第12話 足りない”モノ”
サイガンは巨人の様なローダに自分の映像が、次々と吸い込まれていく所を眺めていた。
良い思い出、嫌な思い出、自分で自分を見るというのは、なんとも奇妙な光景だと思う。
一方の
これは順調に進んでいるのかも知れない。
(どうだ、ドゥーウェンよ。そちらから見た様子は?)
小人のサイガンは、さらに
ドゥーウェンのキーボードを叩く指の動きは芳しくない。彼はローダという一人の人間をデータベース化したビジュアルを眺めながら頭を捻っている。
「そ、それがその…先生。大変申し上げにくいのですが」
重い口を開くドゥーウェン……。その声は暗く、顔を曇らせている。
(なんだ、一体どうしたというのだ?)
「ローダ君、でしたか。彼はその、先生の事を全て
(な、なんだと!? それはつまり……)
生徒の言葉に小人のサイガンが狼狽える。
「はい、先生。貴方の扉としてのパーツが足りず、彼のプロテクト解除の実行条件が満たされていない様なのです。クソッ、それが何なのか。それさえ解れば…」
ドゥーウェンは、悔しくて思わず机を強かに叩いた。
解れば………しかしそもそも私が扉の鍵として出来そこないであったとするのなら、そんなものを途中から補完する事が可能なのか?
大体奇妙な話だ。そもそも条件を満たしていない私に、何故彼は反応した? 矛盾しているではないか。
私が人間として未成熟なもの。
今度はサイガン自身が、自分の人生の記憶を辿る羽目になった。これまで約58年の自分の事を振り返ってみる。
自分が人間として未成熟、そんな事は解りきっている。私は人間として、何を成していないのか、いや、成していても残せていない物とは……。
ん? ……モノ? ……物? ……
(ハハッ、ま、まさか。そんな単純な事だというのか。でもこれ以外には思いつかぬわ)
音声に出して笑ってこそいないが、己の愚かしさに心中でサイガンは笑ってしまう。
「先生!? 何かわかったのですか?」
先生の変貌ぶりに驚くドゥーウェン。彼の知る先生は、人が笑う様な事では決して笑わない。
(元エンジニアとして、不確定要素に賭ける。そもそも
「ルシアよ……」
「はい!?」
現世にいる本来のサイガンが、不意に優しい声で孫娘を呼んだ。
その不意打ちに驚きつつ、とりあえず立ち上がるルシア。
「ガロウよ……」
「なんだ? 俺もか?」
続いて愛弟子の名前も呼ぶ。此方も和らいだ声だ。
つい先程まで、緊張感の塊の様な老人だったのに、その不意打ちに二人は驚かずにはいられなかった。
現世の時間にすると、まだ10分と経ってはいない。その間にローダの意識の中でとてつもないやり取りがあった事など全く周囲の人間は知らないのだ。
「ローダよ、ルシアは私の本当の孫娘ではない……だが」
老人は孫娘の手を引っ張り、自分の元へ寄せると彼女の頭を胸に寄せ、そしてその頭を優しく撫でた。
「……本当の孫の様に愛している」
とてもとても小さな呟く様な声であった。これが自分に出来る限界の愛情表現といったところであるらしい。
「は、はふ!?」
「そしてガロウ、こいつは弟子だが、心から気に入っている……」
流石に
「お、おぃ!? どうした?何があった!?」
よってガロウもルシアに負けず劣らず大いに狼狽した。
「好きな奴だと言っているんだっ!」
もうっどうにでもなれと、頑固なただの老人となって、ヤケクソ気味に大きな声を張り上げる。
「そしてドゥーウェ…! いや、
ドゥーウェンと通じていることは、周囲に悟られぬよう頭の中だけでの通信であった筈なのに構うことなく口走る。
「せ、せんせぇぇぇ!?」
此方も釣られてらしくない声を上げてしまうドゥーウェン。驚きすぎて椅子から転げ落ちてしまった。
「どうだっ! これでもまだ足りぬかっ!
現世のサイガンとローダの意識の中にいるサイガンの両方が、今まで誰も聞いたことがない必死の声で、青年に呼びかける。
小人のサイガンから、緑色の光が飛び出し、巨人の様なローダに吸い込まれていくのが見えた。おそらく今のサイガンの想いの色に違いない。
そして、その流れは遂に尽きた。
現世にいたローダの真っ赤な目は、緑色に変化した。髪の色や爪の色、そして握っていた剣の刀身も緑に変わり、心なしか穏やか雰囲気になっていく。
そして全身から緑色の星屑の様な物が飛び散った。
次に彼は全ての光を失い、フラッと倒れそうになりかける。ジェリドがそれを受け止めた。
ローダの中にいた小人のサイガンは役目を終えて、砂の様に消えていった。
「終わった様ですね」
「嗚呼……なんともみっともなかったがな」
何が起ったのかは、全く理解していないジェリド。なれど何かが無事に終息したことは、感じ取った。
サイガンは、気恥ずかしさを隠そうともせず、
(やはりそういう事だったのか。奴は元々ローダの兄であったという。彼には元々”愛”を語る資格がある人間だった……)
真顔でサイガンはそう思慮する。そして続ける。
(対して私は生きた人間を好きだと認めてはいても言ったことがない。勿論、愛の形である子供もいない。私の愛のデータが足りなかったのだ。なんと馬鹿げた事か)
苦笑を禁じ得ないサイガン。まさかこの歳で愛を語る羽目になろうとは……。
「お・じ・い・ちゃんっ!」
「よぅ! 師匠!」
「せ、せんせぇ~、こいつはとんだ傑作だっ!」
孫娘、愛弟子、生徒は、これ以上愉快痛快な事はないという顔でからかい始める。
「えぇぇぇぇえいっ、黙れぇ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ!」
「あのう、サイガンさまって……」
あまり喋らなかったリイナが口を開いた。
「……思ってたより可愛い方、なんですね」
リイナは少し遠慮しながら小声でそう言った。
父は思いがけず頭を抱える。ルシアとガロウは「お腹痛い~っ」、「む、無理だあ~」と笑い転げる。
「せ、先生、58にしてようやく立派な大人になれたのですね。おめでとうございます」
もう老人は抵抗を諦め、椅子にドカッと座り込むと頬杖をついてだんまりを決め込んだ。
(アヤメ、君に言えていたらこんな恥をかかずに良かったのにな……)
サイガンは周りを見渡してみた。暖かい、心地良い、春の様な雰囲気がそこにはあった。
(まあ、これはこれで悪くない。うむ、悪くない……アヤメ、許してくれるか)
机の引き出しにしまい込んでいる、最初で最後の恋の写真。また飾ろうかと考えを巡らせた。
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