第13話 決意
ローダはベッドの中で意識を取り戻した。今度は知らない天井ではなかった。
「………あ、起きた」
「良かった」
リイナとルシアは彼をのぞき込んで、安堵の声を漏らす。今回は声をかけてくれる者も皆、知っている顔であった。
「うぅ…」
頭だけがとても痛いローダ。マーダとやり合った時は、
いかに慣れないことをやったのかを思い知る。
「無理しないで、まだ休んでいて。
一応、事の
説明を受けた連中の意識には、ただ大変な事をしていたらしいという憶測だけが残った。
「嗚呼……正直あまり良く覚えてはいないんだが、何だか何十年も寝ていた様な不思議な気分だ」
辛そうな顔でローダは、言われた通り枕に頭を沈めることにする。
「なんでも、この爺の歴史とやらを受け止めたらしいじゃねえか。そりゃ文字通り、何十年、いやもしかしたら、何百年、下手すると何千年かも知れないしな」
ガロウが師匠を横目にからかうのだが、当人は顔色一つ変えることはなかった。
「あっ……、何か少しづつ思い出してきた気がする」
右手で頭を擦りながらローダは、浮かんだ言葉を捉えてみる。
「ほぅ………」
これにはサイガンも興味深く反応する。
「例えば、どんな?」
ルシアは、ローダの枕の脇で頬杖をつく。これといって他意はないのだが、綺麗な顔が実に近い位置で尚且つ、此方を覗いて来るので、ローダはかなり戸惑う。
何とか自分の言いたいことに集中しようと頑張ってみる。
「えっと…確か『アヤメ』って女の人や、『ラジオ』って物を聴いてた時の女性の声とか」
「えっえっ? 何それ、詳しくっ!」
女性の話!? とばかりにルシアがさらに身を乗り出す。
「はいはーいっ、私も聞きたいですっ!」
後ろにいたリイナが、気軽に手を上げた。
「こ、こらよさんかっ」
(何でよりにもよって、そこからなのだ…)
ローダが一番出して欲しくないワードを口にしたので話題を切り替えようと躍起になるサイガン。狼狽える男性が一人増えた。
「………ほ、他に何か、気づいたことはないか?」
椅子を蹴って立ち上がり、ルシアを制する
「えっと、どうやらあの忘れてしまった時の戦いの時の記憶。いや……正確には、
そんな慌てた様子のサイガン老人を見ている内に、ローダの方は何だか落ち着いて話が出来るようになってゆく。神妙な面持ちで何やら含みのあることを言いかける。
「ほぅ……」
前回の意識の記憶という事は、マーダとの戦いの記憶ではなく、その裏で繰り広げられていた意識下の記憶。
それを思い出したというのは、サイガンにとって実に興味深いことである。
「マーダ、あれは間違いなく俺の兄、『ルイス・ファルムーン』だ。意識はすっかり黒の剣士に取り込まれてしまっていた様だが……」
そう言って唇を噛むローダ。彼の言葉に一同が言葉を失った。それは彼にとって一番過酷な事態だ。
探し求めてきた兄は、強大な力に支配されていた。そして彼らの最大の敵となっていた事実を受け止めなければならないのだ。
「………して、どうする?
一同は驚いた顔をしてサイガンの方を見る。それは皆がローダに訊ねたい事ではあるが、決して超えてはならぬ一線だと思ったからだ。
それに対しローダは暫く押し黙ったが、意外な程、明快な答えを出した。
「いえ、それはありません。兄さんは必ず取り戻す。マーダではなく、兄さんを取り戻すために戦います。そして今の仲間は、俺にとって最早、決して切れない人達だ」
ローダの顔は一同が驚くほどに明るさに満ちている。ルシアの顔が日が差したように明るくなったのをリイナは見逃さなかった。
「ほう……大した自信だが何か根拠があるのか?」
「それは……いや、それこそ貴方が望んでいる未来なのではありませんか?」
サイガンの追及がさらに意地悪くなる。少しだけ目が笑っている。
それに対しローダは、冷静な態度で賢者に対して逆質問を返した。これには流石のサイガンも驚くしかない。
「俺はあの時、マーダとの戦いの時、意識の中でルイス兄さんの意識と対峙しました。兄さんはマーダの意識に支配されていたので、彼の意識とも対峙したかも知れませんが、明らかに兄さんと会話出来た事を思い出しました」
彼は兄との意識の共有について終始明るい顔で語る。
「そしてさっきサイガンさん、貴方との意識の共有に成功しました。………ただ、俺はこの力をまだ自由に使いこなせてはいない………」
身体を起こし、自らの中に眠る力を探す様に見つめながらさらに続ける。
「………でも俺はいつかこの力を使いこなして、兄さんとの対話を再び実現し、きっと救い出して見せる、そして…」
(………そして?)
ルシアは決意に満ち溢れ、とても真っ直ぐな目をして話すローダを見ていると、なんだか胸が締め付けれる様な感覚を感じずにはいられなかった。
「そして、これはただの勘なんだが、兄さんとサイガンさんだけじゃなく、色んな人との意識の共有が出来る様になる気がするんだ」
「「………っ!」」
「ほぅ………」
「もしかしたら、マーダとさえ分かり合える日が来るのかも知れない。これがサイガンさん。貴方が望む到達点、違いますか?」
ローダは驚く一同を見渡した後、最後にサイガンへ目を向ける。彼の顔は何かを吹っ切った様に自信に満ち溢れていた。
「………その答え、私が代わりましょう。先生はこう見えてシャイなので。君に見透かされて正直言葉に詰まっている様です」
突然、違う声が一同に聞こえてきた。発信源を探してみると、どうやらサイガンの近くにある黒い箱の様な物がそれにあたるらしい。
「……てめぇ、まさか!」
その声に嫌な覚えのあるガロウは、刀に手をかける。自分達の元砦、フォルテザを支配している憎き敵の声だ。
「待って下さい。私はあなた方の味方であり、サイガン先生の生徒です。ローダ君、君はもう知っている筈ですね」
今にも斬り掛かりそうな顔を崩さずに、ガロウはローダの方を見る。彼はコクリッと頷いた。
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