第7話 赤い鯱(シャチ)

 フォルテザの砦での気の早い祝宴は終わり、皆は明日以降の戦いに備え休息をとっている。時刻は既に午前3時になろうとしていた。


 学者ドゥーウェンとその付き人ベランドナは、まだ起きていた。ドゥーウェンの部屋では、とあるが行われている。


「クソッ! まさか、ヴァロウズを二人も寄越すとは。しかもアレは拳銃じゃないか! あんなもの一体どこから………」


 ドゥーウェンが珍しく、酷く動揺していた。彼の動揺の胸の内は、大体以下の通りである。


(しかもあれは自動拳銃だぞ。ただの鉄砲ならまだ納得がゆくが、はこの世界軸にない筈のものだ。……全く、こういう肝心な所を先生は教えてくれないんだ!)


「あのを今の彼らが相手にするのは流石に荷が重いのではありませんか? 私も出向きましょうか」


 ベランドナにも事の重大さが分かっていた。珍しくマスターに意見する。


「いや、君には此方で重大な役目を担って貰う。僕からこのフォルテザするという任務だ。それに此方の兵力を割きすぎて、本当に此処が墜ちてしまっては、それこそ最悪の事態だ」

 

 歯軋りしながら最も信頼している存在ベランドナにそう伝えるドゥーウェンである。


「その例の芝居なのですが、そんな事であのマーダの目を誤魔化す事が本気で出来るとお考えなのでしょうか?」


 ベランドナは「マスターとロットレン団長のやる事だから」と、あえて口を挟まなかったが、今更ながら的な質問をする。


「………いいや、全く思っていないね」


 ドゥーウェンは首を強く横に振る。


「では何故?」


「嘘でも何でもこの決起は必要なんだ。散ってしまった民衆軍の指揮を上げる為に。そして……」


大国エタリアの力を借りる為に」


 勝手にマスターの言葉を継ぐベランドナ。彼女は、既に理解している事を質問しているのだ。


「そういう事だよ。我々に勝ち目がある所を彼ら大陸の連中に見せなければならないのだ」


 ドゥーウェンはそう告げながら北を指した。


「もし此処フォルテザが墜ちたら?」

「ベランドナ………それこそ聞くまでもないし、応える必要を全く感じない」


 余りにベランドナが判りきった事を聞くので、普段冷静な学者は明らかにイライラが募った果てに舌打ちをした。


「マーダを恐れる大国達は、本腰を入れて、アドノス全土を滅ぼしにかかるだろう。それが無駄だと知りつつもだ。そうなったら、この島は人の住めないただの戦場になるだけだ。マーダとてそれは望んではいない。だからこそ、僕は此処に居られるハズ…なんだ」


 質問に答えているというよりも自分に言い聞かせているていになる。これはベランドナの思い通りにマスターが動いている結果だ。


 やるべきことをあえて言わせることで、重要なことと、そうでもない事柄を考え直させる。


「では作戦はこのまま続行ですね?」


「そういう事だ。結局、エドル攻略はローダ頼み……になってしまうな。こんなの作戦とは呼べないな」


 ドゥーウェンは自嘲じちょうするしかなかった。この展開、の計算の内なのでしょうか?


 ◇


 一方、此処はラオ自治区の南端のサペント山地。ラオは、エディン自治区の境からアドノス島の東端まで細長い形をしている。


 北の海に面したほぼ海抜0地帯の地域から南下すると高低差はあれど、標高が上がっていき、ちょうどエディン自治区とエドル自治区の境にあたる部分が山地の頂点になっている。


 この山地がサペント山地である。


 エディン側の山が一番高く、東に縦断するに連れて、標高が低くなってゆく。


 サーペントがエディンの方に頭を向けて横たわっている様な形をしている所が、その名の由来だ。


 そのサペント山地のほぼ中央辺りを縦断する街道がある。


 この道はラオから神殿跡のあるエドル、そしてさらに南下すると、女神『エディウス』の聖地ロッギオネ自治区まで続いている。


 通称『神使しんしの街道』という。


 この道をラオの守備隊50名程が、エディンの兵に先んじて既に出陣していた。

 彼らは全て馬上であり、馬には布でくるまれた数本の長い得物が確認出来る。


 ラオの住民達の主な産業は観光と漁業だと前回触れた。漁業の方は、大きな獲物をもりで突くという実に古風な手法を得意としている。


 よって自然と彼らの主力武器は、投げ槍のジャベリンや、馬に乗ったまま突貫するランス、そして槍の先が斧の様な形状になっているハルバート。


 要は”槍”を使った戦いに長けていた。


「ふ、副団長! プリドール副団長っ!」


 隊の先陣にいる副団長の元へ、後方から兵士が駆けてきた。酷く慌てた様子である。


「何よ、騒々しいわね。一体どうしたって言うのさ」


 面倒くさそうに応じるプリドール。女でありながら、ラオ守備軍の副団長を務めている。


 ラオの兵士達は大抵青い武具を好むが、彼女だけは、真っ赤な鎧と盾なので実に良く目立つ。


 29歳、この団の中では年齢の高い方にあたり、その風貌と強さから姐御あねごとか姐さんとか、要は頼られる存在である。


「そ、それが……」

「何? 何なのさ? 早く言いな、ハッキリしない男は嫌いさね」


 急かすプリドールに慌てて、兵士は重い口を開く。


「そ、それが、ランチア団長曰く『あちらの方が楽しそうだ、こっちはプリドールが要れば大丈夫だろ』と言って、私の静止に耳を貸さずに笑いながら行ってしまわれました………」


 兵士は顔も隠れる兜を装備しているので、顔色は知れないが、声色から明らかに面の裏側で焦り顔でありそうだ。


「な、なんだって!? あんの馬鹿野郎がッ!!」


 プリドールは兵士に向かって容赦のない罵声を浴びせる。悪いのは彼ではないのだが………。


「ど、どうなさいますか? エディンからの伝令によると、エドルには既にヴァロウズの手練れがいるとか……ランチア団長抜きというのはあまりに無謀かと……」


「アアッ! そりゃあどういう意味だいッ! 団長ランチアは私に任せるって言ったんだよな?」


 加えて容赦なく兵士に怒鳴り散し続けるプリドール。


 ランチアという男。23歳の若さでありながら槍の使い手という意味では、一人抜きんでていたので団長になった。


 然し若さ故の独断専行が目立ち、本人にも団長としての自覚がない。

 そして彼は決まってこう言う………”プリドールに任せておけば大丈夫だ”と。


 プリドールにしてみれば、ランチアは可愛い弟みたいな存在なのだ。


 あの弟にこれを言われたら彼女は、もう勇気をみなぎらせて突貫し、事を成してしまうのである。


「ではこのまま前進だっ! エディンの連中なぞ不要だっ! アーハッハッハ! お前達! あたいに続きなッ!」


 プリドールは馬に鞭入れ、走り出した。後ろの兵達が慌てて後を追う。


(ハァ……団長も団長だが、この人も困ったものだ…)


 怒鳴られた兵士は、再び陣の最後尾に戻りながら姐御の後を必死に追う羽目になった。

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