お引っ越し
黒糖はるる
お引っ越し
ある、平日の夕方。
リビングでは息子が友人とカードゲームで遊んでいる。夕飯の支度で忙しいがほったらかしにする訳にもいかず、お菓子を運んであげたり喧嘩になってないか様子を見に行ったり。もう十歳になるのだから過保護すぎるか、と思うのだが何かあったら相手の親に申し訳ないし後が面倒だ。子供は風の子、外で遊んできて欲しいが遊び場がなく不審者情報が飛び交うこのご時世では仕方ないか。
様子を見に行く度聞こえてくるのはカードの名前やよく分からない横文字の応酬。理解は出来ないが仲良くやっているならそれに越したことはない。
「そういえばさー…」
カードゲームの勝敗がついたようで、小休止で世間話が始まった。息子の友人が話しているのは学校のことのようだ。誰が誰々を好きだの先生が怖過ぎるだの…カードゲームよりかは興味があるが、まあどうでもいい話だ。
結局適当に聞き流していた………のだが。
「……のリカリカちゃんがさ…」
友人の口から零れたその名前に、体が反応した。
なんと懐かしい響きか。一気に気持ちが小学生時代に戻っていった。
リカリカちゃん。
私が通っていた小学校(現在息子が通っているところと同じ)で流行っていた怪談に登場する女の子のことだ。
校舎の三階、その廊下の突き当たりによく現れていたので『三階廊下のリカリカちゃん』と呼ばれていた。その姿は真っ白なワンピースを着た、黒髪ストレートで青白い肌をした女の子らしい。何故廊下に現れるのか、どうしてリカリカという名前になったのか、どうやったら会えるのかはそれぞれ諸説があり、とても多かった。知っている限りでも両手両足の指では足りないくらいだ。
兎に角、噂がたくさん流れるほど当時大流行した怪談だったのだ。それが今も語り継がれているとは驚きだ。
気になって仕方ない。
私は恥を忍んで息子達の会話に参加することにした。
「おばさんもリカリカちゃんの話、してもいい?」
「えー、母さんが入るのかよ…」
「いいじゃんいいじゃん。僕は聞きたいな」
というかんじで強引に入り、リカリカちゃん情報交換会が始まった。
で、話が早速食い違った。
「え!?リカリカちゃんって家庭科室に出るの?」
「そーだよ。母さん遅れてるなー」
「悪かったわね。どーせ三十年くらい前の話ですよ」
どうやら今のリカリカちゃんは家庭科室にお引っ越しをしたらしい。時がたつと怪談も形を変えるようだ。
「でもリカリカちゃんってよく場所が変わるらしいですよ」
「そうなの?」
「ついこの前までは理科室によく出ていたんです」
これまた面白い情報が飛び出してきた。そんなに早いスパンで引っ越しているとはお金持ちか転勤族なのか。…というか『理科室のリカリカちゃん』ってもはや冗談のような名前な気がする。
それから日が暮れるまで息子達とリカリカちゃんについて語り合った。おかげで夕飯はとっても簡単な物になりましたとさ。
※
リカリカちゃんで盛り上がったあの日以降、私は息子とよく話をするようになった。無論、リカリカちゃんについてを。
今はどこにいるのか、とても気になった。次はどこに引っ越すのだろうか。図書室、いや放送室だろうか。それとも王道でトイレだろうか。…それだと花子さんと被っちゃうか。
「ただいまー」
息子が帰ってきた。
さて今日もいっぱい話そうか、鼻歌交じりで玄関に向かうともう一人いる。あの友人なら話が弾むかと思いきや女の子のようだ。その歳で彼女が出来たのかと一瞬どきっとして、その娘の姿を見てもう一度どきっとした。
…悪い意味で。
真っ白なワンピースで黒くて長い髪。そして病的なまでに青白い肌。初めて見たけど直感で分かった。リカリカちゃんだ。
「どーしたの母さん?顔色悪いよ?」
「いや、え?あんた……後ろ」
「後ろ…?何もないじゃん」
「でも…」
「最近怖い話にはまり過ぎだと思うけど…冗談はやめてよ」
背後にぴったりとついているのに息子は気付いていないようだ。
ああ、リカリカちゃんがこっちをじっと見つめてる。大きくて真っ黒な瞳、吸い込まれそうなくらいな黒さだ。
「今日のおやつ何ー?」
「え、おやつ?それは……って入るの!?」
「ホントに何言ってるの、母さん?」
息子が靴を脱いで家に上がるとリカリカちゃんもすーっと家の中に入ってくる。息子の背中から離れて、興味津々な様子できょろきょろと家の中を見回している。
リビング、キッチン、浴室。
色々見て回るとにっこり笑い、寝室の隅にちょこんと座った。どうやらここが気に入ったらしい。
つまり、あれか。
引っ越し先を探しに学校から出てきたということか。
迷惑極まりない。
※
あれから三年。息子が中学校に通うようになってもリカリカちゃんは寝室にいる。
早く引っ越して欲しい。
誰か彼女を引き取って。
お引っ越し 黒糖はるる @5910haruru
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