第8話
戦武。
それに到るにはたゆまぬ修練と一握りの才能、天恵とも呼べる環境がなければならない。
戦技、女神の恩恵の片翼にして修練の結晶とも呼べる戦う力。
例えば、単純に力を増すものもあれば、素振りを繰り返すことで剣の強度を増すものを修得することもある。
その戦技を複数、同時に行うことを戦術という。
戦術の効果は戦技のそれを大きく上回り、戦技で戦術を越えることはできない。
そして、戦武。
戦術を突き詰めた時、希に起こる現象とでも言える。
各流派には戦術までの指南方法はあるものの、戦武に達する方法は残されていなかった。
「ディスコ公爵家客分、ゼフ殿とお見受けする。」
「いかにも。」
俺の返事に冒険者は剣を抜き、地面に刺した。
「邪魔立てはなし。ここから先進みたくば押し通れ。」
この世界において決闘とは貴族の権利だ。
ただそれがその通り成立するかと言われるとそうでもない。
たいていは自分の配下の騎士を当てて事を終える。
当事者になる事の多くなった騎士にもその権利の範囲が拡大され、自身の主や姫等の名誉回復の手段として使われることがある。
故に俺やこいつには決闘をする権利はない。
「一応訊ねるが…誰の差し金だ?」
「誰でも良かろう。それとも、それは理由になるのか?」
公爵の、この鷹狩りのホストの看板を背負っているのに逃げるのか?
「それも、そうだな。」
俺も残ったサーベルを抜くと地面から剣を抜く。
俺の眼でも隠れている奴らは見えないが、日々野を駆けずり回る奴等と不整地で走り回るのは部が悪い。
更に相手は縛りを作った。
正面からなら、俺以外じゃまはしない、と。
面倒ではある。
しかし、不整地に罠があったら?俺の感知外からの攻撃手段を用意していたら?
俺が奴の立場なら出来る限りの準備をして、相手を待つだろう。
俺ならむしろそちらの方に誘導する。
「ふぅ…。」
相手は俺より年下だが、早死にの多い冒険者の中ではベテランクラスか。
ベテランでもキャリアで実力の毛色に差はあれど、直接的な戦闘力が低いならその分補う手段を用意していると考えるべき。
右手に青
術式、一重強化
術式を重ね掛けすればする程、掛けたものに負担がかかる。
昨夜の連中には冒険者だからと無駄に警戒したが、こいつにはそれが致命的な隙になりそうだ。
カッッッツ!!
バスターソードを軽々振り抜いた一撃とサーベルの切り上げ。
剣がぶつかり合う前に不可視の力が衝突する。
それは奴の剣に込められた戦技と俺の一重強化が拮抗した事を意味した。
ずざざざっ……
互いの剣撃で退いたのは相手。
その後退に表情は変わらない。
初手でこちらの力量を把握したか、今度は連撃を繰り出してくる。
左右の揺さぶりはない。
互いの前後が趨勢を左右するような戦いは徐々に日が昇るにつれて観客を集め始めた。
「ゼーゼーゼー。」
「ふぅーふぅー…。」
押しては退かされ、退かされては押し返してを繰り返し、日は昇っていた。
刻限まで30分もないだろう。
だが、この場所からなら馬で駆け抜ければあるいは届くかもしれない。
相手もそれがわかっているのか、次に勝負をかけて来るのを待っていた。
「…純粋に称賛する。」
「急にどうした。」
「時間の有利さえなければ負けていた。」
気合いが満ちる。
「離れろ!!」
それはギャラリーに向けられた言葉であり、殺意無き瞳の中に燃え盛る魔力の片鱗を見る。
戦技は磨かれ術理に到り
「…。」
サーベルの耐久はほぼない。
術理は昇華し武に達する
「死んでくれるな!!行くぞ!!!」
左手に青
術式、三重強化
奴、渾身の一撃を受けるため、サーベルを捨てて左手で引き抜いた鞘に右手を合わせて受ける。
ピシッ…
不可視の衝突により鞘がひび割れる。
三重の強化を重ねても所詮は鞘、業物に違いない剣とそれに見合う力は戦武に到らなくとも、限り無く戦武に近い戦術であり鞘と剣が触れた瞬間、俺が致命的なダメージを受けるだろう。
「… 。」
卑怯というな?
俺は冒険者でもなければ剣士でもない。
「は?」
刹那の静寂。
鞘が根本から砕け散る。
しかし、相手の剣はその静寂に捕らえられて緩慢となり制止しているに等しい。
そこからの反応は互角、相手は剣筋に更なる力を乗せて剣撃を再開し、こちら残るもう1本の鞘に手を掛けてそのまま前に引き抜いた。
それは反応差だったが、こちらは意図したものに対し、あちらは不意を突かれた。
それが如実に結果として現れた。
周囲の音すら呑み込んだ静寂は反響に変わって小爆音と衝撃を周囲にぶちまける。
観客だった行商人やらには小石が飛び、耳を抑える程度だったが、爆心地の中心付近にいた我々はそのような被害では済まない。
街道を転がってボロボロになった俺と後方に吹き飛ばされる形となった男。
その影響は俺の装備にも、強いて言えば担いでいたリュックにも影響があった。
「立つか…タフだな。」
「ぐぅっ…。」
最後に放った鞘が衝撃の影響で奴の胸当てに一文字を刻印している。
サーベルはもう使い物にならない。
後は素手の戦闘になるが、あいにくそちらの方では手加減は難しい。
「参った。」「敗けだ。」
同時に敗北を認めた。
こちらは戦闘の手段を失い、向こうは目的を達したからだ。
馬が失神たか。
衝撃による聴力障害からギャラリー達が回復すると俺達をかわすように往来を開始する。
その中には見物料と言わんばかりに金を置いていくものまでいた。
「アノールド。」
「……おう。」
重剣士はアノールドという名前らしい。
仲間の1人がギャラリーに紛れて監視していた。
良い作戦だ、その方法なら俺も凝視しないと判別は突かないだろう。
回復薬をアノールドに投げ渡すと、その仲間が俺のリュックを拾った。
先程の衝撃の直前にアノールドの剣がかすっていたこともあって、そいつの足元に放り出されている。
「!」
それを軽く拾い上げると有るものがないことに気付いた。
「この勝負はそちらの勝ちだ。」
俺は立ち上がり剥き出しのサーベルにボロボロになった上着を刃に巻き付け、待ち向かって歩き出した。
その時刻はちょうど刻限と重なった。
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