第10話 想いの丈を形にする剣

 髭面の侍大将サムライマスターは宿舎の庭にある丸太を組んで人間に模した物の前に立つと、愛刀を後ろまで振り上げた。


 それを丸太人形の首の辺りを目掛けて一気に振り下ろす。


 丸太人形の首…と呼べそうな所が、ポロリと地面に落ちた。髭面の男は愛刀をさやに収めると、つかを撫でながらニヤッと笑う。


「よっし、もうなんともねえ、完全復活だ」


 そう言いながら後ろを振り返るガロウ。若い男女が珈琲を飲みながらその様子をうかがっていた。


 髭面のガロウの顔には「どうだ見てたかお前ら」と書いてあった。


 後ろの男の方であるローダは、驚いてカップを落としそうになったが、女の方であるルシアは、わかったわかったといった感じの身振りで茶化すのである。


 彼女にしてみれば割と、いつもの光景らしい。


 ローダの方は本当に驚いたらしく斬られた断面をじっくりと観察する。木目に沿って割れているのではなく、少し斜めの綺麗な断面であった。


「これはガロウの力を言うまでもないけど、その刀っていう刃物の切れ味も相当だな」


 ガロウの腰に下げたものを見ながら言う、相変わらずのクソ真面目な顔で。


「そうだな」


 ガロウは言いながら再び刀を抜いて、陽光に向かってかざす。刀身の波模様が七色に輝いて見えた。


「こいつはお前達の使う剣に比べたら耐久力は弱いかも知れん。だが、斬る力ならどんな武器でも敵いはしないぜ」


 大変誇らしげに日本刀の解説すら告げる。実際の所、耐久性も同等のサイズであれば西洋の剣にもひけは取らないのだが。


 それを聞いたルシアが、「そうそう、剣と言えば……」と言いながらその場を離れ、すぐに戻ってきた。


「おっ」

「そ、それは……」


 ガロウとローダはルシアが抱えてきた物に注目した。


「そうか、直ったのか」


 ローダはルシアからそれを両手で受け取った。ズシリっという感触がたまらなく懐かしい。


「鍛冶屋さんに見せたら、刃の方は折れて砕けてしまったからどうにもならんが、柄の装飾を見て、これはなんとかしてやりたいものだって言ってね、頑張ってくれたのよ。武器は能力も大事だけど命を預けるのだから、気持ちって大事だろ…てね」


 ルシアの話を聞いて、ローダの顔が喜びでほころんだ。宝物を貰った少年の様な顔である。


「抜いてみろよ」

(意気な事をする……まあ、ルシアが口添えしたのだろうな)


 ガロウは勝手にそう解釈しつつ、ローダへ抜く事を促す。


 ローダはうなずくとゆっくりと引き抜いた。そして両手で握りしめてガロウの様に陽光に晒してみた。


 当たり前だが打ったばかりなので、刃こぼれ一つなく装飾品の様にとても美しい。


 この剣はローダが元々兄から譲って貰った、いわばお古であったのだが、尊敬する兄の使っていた剣というだけで、当時はとてもはしゃいだものだ。


 その誇らしさはそのままに新品と言って差し支えない業物になって帰ってきたのだから、彼の高揚感は相当なものであった。


 けれどしばらく握って眺めてるうちに、ふと違和感を覚えた。


「何か妙に軽い気がする。それに何だろう、この光。ただの鋼とは少し違う気がする」


「3カ月みっちり鍛えたからな。お前、自分が思っているよりも結構強くなっているはずだ。それに磨き立ての剣だ、見た目が違って見えるのは当然だろ?」


 ガロウが珍しくめてくれたのは嬉しかったが、本当にそれだけなのだろうか。


(え……ひょっとして…)


 ルシアは違和感の正体を知っている。まさかローダが握っただけで気が付いた?  これは試してみねばと思う。


「ローダ、せっかくだから貴方も切れ味とやらを試してみれば?」


 彼女はそう言って、隣の丸太人形を指差した。


「おいおい…そいつは、いくらなんでも…」

「そうだ、あれはガロウだから出来たことだ」


「いいからいいから……」


 ガロウと剣の持ち主の言葉を遮って、ルシアはローダの背中をポンっと押した。

 彼はフラっと丸太人形の前に対峙する羽目になる。


「ほうら、そこの髭オヤジみたいにズバッとやっちゃえええ!」


 ルシアが大声であおるものだから、この宿舎にいる他の住民も何事かと足を止める。


 ローダもその気になり、見様見真似で覚えた示現流じげんりゅう一ノ太刀の構えを取った。


「いや、馬鹿、それはやめとけって………」


(その剣を丸太なんぞにしかも割るのではなく、斬ろうなどと思い切りぶつけたりしたら、その反動で手や腕を痛めるぞ……)


 だからローダの身を案じて止めようとしたが、既に彼は剣を全力で振り下ろす所であった。


 ガツンっ! と鈍い音がして剣と丸太は、ぶつかった。

 跳ね返されると思われたその刃は、丸太の三分の一の所まで切り裂いて停止した。


 やはりローダは反動で顔をしかめたが、剣を落とすことなくその柄をしっかりと握りしめる事が出来た。


「なっ!?」

「やったああっ!」


 ガロウは心から驚き、そしてルシアは心から喜んだ。

 剣を握る当人は、丸太から剣を引き抜くと今度は、剣先を丸太の切れ目に向けた。


「えっ?」

「ま、まだやる気かアイツ!?」


「うおおぉぉぉぉぉ!!」


 ルシアとガロウの驚きを尻目に、ローダは剣に自分の精気を送る込むような気持ちで、気合の声を上げる。


「いっっけええぇぇぇぇぇ!!」


 気合と共にローダは少し腰を落とした体勢から、鋭い突きを放った。ロングソードの剣先が丸太に入った傷を的確に捉える。


 バキッ! と丸太は折れ、首…と言える部分は吹き飛んだ。


 「フゥ……」


 溜息をついた後、相手である丸太のさまを確認し、自分の行いを理解した。


「でっ、出来たあぁ!」

「ローダぁ!」


 歓喜の叫び声を上げて、飛び上がったローダ。見ている者達からも歓声が上がる。 さらに満面の笑みで駆け寄ってくるルシアに笑顔で応えた。


「す、凄い、凄いよ。この剣の力に気づいたのね」


 そう言いながらローダの手を両手でギュッと握るルシアの顔は心底嬉しそうだ。


「ああっ、気づいたって言うか、まだいけるって感じたんだ。だから剣に想いを載せてみた」


 珍しく恥ずかしがらずにローダは、その手を握り返していた。


「そう、それでいいの。この剣には戦の神に仕える司祭様の祈りが込められてあってね、使い手の意識に反応して切れ味を増すのよ」


「え、それって…」


「そうっ、弱気な人にはこの力は使いこなせないの。はやる気持ちだけでも、力だけでもダメ。剣に宿った神に認められた者だけが使えるのよ」


 ルシアはローダの成長が、心底嬉しく、剣とローダを交互に見ながら、この秘密を明かした。


「大丈夫。貴方、強くなっているのよ。自信持ってね」


 そしてルシアは背伸びして、彼の頬に軽く口づけをした。


 これには流石にローダは一瞬で頬を染め抜く。そして自分がルシアの手を離してない事にようやく気が付いた。


 パッと手を離して引っ込めると、いつもの恥ずかしがり屋に戻る。

 周囲から冷やかしの声が上がった。


「全く、やれやれだぜ……。もう強くなりやがった。だが、俺は一太刀で斬り落としたんだからな。大体、俺だってまだ本気じゃねえし」


(だが、もし此奴が真の力を使いこなしたら、丸太どころか鋼さえ紙切れ同然なのかもしれん。最後まで俺達の味方である事を願うしかないな)


 自分の心配が無用になる事を願わずにはいられないガロウである。


 ◇


 この場所を宿舎だとか、他の住民がいる事について触れた。

 そう、ローダ、ルシア、ガロウは、このエドナ村にある民衆軍を受け入れるための宿舎で寝食を共にしている。


 エドナ村に限った事ではなく、自治区の各地域にこの様な民衆軍の受入れ施設が存在した。


 民衆は軍を大いに称え、軍も全力を持って護ることがこの島国のことわりであり、各自治区には、砦が存在する事も既に触れたとおりである。


 しかしマーダ率いる『ネッロ・シグノ』の前に大敗し、全ての砦は奪われてしまい、以来、ヴァロウズの居城と化していた。


 だが、このエドナ村を含むエディン自治区は、自治区長の英断によって、砦こそ奪われたものの民衆軍の力は、まだ残っている方である。


 だからジェリドやリイナの様に、他の地域で生き残った者達も、此処へ集結しようと動き始めていた。


 王国から見れば彼らは抵抗者レジスタンスであるが、本来の彼らは守護者ガルディヤンであり、その志は決して失われてはいない。


 そしてこのエドナ村に駐留ちゅうりゅうしている連中も極秘裏に動き始めていた。

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