第5話 機械仕掛け

「…………遂に此処まで来たか、『扉』の候補」


 老人は全てを見通す心眼の力で外の様子を見ていた。彼にとっては、魔法力すら要らない行為。我々が目の前の物を見るのと、同じ位に当たり前の事である。


「しかしまさかあの男の弟が扉とは。なんという皮肉か。これが神のやる事か」


 彼は神という存在が嫌い……と、いうかうとましい。


 自らの肉体が、精神が、神の創造したものだとするのであれば、そんな物はいっその事捨ててしまいたいとすら思っている。


 自分を含む愚かである人間という存在を否定しながらも、それを受け入れ、そして信じて待ち続けるより他はなかった。


「今度こそ、人が昇華するのだ。私はそれを望む。見せておくれ、人の希望を」


 ◇


 さて、ガロウとオットーの争いである。一歩踏み込めば、斬り合いになる処で睨み合いが続いている。ガロウの一の太刀は、なりを潜めていた。身動き一つしない。


すさまじい剣気だ……)


 ジェリドは静かなガロウの内から出ているものに気づいていた。

 動かずとも寄れば全てを両断する。盾はなくとも隙はなし。と、言った処か。


「おい、さっきの威勢はどこへいった、んっ?」


 威嚇いかくの言葉を投げつけるオットーだが、相手は全く動じない。


 結局我慢出来ず、先に動いたのは、オットーであった。例の赤い目の光線を放ったと同時に地面を蹴った。


 赤い光線はギミックの力なので魔法力は必要ない。


 態勢を変える事なくそれを避けるガロウだが、その先にはオットーのダガーの突きが待ち構えている。


 並みの剣士ならこの突きで絶命するであろう。けれど彼は刀でそれを難なく受け流した。


 これが開始の合図とばかりに、オットーはダガーの素早い突きを連続で繰り出す。

 相変わらず正眼の構えだけで、ガロウはこれを全て受け流した。


「ならばこれでどうだぁ!」


 オットーは左手にもダガーを握り、両刀となった。


 両刀は見た目こそ派手ではあるが、実際の所、両刀を自在に操る剣士というのは、そう滅多にいるものではない。


 いわゆるこけおどしか、あるいはどちらかの剣を防御に使うといった類が多い。


 しかし彼のダガーは、短いながら軽い武器である。

 拳闘士が両手を使って戦うが如く、両手のダガーが生き物の様に、左右のコンビネーションで襲いかかる。


 間合いを読んで避けた筈のダガーが、かすり傷を作り始めている事にガロウは、違和感を覚える。


「あの右手、なんか妙だ」


 争いを脇から見ているだけのジェリドも、その不自然さに気づいていた。


 待ちの優位を捨てて、ようやくガロウも此方から剣を出した。オットーの右腕に何かありと狙ったのだ。


 だがオットーは避けようとせず、そのまま右腕で彼の刀を受けた。

 カキンッ! と金属と金属がぶつかり合う音がした。


「なっ!?」

「ククク……」


 ガロウの刃は、オットーの右手のグローブだけを斬り裂いていた。その中からは金属の部品が顔を覗かせている。


「なるほど機械鎧オートメイルか」

「そういう事だっ! 貴様の刀でこいつが斬れるか!」


 そのオートメイルの右腕で殴りかかるオットー。

 確実に間合いを見極め、避けたつもりであったガロウだが、気が付くと左の頬を殴られていた。


 けれどもガロウは、ワザと殴られた方へ向けて、思い切り首を捻った。

 拳が当たっても首でそれをいなす格闘の高等テクニックである。


 さらに相手の右腕を掴むと、背負って近くにあった岩めがけて投げ飛ばした。


 オットーは岩にぶつかる前に全出力で目の光線を岩めがけて放つ。岩は粉砕されて、彼は難を逃れた。


「そうか、その右腕、伸びるのだな。たいした玩具だ……」


 首を回していなしたとはいえ鉄の拳である。ガロウの左頬に殴られたあとが、痛々しく残る。


 右目がギミックなのだから、他にも隠しがある事を用心すべきであったと反省した。


「へへへっ、そういう事だ。だがそれだけじゃあねえぞぉぉ」


 武器の届かない場所から、再び光線を放つオットー。

 しかも断続的に、そして散らす様に。この光線は出力も打ち方も自在にコントロール出来るらしい。


 全てを避けるのは無理だと諦めたガロウは、致命傷にならない様、避ける事に集中する。ガロウの傷痕が次々に増えていく。


「ガ、ガロウ!」


 ローダはたまらず加勢しようと動こうとしたが、ジェリドはそれを左手で制した。


「大丈夫だ、青年。彼はあの程度でやられはしない」


 冷静にそう言ってジェリドは首を横に振る。


「だけど…」

「ガロウは今、冷静に決定打の布石を準備しているのだ。見ていなさい、間もなく彼の本物の刃が奴を斬る」


 ジェリドの声は冷静かつ力強かった。どう見ても防戦一方に見えるこの状況下。


 なれど斧の戦士の言葉から、有無を言わせない説得力を感じてしまったので、ローダは黙って従う事にした。


 ルシアもガロウの意図は理解している。しかしこの状況では心配せずにはいられない。


 リイナは片膝をついて、ひたすらに信仰する女神へ勝利の祈りを呟いていた。


 止まないオットーの攻撃。いくら機械とはいえ、永久機関であろうはずがない。


「どうした、どうした! てめぇ、守ってばかりじゃねえか。そんなんでどうやって俺様を倒すんだあ?」


 いつかはこの攻撃にも終わりがくる筈なのだが、一体いつの事になるのか。


「こういう使い方も出来るんだぜぇ!」


 突然、オットーは赤い光線の的をガロウから、宙へと変えた。何もない空に赤い光線が次々と発射される。


 そして本人は、再びガロウに向かって突出する。ダガーは左手だけである。一体何を企んでいるのであろう。

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