、ほぼ戦う必要はない筈であり、またラオ自治区はフォルデノ王国から一番離れた場所であるため、割合難を逃れた方であった。


 ラオの軍はあくまで守備軍であるため、本来あまり撃って出る戦闘は好まないが、目の前のエドルが敵の新たな拠点になるのは面白くないという事で、共闘してくれる手筈になっている。


 とはいえ、相手はあの黒の軍団『ネッロ・シグノ』なのだ。どんな手札カードをきってくるのか未知数である。


「コボルトやオークがいくら出てこようと後れを取るような事は、まずないでしょう。問題はヴァロウズの連中ですね。8番目のオットーは、この間、ガロウさんが倒してくれましたが。後は8人健在ですからね」


 ドゥーウェンは「私を除いて」のくだりだけ、おどけて見せた。知っての通り彼もヴァロウズ、しかも2番目なのだ。


「ったく、あれで8番目かよ……」


 ガロウが戦いを思い出しながら深いため息をつく。


「まあまあ、この順番は本当にあてになりませんよ。何しろ私が2番目ですから。あ……これは悲報ですが、私以外は何番目が出てきても一騎当千いっきとうせんだと言っておきます」


 ドゥーウェンの言葉に一同は黙り込む、正直その通りだと思う。

 二千人の軍勢を蹴散らされ、仲間の命を次々とうばっていったヴァロウズの連中には、散々煮え湯を飲まされてきた。


 しかも10人いる内の力が知れているのは、まだ半分にも満たないのだ。ラオの兵達を加えたとしても、彼らが介入してきたら、勝ち目はあるのだろうか。


「まあ、少兵には少兵なりの戦い方がある。あの時の我々には正直油断があった」


 ジェリドであった。元ラファン自治区の軍の長にして、この中で一番の年長者である彼の言葉には重みがある。


 慎重論を唱えてはいたが、それは釘を刺したまでのことで、反撃の狼煙のろしを上げる事に異論はない。


「そうよ……そしてその二千の軍勢には私、いなかったでしょ?」


 親指で自分を指して胸を張るルシア。ガロウはその自信、一体どこから湧いてくるのやらと呆けた顔をした。


「び、微力かも知れないが………」


 対してとても自信ありげとは言えない声に一同が顔を向ける。


「俺も、気持ちだけなら負ける気はない。全力で戦ってみせる」


 意外にもローダであった。声が震えている、けれどその真っ直ぐな目だけで彼の決意は伝わってきた。


「へっ、言う様になったじゃねえか、剣士殿」


 ガロウはニヤニヤしながらローダの頭を鷲掴みにしてぐしゃぐしゃにする。


「その自信、やっぱりこの間の爺とのやり取りから来てんのか?」

「ま、まあそれもあるがガロウ、アンタのお陰だ」


 少し照れながら言うローダ。少しうつむいて自分の鼻の頭を弄った。


「あっ?」


 急にローダから話を振られて、面食らった顔をするガロウ。


「この村に来てからガロウの実戦的な剣の稽古けいこ。あれがなかったら、俺はそもそもサイガンに会う事すら叶わなかったかも知れない」


「ローダ、お前…」


「あの荒れた海に俺を出したのも、酷く揺れる船の上で体幹たいかん三半規管さんはんきかんきたえるためのものだったんだろ? 今なら判る。身体だけじゃない。精神的にも鍛えられた。だからサイガンともが出来たのだと思ってる」


 ローダは頭に置かれたガロウの腕を掴むと、少しだけその手に力を込めた。


(お前……本当に強くなっているんだな)


 ガロウが本心を隠して「そんな大層なもんじゃねえよ」と言ってローダの手を振りほどくと、元の席に戻った。

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