第4話 神殿に現れた不釣り合いな2つの影

「さて、難しい話はこれ位にして、いかがでしょう? 今夜は一戦交える前に交流を深めるというのは」


 スマホの中のドゥーウェンが笑顔で言った。


「交流ってお前、此処エドナから、あの砦フォルテザまでどんだけ離れてると思って……」


 と、ガロウが言っているそばから部屋にいる全員が光に包まれて、そしてそのまま消えた。


「あ、あれ?」


 ルシアは突然周りの景色が変わって、意識も身体も固まってしまった。


 ルシアだけでなく、他の連中も同様である。石造りで窓のない暗い部屋であったが、天井は白い灯りが灯っている。


 ただ一人だけ、スマホの中の人であった筈のドゥーウェンが本来の姿で椅子に座って悠々ゆうゆうとしていた。


「此処は……フォルテザの砦じゃねえかっ!」


 目を丸くして大声をあげるガロウ。そう彼の言う通り、一行は気が付くとフォルテザの砦、ドゥーウェンの部屋に居るのである。


「ようこそ…いや、失礼しました。此処は元々貴方達の居場所でしたね」


 ドゥーウェンが一同にうやうやしく頭を下げるも、ガロウを始めとする突如呼びつけられた連中にはあからさまに不快な顔をされ冷や汗をらす。


「こ、これはドゥーウェン様が、我々に瞬間移動の魔法を使われたのですか?」


 リイナが状況から想像したことを言葉に載せる。


「いえいえ、私は所詮しょせんただの学者。皆様をお連れしたのは、こちらのハイエルフ『ベランドナ』の召喚魔法です」


 隣にいる美しいハイエルフの女性を至極簡単に紹介するドゥーウェン。


「急なご無礼を失礼いたしました。我儘な主ドゥーウェンの指示でやむを得ず…」


 ベランドナは慌てて片膝を折って、恭順の意を示した。一行はそもそもハイエルフという稀有けうな存在を見る事も初めてなのだ。


 しかも気位が非常に高いと言われるハイエルフが、とても丁寧な挨拶をよこしたのでその事にも動揺した。


「我がドゥーウェン様が、戦の前に宴を開こうと言い出しまして……言ったら聞かないお方なのです。やむを得ず、強制的に皆様を私の元に召喚する魔法を使わせて頂きました」


 ベランドナは頭を下げたまま自らの行いを説明した。


「召喚!? 生きた人間を召喚!? そんな魔法、聞いたことがありません」


 魔法に詳しいリイナすら知らない力であった。流石ハイエルフ、人間の人智を超えた魔法があるものだと感心する。


「さて、難しい話はこれぐらいにして、下の広間にちょっとした料理と酒をご用意させて頂きました。あくまで砦ですから大したものはありませんがどうぞ下へ」


 ドゥーウェンが発言するよりも先に、ベランドナは素早く動き、この部屋の扉を開いて、皆を下へ誘導するように手配する。


 酒に料理、そしてこの世のものとは思えない美しいハイエルフ。ほとんどの兵士達は、浮かれて次々とドゥーウェンの部屋を後にしてゆく。


「酒と料理って……てめえ、この砦の大事な備蓄だろうが。…って言いたい所だが、ま、たまにこういうのアリかもな。そして俺達はここからこの砦の兵力も借りて出撃出来る訳だ。徒歩の移動を省いてくれた事に感謝するぜ」


「そういう事です、ご理解が早くて助かります」


 ガロウはドゥーウェンの背中をポンっと叩くと、親指を立ててニッと笑った。

 ドゥーウェンもガロウの背中を押して、早く行くように促した。


(この白い灯り。”デンキュウ”の灯りとも違うようだ。それに聡明そうめいで自意識の高いハイエルフをここまで従わせるドゥーウェン。彼女もに興味を持っているという事か)


 一人ジェリドは少々複雑な思いで、部屋から出て行った。


「あ……ローダ様、ルシア様は、私についてきて頂きます」

「?」


「えっ?」

「お二人には、お召し替えの準備がございます。ささ、此方へ」


 ローダとルシアは面食いながら、まるでメイドのような手際のベランドナの後に続いた。


 ◇


 もう陽は落ちていた。エドル自治区の首都『テンピア』の神殿跡には、マーダの命を受けた元・フォルデノ王国の兵士達が駐留ちゅうりゅうし、神殿の復旧作業を行っている。


 だが今は既に夜であるので夕食を取ったり、既に就寝している者がほとんどであった。


 テンピアの生き残った住民達は、彼らの世話をさせられている。


 しかしさせられているとはいえ、無給ではなかったし、それにこの神殿が少しでも形を取り戻すのであれば、それはそれで良きことかも知れないと思い、従事じゅうじしていた。


 神殿の入り口、二人の兵士が一応、門番として立っており、夜の間は火を絶やす事なく入口を照らしていた。その火の灯りが訪れた二人の影を地面に投影する。


 一人は両腕の肘を直角に上げて、何やら構えている。


 もう一人の影は異常に大きくこれが人? と思える程であった。普通の人間の5倍程はありそうだ。


 全身に青銅の鎧を纏い、銅で出来た棍棒の様な物を背負っていた。


 突然、爆ぜる音が連続して神殿内に反響した。そして独特な匂いと煙が上がった。


 な、なんだ? と慌てて取り合えず武器だけ握り、神殿の中から数名の兵士達が次々と現れた。そして入り口に立っている二人を見て、悲鳴を上げた。


 再び爆ぜる音が連続する。先程の門番同様、彼らも頭や心臓、手足を撃ち抜かれて、あっという間に絶命した。


「嗚呼……この音、硝煙しょうえんの匂い、血の匂い、たまんねえな。逝っちまいそうだぜ」


 女はまるで酒か薬にでも酔ったかの如く、恍惚の表情で次弾を装填する。


「こ、これは何事でありますか!」


 神殿の奥から少し他の兵士よりは身なりの整った騎士が、随伴ずいはんする二人の兵士を連れて現れた。が、さらに火薬が爆ぜて随伴した兵士二人は、先程の兵士同様に瞬殺された。


「ディエディン様、それにセッティン様まで。これはな…」


 何事と騎士が言いかけたその時、彼の頭の右脇を銃弾が抜けていく。


「おぃ、てめぇ。俺をその名前で呼ぶのはもう終いだ。俺の名はレイ、ヴァロウズ、ナンバー8のレイだ。よおくその足りない頭で覚えとけ。次はねえ」


 レイは自分のこめかみの辺りを指しながらそう告げた。


「しょ、承知致しましたレイ様。しかし我々は、フォルデノの兵だったとはいえ、今はお味方であります。このやり様は一体どういう事でございますか!」


 騎士はひるみながらも、レイに向かってその非礼を訴える。


 レイは返礼の代わりに、次は騎士の頭の左脇に銃弾を叩きこむ。騎士は恐怖に顔を歪めそうになったが、そこは勇気で必死に抑えこんだ。


「お前等がちんたらやってて、ろくに神殿此処の復旧が進まないから、俺とこいつで出向いてやったんだ。殺した理由? そんなもの決まってんだろッ! 俺の視界に入ってきたら殺すッ! 気に入らなければ殺すッ! 俺が法だッ! ただそれだけの事だッ!」


 容赦なく騎士をなじるレイ。騎士はこの現場の指揮をマーダに任されていた人物なのだ。元々はフォルデノ王国騎士団のエリートであった。


 彼は見た事もない武器を持つレイと、その後ろに控える巨人におびえつつも、睨みつける事は、決して止めなかった。


「お前はいい目をしている。だから生かしたんだぜ、感謝するがいい」


 レイは言いながら、両手の相棒コルト・ガバメントを構えることを、やめようとしない。


「団長! 一体何が!」

「やめろぉお前達! 出てくるんじゃあぁないッ!」


 神殿の奥から他の兵士達の声が聞こえてくる。

 団長の緊張感を伴った大声に、兵士は慌てて足を止めた。


「そうそう、お前はなかなか利口な様だな。コイツはデカすぎて中には入れないから外で見張りだ。すまねえな7番目」


「か、構わない。俺、外…慣れてる」


 レイにコイツと呼ばれた巨人は、ヴァロウズ7番目の『セッティン』である。


 巨人族というのは実に稀少な種であり、その巨体と桁外れの力、そして人であるので頭脳は人間並に働く。


 彼がドカッと腰を落としただけで、周りの地面が地震の様に揺れた。


「俺には、今すぐにこの神殿の一番いい部屋スイートを用意しな。お前らと雑魚寝でもしようものなら、ついうっかり殺してしまいそうだからな」


 レイは相棒をようやくホルスターに戻すと無遠慮に神殿の中へと消えた。

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