第2話 降り注ぐ赤い光と灰色の影

 800mは離れているだろうか。周辺よりも高い木の影の中、赤い光が真っ直ぐと三人のいる所から、中間地点と思われる所に放たれた。


 光は邪魔になる枝、鳥などを貫き、秒もかからず地面に到達した。


 ローダは「アッ」と声を漏らしかけたが、ガロウのゴツい手にふさがれてしまう。


 赤い光はその後も立て続けに円を描く様に放たれたいく。夜の闇に黒々とした森が手伝い、暗過ぎて光を出しているもの正体がつかめない。


(マーダって野郎の脇腹を穿うがいた此奴ローダの光の剣位の威力は、ありそうだな……ただ出しっぱなしって訳じゃないらしい。差し詰め光の砲台といった処か)


「ルシア、お前どう思う?」


 ガロウは顔も向けずに、小声でルシアへ意見を求める。


「うーん……此方の居場所を完全に把握しているって訳ではなさそうね。あと、多分あの距離が、この光が届く最長距離と思ってよさそうね」


「届かないのに撃ってる………誘ってやがるのか?」


 ルシアの考察に腹を立てたガロウの鼻息が荒くなる。


「それは何とも。ただあの光が地面に何かを描いているのだとしたら、ちょっとやばいかも……」


 魔法にけているルシアの想像力が三人の顔を曇らせる。


「まさか『じん』のたぐいだと!? そいつはいよいよ面白くないな。おぃ、ローダ、テントのロープを切れ。マントに戻すんだ」


 地面に描いた陣をしろにした魔法。しかも半径400m程の陣を使うとなると、威力の程度は計り知れない。


 このまま見なかったことに…っていう訳にはいかないだろう。


 しかも光の主が立っている場所が実に面白くない。この森で御神木とされている木の上なのだ。


 御神木には多くの木の精霊達が宿っており、この森を悪しきものから守っていると言われている。


 あの木を守る意味でもエディンの民として見過ごす訳にはいかないのだ。


「ガロウ、一体どうするんだ?」


 マントを羽織りながらリーダーに指示を仰ぐローダである。


「あの光のふちぎりぎりまで身を潜めて近寄るんだ。アレが何を企んでるのか、先ずは見極めるぞ。いいか、決して慌てるなよ」


「了解」

「判った」


 言いながら既にガロウは、足音を立てずに走り始める。真剣な表情でルシアとローダもそれに続く。


 暗闇の中、木々が生い茂る中を400m、バレない様に静かに往く。


 これはなかなかに難しい事に思えたが、ガロウはこの森の景色を見飽きるほどに、此処で修行を積んでいる。


 よって道なき道の『道』を彼は熟知しているのだ。ルシアとローダは、その足跡をなぞれば良かった。


「ところがよぉ、お前らが動いた時点で俺様の目には丸見えなんだよなァァ」


 赤い光の主は自分の左目から赤い光線を放つ。と、同時にこの目は赤外線を探知する機能を持っている。

 この目は機械、いわゆるギミックって奴だ。


「黒い雲に操られしコボルト共、相手をしてやれ」


 赤い目の主が左手で合図を送ると、光で描いた円の縁辺りに身を隠していたコボルトの群れ、約30体程が一斉にガバッと、立ち上がり襲いかかる。


 彼らは頭だけ犬だが、二足歩行で歩く。見た目は狼男の様な種族であるが、背も低く、能力は狼男の様に優れてはいない。


 彼らの主な武器は弓矢。それも燃えたぎる火の矢を放ってきた。


(コボルト共が、矢に油をけて火の矢を!?)


 ガロウは火の矢を剣で叩き落とし、燃え広がらない様に、踏みつけて消火しなければならなかった。


 しかもコボルト達は、ただむやみやたらに矢を放つのではなく、9人位の一塊になって、前列の三人が矢を放ったら、間髪入れずに次の列が放つ。

 打ち終わった者は次の矢を準備するという、統率の取れた動きをしていた。


「おぃ! ルシアッ! コイツら妙だ、動きが良過ぎるっ!」


 剣を振りながらルシアに向かって怒鳴るガロウ。


 彼女の方も同感であった。火の矢といい、陣形といい、知能の低いコボルトにしては統率が取れ過ぎていた。


 加えてこの森は、御神木によって護られているため、彼等のような闇の住人は、動きが悪くなるのが常なのだ。


(まるで強い力に操られている様な、そんな感じがする)


 赤い光の持ち主の力なのだろうか。ルシアは御神木の方を見つめた。赤い光は、さらに地面に絵を描いていた。


 このガロウとルシアの考察は的を得ていた。つい先程、枝の上の住人が「黒い雲に操られし……」と告げていたのがその答えだ。


 暗黒神の魔法『黒い雲ヌブラ』によって操られている訳である。


 そんな考えを巡らせている間に、彼女の後方から剣を突き出して、コボルトの一陣に飛び込んだ者がいた。ローダである。


 正面にいたコボルトは頭を穿かれて即死、他の連中もこの体当たりに、たまらずよろめいた。


 ローダは容赦なく蹴りを入れて完全に地面に倒すと、剣で突き刺したり、そのままの頭を力いっぱい踏んづけて潰した。


「迷ってても仕方がないっ! アイツが何か仕出しでかす前に叩くっ!」


 あのガロウによる剣の修行で弱音を吐いていた若者と同一とは思えぬ程、ローダの声には勇気がみなぎっていた。


「ひとーーつッ!」


 示現流じげんりゅう御家芸おいえげい、上段の構えから飛びかかるガロウ。

 一ノ太刀で1匹目と首、2匹目の胴をまとめて両断すると、勢いそのままに返す刀で振り上げての二ノ太刀だ。


「ふたーーつッ!」


 コボルトが左足から右肩まで、上方に斬り裂かれる。


「みっつッ!」


 と、叫びながら身体を後ろに回転させた勢いで刀を真横に回す。太刀筋たちすじが美しい後を残したかと思えば、後ろのコボルトは胴と腰を真横に切断された。


 同時に足元に回し蹴りを放つ。脚をしたたかに打たれ転倒したコボルトへ、トドメを入れるべく俊敏しゅんびんに動く。


「よっつッ!」


 上からの容赦ない刀で襲いかかり、脳天から真っ二つにした。ガロウの剣舞は、美しさとおびただしい鮮血の雨を降らせた。


「言う様になったじゃねえか、のったぜ」


 ガロウは血まみれの太刀でローダを指しながら言った。ガロウの凄さを改めて思い知ったローダである。


「火の精霊よ、我の拳に宿れっ!」


 ルシアの両手が燃え上がった。両拳を顔の前まで構えると、地面を蹴って他のコボルトの一軍に飛びかかる。


「いっくぞおおぉぅッ!」


 右拳を大きく下から突き出す。物凄い爆発音と共にコボルトが三匹まとめて吹き飛んだ。


 残りには鋭い左ジャブに右ストレート、コンビネーションを連続で叩き込む。

 あっという間に周りのコボルト達は全滅した。


 ルシアは燃える拳をローダとガロウに突き出して、ニヤッと笑って勝ち誇る。


((あ、アイツが一番やべぇ……))


 ローダとガロウの思いが一致した。「絶対怒らせたら駄目だ」と二人の男は、顔を見合わせてうなずきあった。


 そして三人は残ったコボルトには目もくれずに、赤い目の主がいる御神木目掛けて一目散いちもくさんに駆け出した。


「おのれッ! 調子に乗るなよ、人間風情がッ!」


 赤い目の主は一旦、陣を描く事を止めて、赤い光線を三人へ向かって放った。

 けれど全く当たらない。彼はムキになったのか、さらに赤い光線を連続で放つ。


 だが3人それぞれがジグザグに、波打つ様に駆けてくるので、なかなか狙いを定める事が出来ないでいる。


「へっ! いくら速い攻撃でも撃つ場所が決まっていりゃ、早々当たるかよ」


 ガロウは鼻で笑い、そしてルシアに目で合図を送った。ルシアは頷くと走りながら短く詠唱する。


「風の精霊よ、我に自由の翼を!」


 そしてルシアはガロウに向かって跳躍する。両腕を揃えて彼女の前に差し出すガロウ。


 ルシアがその上に着地すると同時に両腕を上へと全力で持ち上げる。

 彼女はガロウの両腕から、カタパルトに打ち出された様になった。


 いかにも戦闘的な目をしたルシアの視線が、赤い目の主の正体をとらえる。


 灰色の肌、赤い左目、頭は火傷の後で頭髪を半分失っていた。そして一番特徴的な長い耳。


(……ダークエルフッ!)


 この肌の色、そして長い耳。ルシアの認識は正しい。

 なれどルシアは例え相手が誰であろうが、炎の拳の一撃で決めるつもりだ。


 ルシアが燃え盛る右拳を引き付けて、まさにその拳をダークエルフの顔に叩き込もうとしたその時、第8の男オットーは、ニヤッと冷笑するのである。

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