第4話 天使が放つ光の盾

 不覚にも死を恐れ、涙を流し始めたルシア。息をするも辛いというのに、みっともない嗚咽おえつを抑えることが出来ない。


 その涙を灰色の指ですくい、ペロリッと高級なビンテージワインを味わうテイスティングするかの如く、楽しむオットー。


「ほう、命乞いすら美しい。ますます気にいった。安心しろ、お前は大事に可愛がってやるからな。マーダ様御照覧ごしょうらんあれ! 8番目の私が、今、この美しいにえを捧げましょうぞ!」


 オットーは、自分が信仰する暗黒神よりも敬愛けいあいするマーダを呼んだ。


「でわッ死ねぇぇ! 滅殺めっさつッ!!」


 黒い炎をオットーがルシアの胸に押し付けようとした、まさにその瞬間であった。


戦之女神エディウスよ! その偉大なるお力で悪しき力を全て封じよ『奇跡之盾スクード』!」


 甲高く若々しい女性の声が辺りにとどろく。

 さらに神々しい光が巨大な盾の様な形を成して、御神木ごしんぼくまでを貫いた。御神木その高さに匹敵する程の巨大な光だ。


 その場にいた全員、いや、正確には光を矢の様に打ち出した少女と、その連れである戦士以外が、何事が起ったのか理解出来なかった。


 光の盾は特に何かを壊す訳でもなく、ただ圧倒的に前進すると、星屑ほしくずの様にきらめきながら消えた。


「あッ!」


 突然、自分が落下している事を認識するルシア。地面に叩きつけられると覚悟するが、太い両腕が受け止めてくれた。


「やあ、大丈夫かな? 久しいな、勇ましき炎の乙女」


 それはルシアにとって聞き覚えのある優しさにあふれた声であった。


「あ、貴方はアルベェラータさん!?」

「おお、覚えていてくれているとは光栄だな。だがこれからは、ただのジェリドだ」


 アルベェラータと呼ばれた男は、ルシアを静かに優しく降ろす。


 そう、ルシアはこの男を知っている。白き鋼の鎧と背中には柄の長い巨大な戦斧バトルアックス


 元フォルデノ王国騎士団で、ラファン自治区民衆軍の総指揮官、ジェリド・アルベェラータである。


「じゃ、じゃあ、さっきの光は……」

「お姉さまぁぁぁっ!」


 ルシアの言葉をさえぎって、司祭の証である白い法衣をまとった少女が正面から飛び込んできた。そのままルシアを抱きしめる。


「リ、リイナ!?」


 ルシアが顔を赤く染めて、自分を抱きしめる少女の名を呼ぶ。


「良かったっ! 間に合ったっ! 会いたかったっ! ルシアお姉さまっ!」


 さらにギュッと”お姉さま”の事を抱きしめ続けるリイナ。まるで飼い主にじゃれつく子犬のようだ。銀髪を揺らして大いにはしゃぐ。


「こらリイナ、まだ戦闘中だ。その位にしなさい」

「あ、いっけない……」


 父親ジェリドにたしなめられ、娘はペロっと舌を出して、ルシアを解放してやった。


「あの、さっきの光の奇跡は貴女が……」


「そうです、まだ覚えたてなんですけどね。上手くいきました。良かった、この奇跡でお姉さまを護る事が出来て心から嬉しいです」


 リイナは再会の挨拶すら忘れていた事に気が付いて、頭を下げてからニコッと微笑んだ。


 長い銀髪、綺麗な白い肌、大きな青い瞳、真っ白なエディウス神の司祭の法衣と14歳という若さから溢れ出る神々こうごうしさ。


 別名『ラファンの森の天使』リイナ・アルベェラータである。


「ルシア、大丈夫かっ!」


 そんなやり取りをしている処へローダとガロウが、駆け寄って来た。彼らの束縛も無事解かれていたようである。


 声を聞いたルシアは、大きく手を振って二人に健在ぶりをアピールした。


「も、もう、大丈夫よ」

「よ、良かった、本当に……」


 そう言ってルシアは微笑と共に返す。けれど先程の束縛の術を一番を強く受けた後遺症こういしょうなのか、まだ少し息が荒い。


 ホッと胸を撫でおろすローダ。束縛の糸だけでなく、緊張からもようやく解放され穏やかな顔つきになった。


「来てくれたんだな、アルベェラータ」

「ああ、そういう事だ。これからお前達の指揮下に入る。ジェリドと呼んでくれ」


 侍大将サムライマスターガロウが、誇り高き騎士ジェリドに握手を求める。


 その手を握り返すジェリド。ガロウはその力強い手に、これ以上の頼もしい援軍えんぐんはいないと高揚こうようした。


「だが、サムライマスターよ。お前さん、まさか弱くなったのではあるまいな? あの黒い剣士マーダならいざ知らず、あのような下賎げせんの輩にいいようにやられて、その上、大事な仲間すら危険にさらすとは」


「…………っ!」


 力強い援軍であった筈の男は、戦友に全く容赦ようしゃしなかった。対するガロウは、返す言葉が見つからない。


「『我狼ガロウ』の名、伊達だてではない処、見せて貰えんかな?」


 ジェリドはニッと笑って、握手したその上にもう片方の手を載せて握りしめる。


 髭面の侍大将ガロウは、手を離すとジェリドに背中を向けて、オットーの方をにらみつけた。


「ああ、勿論だ。俺の血は怒りで、故郷の火山の如く、煮えくりかえっているぜ」


 愛刀を握る手に怒りと力を込めるガロウ。


「判る、判るが………」


 あおりを入れた筈のジェリドが何かを言いかける。明らかに噴火活動を始めた男を今度はたしなめにかかろうとする。


「わーーてるよっ、頭は常に冷静クール、だろ?」


 ニヤッと笑って無骨な白騎士ジェリドの言葉を継いだガロウである。


 一方オットーは、御神木の上で信じられないといった表情でその身を震わせている。


「こ、この俺様の術が完全に消えた!? なんだあの小娘は!? 知らんぞ、あんな奴ッ!」


 そしてもう一度、暗黒神の魔法、蜘蛛之糸ラグナテーラを復唱したが何も起こらない。


「こ、これは、まさか!? 全ての魔法を封じるという、あの忌々しい女神エディウスの奇跡か? これをあんな小娘がっ!?」


 御神木の下で微笑む少女をにらみつける。司祭らしいが、まだ子供ではないか。


「クソクソクソクソッ! 許せんぞっ! あいつらっ!」


 太い枝の上で激しく地団駄じだんだを踏むオットー。枝が大きく揺れ動く。


 そこへガロウが跳躍ちょうやく一閃いっせん、その枝をバサリッと斬り落とす。

 体制を崩したオットーだが、そこは冷静に他の枝を蹴ったりしながら、無事地面に着地する。


「なんだあ貴様? これだけ仲間がいるというのに、俺様とタイマンする気か?」


 オットーは睨みを効かせながら、腰のダガーを右手に掴んだ。


「俺が魔法だけしか取り柄がないと思うなよ。それに貴様とて、もう仲間から魔法での援護は望めまい?」


 オットーの言う通りである。リイナの奇跡之盾スクードは、この周辺の魔法全てを封じ込める。


 敵味方、そして魔法の種類は関係ない。絶対魔法障壁マジックアンチシェルなのである。


「嗚呼……だがな、それで充分だ。それに……」


 ガロウが珍しく上段ではなく、中段に構えを取った。


「貴様は俺の刀のさびにすると決めたっ!」

「ほうっ……面白えなぁ。侍も戦いの最中に冗談を言うのかぁぁ」


 戦闘に余計な言葉は無用と決めているガロウだが、今は想いを口にする事で有言を実行すると腹をくくった。


 対するオットーは、ダガーの刃をめる。次に舐める時は、貴様の血糊ちのりが付いていると言わんばかりだ。


「ガロウ・チュウマ、いざっ! 参るっ!」

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