第6話 2本の青い薔薇

「む、無理無理無理無理っ。私、踊ったことなんて一度もないから」


 ルシアは両掌を大きく広げ、幾度いくども振って全否定したが、ローダは意外と容赦ようしゃなくルシアを抱きあげると椅子から立たせて左手を彼女の腰に回して、右手で彼女の左手を上げた。


(えーーーーーっ!?)


 ルシアはこんな積極的な彼を知らないし、言った通りダンスなんてしたことない嘘は言ってない

 顔が真っ赤になってどうしたら良いのやら……まるで思考が追い付かない。


「………大丈夫、俺に任せて。肩の力を抜いていこうか」


 身体を密着させているので自然と耳元でささやかれる形になる。普段ならこんな感じで相手にちょっかいを出すのは自分ルシアの役目である。


 完全に普段と立場が逆転してしまった。


「や、やりますねっ!」

「お、おおぅ!」


 リイナとガロウもこれには心底驚いて、二人の行く末を見守ろうと懸命けんめいになり、視線についつい力を入れてしまう。


(ど、どうなるのかしら!? 頑張れ! お姉さま!)


 特にリイナは、わくわくしながら二人の行方をじっと見つめる事に集中する。


 一方ガロウは、普段強気のあのルシアがテンパっているのが良く判っているので、ニヤニヤしながら高みの見物と決めた。


 二人のペアは、ゆっくりと踊りながら、やがて一同の目に入ってきた。


「うん、そうそう。それでいいんだ。流石、飲み込みが早い」

「えっ? そ、そぅ?」


 ローダは微笑みと余裕で持ってルシアをリードする。


 どこが「それでいいんだ」なのか正直全く判っていないルシア。とにかく自分は今、ローダと踊っているらしいという夢心地ゆめごこちの事実だけだ。


「………よし、少し派手に動いてみよう。行くぞ」


 ローダは、重心移動を少しづつ増やしてゆく。ルシアはローダが迫ってくると思ったら後ろへ、下がったと感じたら逆に自分が前へと、決して逆らわない。


 やがて二人の動きはシンクロして綺麗なターンを決めてゆく。


 気が付けば踊っているペアは、ドゥーウェンとベランドナ、ローダとルシアの二組だけになっていた。

 二組の一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくに一同が注目している。


 二つのペアが何度も交差しながら美しいターンを決めてゆく。


 もうルシアの緊張は、すっかりほぐれて微笑みながらローダとのやり取りを楽しんでいた。


(今、私は素敵すてきなドレスを着て、好きな人と皆の前で踊っている。普段の自分からは想像出来なかった事をしているんだ………)


(お姉さま、楽しそう……)


 リイナは、楽しそうに踊るルシアを応援しつつ、少しうらやましい気持ちが湧いてきた。ふと故郷に残してきたロイドの事が頭をよぎる。


 やがて曲が終わり、二組のペアも美しい彫刻ちょうこくの様に静止した。拍手はくしゅ歓声かんせいが沸き起こる。二組のペアは、何度も一同に頭を下げた。


 拍手を送りながらジェリドは、今は亡き妻ホーリィーンとの若き日の事を思い出していた。

 フォルデノの王宮で見つけたドレス姿の彼女に一目惚ひとめぼれしたものだ。


 ドゥーウェンとベランドナの二人は、自らの席に戻ってきた。

 しかし何故かローダとルシアは戻ってこない。気が付くと二人の姿は一同の視界から消えていた。


「あ、あれ、お姉さま!?」


 二人の事を探そうとリイナは、席を立とうとしたが、その肩をガロウは、軽く押さえて制する。


「ガロウ………さん?」


 戸惑とまどうリイナにガロウは微笑みながら、首を横に振った。リイナもなんとなく察して席を立つのを止めた。


 ローダとルシアは、息を切らしながら大広間の壁際にある柱の影の中にいた。完全に死角になっている場所である。


「ハァハァ………も、もうっ急に走りだすんだから…」


 息を切らしながら、ルシアはペアの相手に文句を言ったが、顔は怒っていない。


「す、すまん。最後の最後に強引なをしてしまった」


 ローダも息を切らしながら謝った。踊り終わり頭を下げた後、ローダはルシアの手をギュっと握りしめ、急に走り出したのだ。


 これにはルシアも引っ張られながら成すがまま走るしかなかった。


「ど、どうだ、ダンスは楽しめたか?」

「そ、そうね。さ、最初はどうなる事かと思ったけどね、でも……」


 息を整えるためにルシアは、少しだけ間を置いた。スーッと息を大きく吸い、腹に力を込める。


「……………」


 少しドキドキしながらローダは、ルシアの次の言葉を待っている。


最高さっいっこうに楽しかったっ! きっと今までの人生で一番っ!」


 ルシアが思い切り大きな声を出して、ローダの耳元にぶつけてみせる。


 彼女らしい悪戯心いたずらごころもあるのだが、恥ずかしさを奥に秘めるための演技なのだ。


 それにローダはビクッ! として少々青ざめる。とにかく耳が痛く、そして胸の上下心臓の鼓動も辛い。


「ふぅ、今日は貴方に驚かされっぱなしだったから、ようやく仕返しが出来たわ」


 ルシアが両手を腰に当てて胸を張り、そして笑い飛ばした。


「………そ、そうか。なら良かった」


 ホッと胸を撫でおろすローダ。そしてと彼も一緒にしばらく笑い合った。


「全く、大したものね騎士殿。これも貴族の御婦人を相手に覚えたのかしら?」


 一変意地悪な顔でルシアは、ジロリッとローダの顔をのぞき込む。


「い、言ったろ………これも騎士のたしなみって奴だ。ただ……」


 お次はローダが再び鼻の頭をいじりながら、照れくさそうに何かを答えようとする。


「ただ?」

「俺も今までで、最高さっいっこうに楽しかったっ! 今までの人生で一番っ!」


 とても大きな声のオウム返し。ルシアに反撃したローダである。


 そして彼はルシアに向かい合って両腕を広げる。ルシアはこのリードにも逆らうことなく、ローダの胸に飛び込んだ。


 それはルシアにとって気恥しくも、一番求めていたリード……だから迷う理由がない。


 互いが互いを抱き締めあった。お互いの鼓動こどうと体温が交差する。


「ル、ルシア……」

「んっ?」


 初心うぶな青年は、そのままの姿勢で、次の発言を決心する。

 赤い顔でローダの顔を見上げるルシア。何か物欲ものほしそうなその顔つき。


「お、俺、お前の事が好きだ。これは初めてのだ。うそじゃない」

「あっ…………」


 ルシアの顔が少しうつむく。しかし再び朱色の顔を上げた。彼女も決心したらしい。


「…………」


 ローダが心底緊張して彼女の返答を待っている。更に心臓が激しく動くのを抑えられない。俗にいうはち切れそうってやつだ。


偶然ぐう…ぜん……ね、私も今、同じことを思ってたの」


 自分の腕の中、小さな声で照れくさそうに返答してくれた彼女が愛しくて仕方がなかった。


 抱き締める腕に優しさと嬉しさのありったけを詰め込んだ。


 二人の男女は、互いの緊張の糸がほぐれて1本の新しい糸が生まれるの感じとった。


 青い薔薇ばらの花言葉は”不可能を可能する、夢は叶う”。二人の夢が叶った瞬間であった。

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