第6話 我狼

 加えてオットーは、左手のダガーではなく、右手のオートメイルの拳を再び突き出した。


 これは、さっき見た攻撃、間合いが伸びる事に気を付けて、回避すればいい話だとガロウは確信している。


 けれどその拳の先から、なんと剣が突き出してきたのである。ガロウは回避を諦め、刀でその攻撃をなんとか凌ぎきった……筈であった。


 なんと空から無数の赤い光が弧を描いて落ちてきたのである。


 ガロウはオットーの剣を受けながすのに精一杯で、流石に身体を動かすことが出来ない。


「ぐあぁぁぁ!!」


 流れ星の様な無数の光が、ガロウを次々と貫いた。右肩、左腕、両足、そして腹部に穴が開く。


「ガロウぉぉぉぉ!!」


 それを見たローダが悲痛な叫びをあげる。だが此処に至って尚、ジェリドとルシアは、それを黙認している。


「これで終いだっ! くらえっ、 滅殺ッ!!」


 オットーが仕込みの剣を、ガロウの首を目掛けて振り下ろす。


 それをガロウは、まるで意にも介せずといった体で、刀を上段へと振り上げる。


 その速度たるや、後出しのガロウの方が明らかに劣勢である筈なのに、オットーの剣速をあっという間に置き去りにした。


 振り上げた刃に、赤い稲妻の様な光が落ちる。物凄い轟音に見ている者達は、思わず耳を塞ぐ。


「一ノ太刀・真打『櫻華おうか』ぁぁぁ!!」


 真っ赤に染まったガロウの刀が、オットーの剣より先に振り下ろされた。


「あっ? がっ!?」


 その余りに刹那の出来事に、斬られた方オットーは、自分が脳天から真っ二つに、裂かれて死んだことに気がつかなかった。


 血飛沫ちしぶきがまるで火山の噴火の如く、マグマを放出する様に四方へ広がる。


 それはまるで自らを供養くようする彼岸花の様でもあった。オットーの身体は、左右綺麗に別れて絶命した。


「どうだ、地獄で見ているか? これが俺の真の太刀『示現じげん我狼がろう』だ。醜かった貴様も死に花は、美しかったぜ」


 ガロウは自らの血とオットーの血で全身血まみれ、まさに満身創痍であったが、刀を天へかざして、堂々と勝ち名乗りを上げた。


「ガロウぉぉぉ!」

「ガロウっ!」


 ローダとルシアが、泣きながらサムライマスターの元にやってくる。ルシアとて決して見ていて楽ではなかったのだ。

 ガロウは二人に向かって拳を突き出すと、そのまま前のめりに倒れてしまった。


「ガロウっ、ガロウっ、大丈夫か?」

「待って、今、傷の手当てを……」


 ローダはガロウの銅の鎧を次々と脱がす。そしてルシアが出血を抑えようと、心臓に近い所を片っ端から縛ってゆく。


「おいおい、大袈裟おおげさだぜぇ……。こんな傷、戦場の戦士は、かすり傷って言うん…」

「「黙れっ!」」


 強がろうとしたガロウであったが、二人の仲間にすっかり気を押されてしまった。


「私に任せて下さい! 今の状態では回復の奇跡は使えませんが…… 」

「お、おぃ、まさかそれって…」


 喋りながらリイナがリュックの奥から引き出した物。それは紛れもなく縫い針と糸。どうひいき目に見ても人の手当てをする道具には見えない。


 意気揚々いきようようと針を手に近寄ってくるリイナを見て、ガロウは引きつった顔で狼狽ろうばいする。


「勿論、いますっ! 奇跡の盾が消えるのを待っていたら手遅れになりますから」

「いっ、いってえぇぇ!」


 容赦なくいきなりブスっと針を刺すリイナ。抵抗しようとガロウは全身をジタバタさせるがどうにもならない。


 こういう時の人間の痛覚とはおかしなもので、大怪我よりも針の一刺しの方が恐怖を感じるものらしい。


「我慢しろっ!」

「男でしょ!」


 ローダが上半身を、ルシアが両足を容赦なく押さえつけた。


「ハッハッハッ、だらしがないぞ、侍大将サムライマスター

「…………」


 ジェリドはその様を見て容赦なくガハハと笑い飛ばす。ボロ雑巾のようになった侍大将は最早、言い返す気にもなれなかった。


 後はもう成す術なく、リイナに傷口という傷口を雑巾の様に縫われていくのである。


 人間って痛過ぎると、もう麻痺まひするというか、正直どうでも良くなってくるものだ。

 ガロウは天を見上げて呆けた顔になり、全てが縫い終わる頃には、完全に気絶してしまった。


「ふぅ…これでもう大丈夫です。後で回復の奇跡を使います」


 リイナは余程こういう事に手慣れているらしい。まだ少女だというのに凄いとローダは感心した。


「しかしあんな凄い事が出来るんだったら、なんでもっと早くやらなかったんだ?」


 ふとローダは、ガロウの戦いぶりを思い返し、素朴な疑問を口にする。


「それは私が代わりに答えてやろう。ええっと…」

「あ…ローダ、ローダ・ファルムーンと言います。宜しくお願い致します」


 気絶した本人の代わりにジェリドが解説を始めようとするが、その前にの名前を聞きたがっている。


 察したローダは、明らかに自分より歳だけでなく、人間そのものの出来が上だと思える相手へ丁寧に頭を下げる。こういう誠実な処は実に彼らしい。


「あ、君があの………。いや、今はガロウの刀の事であったな。彼のあの剣技は自分の身体の中にある中枢、チャクラという場所にある気を集めに集めて、刀へと流し込み、刃の切れ味を倍増させるものだ」


 ジェリドはローダの身体を指差しながら、気が流れ込むイメージを伝えながら続ける。


「但しこのチャクラの制御というものは、大変に難しいもので、そう易々と出来るものではない。そこで彼は出来るだけ攻撃の手を止めて、チャクラの制御に集中する事によって、この剣技を編み出したそうだ」


 次に刀を振り下ろすジェスチャーをしながら続ける。


「……な、なんか凄いですね」


 正直良く理解出来ず、語彙力ごいりょくを失うローダ。

 仕方がないのである。説明しているジェリド自身、いや正確にはジェリドにこの剣技を説明したガロウですら怪しいのだ。


「あの刀に赤い稲妻の様な物が落ちただろう? 何故ああなるのかは、彼自身良く判っていないらしい。そして刀をなかなか振れない剣技なぞ、出来損ないだとも言っていたな」


 ジェリドもあの光景を目にしたのはこれでようやく二回目らしい。いかにガロウがこの剣技を使っていないかが判る。


「…………」


 判らないなりにローダは、少しでも理解しようと自分の身体の中に流れるものをイメージしてみる。


「彼は、『示現じげん』と言っていただろ?」

「あ、そういえば、確かに……」


 ローダは、ガロウが示現・我狼と言っていたことを思い出した。


示現流じげんりゅうというのは、彼の生まれ故郷、東国の刀の流派だそうだ。一ノ太刀という、最初の一振りに全てを賭けるというなかなか勇ましいものらしい」

「…………」


「ただ真の示現というのは、そのあまりもの恐ろしさに、相手が戦う事を放棄するらしい。彼の国では、余程恐れられているのだろう。だが、こんな理屈よりも………」


 此処まで話しておきながら不意に話を切り、ジェリドはローダの顔を覗き込んだ。


「は、はい?」


 あまりに急な圧でローダは、思わず顔が引きつるを感じ、それが失礼に値しないか心配になる。


「格好良かっただろ?」


 ニッといかにも楽し気な笑い顔をローダに寄せる。まるで自分の技を自慢しているかの様である。


「はいっ!」


 この返事は、ローダの本心であった。ガロウという男をますます尊敬した瞬間であった。


 ルシアは黙ってそんな二人の様子を伺っていた。戦闘時の彼女は勇ましく、男も負ける有能な戦士であるので、こういう話は興味深い。


 けれど自分は女であるため、なんとなくこういう話に入っていくのは気がひけるのである。


 私も男だったら良かったのに………と、今までは感じていた。


 でも今は目をキラキラさせながら、ジェリドの話を聴いている彼が、何だか可愛くて仕方がない方が気になっている自分に気づいてしまった。


(……私ってこんなにウブだったかしら?)


 森が月と太陽が入れ替わりはじめ、徐々に明るさを取り戻そうとしていた。まもなく新しい一日が始まろうとしている。


 リイナは今日も無事に新しい一日を迎えられる事を神に感謝すると共に、お姉さまルシアの恋が始まろうとしていることを感じ、隣で優しく微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る