第1話 山道を往き青年は語る

 エドナ村から南へ10km程下ると、辺りは樹木が増え始め、やがて緩やかな上り坂が始まる。


 次第に林は森になり、道らしい道は無くなる。そしてさらにそのまま歩き続けると入山する事になる。


 アマンという山である。標高こそたいして高くはないが、南と東に長く伸びた広い山地であり、エディン自治区とフォルデノ王国を分断する自然の障害となっている。


 エディンの民はあえて、この山を開発しない事で、自然の障壁能力を最大限活用していた。


 この森の中を行く人影が三人。何れも濃い緑色のマントを頭の上から被って行動していた。


 マントは迷彩の意味もあるが、野宿をする際には、ロープと組み合わせることで、簡易的なテントになる様に雨水も防ぐ丈夫な布で出来ている。


 三人はガロウ、ルシア、ローダである。彼らはこの山深くにある洞窟どうくつを目指して歩いていた。


「なんでルシアの爺さんは、こんな山奥に居るんだか…」


 敷き積もった枯葉に足を取られない様に注意しながらローダは歩いていた。

 この島に渡る前には一人、徒歩の旅を続けていた彼である。この位、どうという事はない。


 だけどこんな僻地へきちに何故老人が? というのは、至極しごく当然の疑問である。


「フゥ………それはこっちが聞きたい位よ」

「同感だな」


 深い溜め息を返答の代わりにするルシア。ガロウの顔には面倒臭いと書いてあるかのようだ。


 彼らがこれから会おうとしているサイガン・ロットレンという老人。


 ガロウにとっては剣の師匠…と、言っても彼の場合は、元々持ち合わせていた示現流じげんりゅうをさらに高めてくれた相手らしい。


 ルシアにとっては拳闘術と魔法の師匠であり、さらに育ての親でもあるという、とても深い間柄あいだがららしい。


 何れにせよ長い付き合いになる訳で、勝手知ったる相手となるのだが、その割には山奥に引きこもっている理由すら知らないとは、どうしたことであろう。


 然もこの老人、このエディン自治区の民衆軍の総指揮をっていた人物だというのである。


 けれどもフォルテザの砦をマーダ軍に明け渡し、その座をヴァロウズ2番目の学者ドゥーウェンにゆずって以来、山奥の住人になることを勝手に決めた。


 そこいらの老人が静かに暮らしたいとか、隠居いんきょするのとは訳が違う。


 砦の自由をうばわれたとはいえ、まだ数多く残るエディンの兵士達は、彼の指示を待っているのである。


 それがまた不思議な事に元指導者が、全く動きを見せていないのに、エディンの兵士達は、秘密裏ひみつりに活動し続けているのだ。


 もっと気味の悪い話がある。エドナ村に駐留ちゅうりゅうしている兵士達の一部は、リーダーであるガロウすら、聞かされていない隠密おんみつ行動を取っているらしい。


 ガロウにとって本来であれば屈辱くつじょくといえることなのだが、彼もルシアもあの老人ならやりそうな事だと変な理解を示している。


「本当に何を考えているのか解せねえ偏屈爺へんくつじじいさ。ただな、爺のくせに頭は切れる。だからまあ信頼していい」


 なかば諦め顔でこの地が初めてのローダに説明するガロウである。


 ローダは余計な詮索せんさくをしないと決めた。元より二人を信じてついてゆくしかない。考えて答えが出るものでもない。


 さらにそれ程の人物である。余りこの話題を表で触れるのは、聞かれたくない相手の耳に届いてしまう恐れがあるかも知れない。


 5時間ほど道なき道を歩いた。山の夕暮れは早い。

 夜間の強行も出来なくはないが、灯りを持って歩くのは、敵を目的地へ案内するかも知れない。


 日が完全に暮れる前に今日の宿場しゅくばを決めて、明るいうちに歩みを止めれば追跡が困難になる。


 そんな次第で今日の行軍は此処までと決めた。


 三人とも各々それぞれのマントを脱いで、ロープと適当な樹木を使ってテントを作り、腰を下ろすと簡易食を口にする。


 直ぐに辺りは暗くなり、森は不気味なものへと変わるが、雲が少なかったので、月灯りでも充分足りる夜となった。


 ローダは腹も腰も落ち着くと、先程迄の緊張感が薄れ、少し良い心地になる。


「なあ……」


 月を眺めながらローダは、いつになく明るい調子で声をかけてくる。他の二人が「ンっ」と青年の方に視線を移す。


「何だか良いな。こういうのってさ………」


 普段愛嬌あいきょうの足りないローダの目が笑っている。二人は黙って続きを聞く。


「俺、今までずっと一人旅だった。もう慣れっこでさ、寂しいとか怖いとか思った事なんて最初の二晩くらいだったかな……。でも、今は信頼出来る仲間と綺麗な月を眺めてるんだ。なんかとても良い気分だよ」


 月から二人へと視線を変えるとニッと笑って見せるローダ。二人も自然と笑顔になってゆく。


「まあ…本音の処、俺は邪魔なんじゃないか?」


 横目に意地の悪い視線を二人に送るガロウ中年。思わずルシアは顔を赤くしたが、ローダの方は意外と顔色を変えなかった。


「いや、何か上手く言えないんだけどさ、今はこうしていたい気分なんだ。これで焚火と酒があれば、一晩中、昔からの友人みたいに語ってしまうかもな」


 彼は終始笑顔である。一緒に顔を赤くするのでもなく、恥ずかしくて否定する訳でもなく、ただただ真っ直ぐなのである。


(もうっ、そういう処なんだよな………)


 一人だけルシアは、恥ずかしい気分になった。でも……なんだかこそばゆくもあれど、少し心が軽やかになった気もする。


 とても穏やかで幸せな夜が訪れた……と、誰もが思った矢先、それ邪魔は突然やってきた。

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