第4話
仮にこの音がシャーマンと関係があるなら…
右手に赤、左手に赤。
合色『赭』
「来い、ジィーヴァ。」
呼び出したのは意思ある炎、破壊の権化たる存在。
「燃やせ。」
『!!!!!。』
声としては認識でない叫びが大気を揺るがす。
揺れた空気が摩擦を起こしたかのように辺りの温度を瞬間的に上昇させる。
ちりっ…。
服と皮膚が擦れたのだろうか、1人の農奴に火が付くと連鎖して周りの農奴も火だるまに成る。
ジィーヴァはその様子を楽しんでいるのか、歪んだ笑みを浮かべているようだった。
「おい。また、調伏されたいのか?」
『………』
のたうち回っていた農奴が一息に灰に代わった。
それは仮面の男達の死体もシャーマンの死体も同様であり、生け贄となった娘達も苦しむことなく灰になる。
当然、ぼろ小屋も灰となり、わずかに煙を残すだけだった。
「還れ。」
暴れ足りなさそうだったが、ジィーヴァを帰還させると音の主がようやく姿を見せた。
直径2メートル程のブラックパイソンか…、長さは50メートルは優に越えるか。
「…なるほど。それがお前の何を食い千切った蛇か。さっきも魔法を使わなかったわけではなく使えなかった、と。」
俺にはシャーマンの魂がブラックパイソンの頭の上に浮いているのが左目で見えていた。
脱皮の記録からもう2回りは小さいと思ったんだが…面倒くさいな。
これからの事とこの後の事を考え気が滅入る。
右手に赤。
染色『赤』
先程よりも濃く染まったサーベルは血糊が滴るように見える。
それを乗せた一振は地面を砕きながらブラックパイソンを捉えた。
「…なるほど。自分の血肉を分け与えた形で尚且つ隙のない程魔法防御に心血を注いだか。」
破顔したシャーマンがこちらを見下ろしている。
それに気を取られたわけではないが、蛇が放った唾に魔法の残滓を感じた。
「…野郎。」
シャーマンが得意とする状態異常を引き起こす魔法は理法に属している。
代表的な形はスリープクラウド、ポイズンミスト等々、それを扱うためには自分の回路を複雑にコントロールする技術が必要だ。
それをあのシャーマンは依代の体を利用して唾液に溶解の術式を付与して吐き出させた。
これは人間にもできることだが、一流の理法師でなければ難しい。
そして、一流の理法師はあまりに地味すぎるため日陰者になりやすい。
「一流の腕前なのは認めよう。残念だが俺にそれを真似することはできない。」
真似できないなら、それに足るもの用意するだけだ。
右手に黄、左手に黄。
合色『金』
「我は求める。日の当たらぬ伝説、希代の霊操師『ヒ・レツ』。」
俺の体から魔力がごっそり抜け落ちた。
顔面が蒼白になり、唇も紫にになっているのがわかる。
それだけの対価をもってしても、魂しか呼び出せない。
「さて、主殿。此度は何用だ。」
先程焼いた灰が口となり、顔を作り出す。
それと同時に手足や胴が出来て、人の形を成した。
「目的は大蛇、それに憑いている悪霊はおまけだ。」
「承知。されど、それだけにしてはいささか過剰ではないか?」
ヒ・レツはシャーマンを相手に呼び出されたのが気にくわないらしい。
元々、誇り高い性格なのもある。
理由もなく雑魚相手に呼び出せば勝手に帰還する力も持っていた。
ヒ・レツの頭がブラックパイソンの唾で弾け飛ぶ。
残った首の部分から溶解音が聞こえてくる。
「納得した。ただ勝つ、ただ殺す、ただ滅する、そういう訳ではない…そう言うことか。」
溶け始めていた首を左手がむしり取る。
その間にも顔は置き換わり、溶けた首や左手も元に戻る。
「彷徨う魂よ、ここに集え。」
シャーマンは驚きの表情を見せた。
ここにある魂はどれも自分が血を与え、配下としてきた生き物ばかり。
そこに優劣の差はあれど、どれもこれも自分の支配下、所有物の認識だった。
それを2小節、特別な力も使わずに全て持っていかれた。
その事実がシャーマンの危機感を引き上げる。
「蛇を使うのは良い選択だ。魂の器としては悪くはない。その入れ物にどれ程詰め込んだ?百、二百か?こちらの手持ちは二十七、ほれどうした?シャーマンの本質は魂の扱いであろう?」
ヒ・レツの言葉が正確に伝わっているのか、肩を震わせて怒りを顕にしている。
俺には届かない侮蔑の言葉を霊操師は聞き流しいる。
こちらに顔を見せていないのを見るにさぞ呷っているのだろう。
それが火に注ぐ油になったのかはわからないが、ブラックパイソンの唾液が失くなる勢いで唾が飛来する。
ヒ・レツの後ろにルナと一緒にいるが汚いと思うよりも一つ一つが濃硫酸の飛沫と置き換えると恐ろしい。
「はっ、芸がない。」
それで完全にぶちギレた。
パイソンが口を閉じて貯め込んでいた力で唾液を口から溢れるまで回復させるとツチノコのように腹部を脹らませる。
雨を降らせる気か。
まだ、呼び出しにかかった魔力が戻っていなった。
欠乏状態で過負荷をかけると更に回復が遅くなるため避けたかったが背に腹はかえられない。
「主も精進が足りんのう。」
貯め込んだ唾液を腹圧で吹き飛ばすことを起点にして術式を付与することで硫酸の雨が降り注ぐ。
その筋書きと手法は一流の理法師と遜色はなかった。
しかし、違うところはその魔力源だった。
ブラックパイソンに貯め込んだ魂は消滅させることで生じるエネルギーは人の理法師では手に入れる事の難しい魔力量を生じさせる。
当然、術式はそれに見合ったものになる。
むしろ、術式が要求する魔力量に対して多くても少なくても支障をきたすのが理法と言うものだった。
故に使用する魔力の元、魔力源が失くなってしまった場合、蛇が大量の唾液を吐き出すだけとなる。
「2度も同じ手に掛かるとは、お前二流以下…三流もいいところだったか。」
一流と超一流にはそれほどの差があるというのか、パイソンは唾液を大量に吐き出した時にフォルムがへこむまで空気も排出した。
それを補充するべく、周囲の草、枝を吸い込んだ。
その中には自分の吐き出した唾液も含まれる。
それが接着剤の役割を果たし、体内で大きな異物が暴れる状態を作り出した。
それは渾身の一撃を空かしたシャーマンが制御できる範囲を越えている。
依代に宿っている以上、それが動かなければ自身は魂の存在であっても動くことは出来ない。
更に理法の不発はシャーマンの魂の守りも揺るがしていた。
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