1章 第1話

誰か、誰でもいい…

レヴィを、レヴィリアを助けてくれっ!!


都にあるダンジョンの深く、身も心も傷を負った彼女を抱きながらその思いと共に存在しない筈の召喚の王を呼び出した。

当然ながら贄はない。

用意できる対価は自身の内にしかなく、大切な人の為に自分の大切なものを差し出した。

それは今まで研鑽してきた力の、努力の結晶でありこの人生の全てだった。

それを差し出しても既に死に絶えた彼女を生き返させることはできず、その対価で呼び出してしまったものと対面した時、自分の終わりを知った。


色魔。

色を司る悪魔と名乗る存在。

こいつを呼び出すだけで魔法も戦武も失った俺に抗う術はなかった。

少し先の未来に死しか見なくなった俺は失望し、奴からの問い掛けに気付けなかった。

その態度に腹を立てた色魔は俺の左目から色を奪い、それを対価として俺の中に入り込んだ。


これが今から20年近く昔の話である。


………最悪な朝だ。


ベッドの隣にはセイラがシーツから顔を出している。

監視役が観察対象と寝るなどいかがなものかと思うが、俺も抱いた女の隣でトラウマを見る手前トントンということにしておこう。


俺の身体は色魔と共有している。

だが、奴は悪魔と名乗るだけあって怠惰で傲慢だ。

普段は表に出てくることなく、俺の視界からテレビを見るように世界を楽しんでいる。

奴が表に出るのは気分次第と言えるが、奴の本質である黒と白の色を使うと奴との距離が縮まり表に出てきやすい。

老魔法師に沈められた時は脱出だけしようとしたのだが、奴は表に出て来るや遊びがてらに老魔法師の存在を消してしまった。

その結果、メイリは荒らされた部屋から何が持ち出したかを確認できるまで部屋から出ることは叶わず、消えた老師の捜索のため小飼の騎士や暗部はほぼ総出で各地に散らばっていた。


「閣下、これだけてを回して見付からないとなると既に…。」

「…うむ。トールに関する噂が流れることも覚悟せねばならんか。」

「何なりとお申し付けを。」

「いや、当初の予定通り噂には更に大きな噂を流すこととする。その為の仕込みはせねばならん。ゼフ殿とは良好な関係は築けているか。」

「はっ。」

「功績次第では爵位も与えられるが望まぬかもしれんな。」

「それに関してはまだ何も。」

「影に伝えよ。ゼフ殿の学園時代での交友関係を改めて徹底的に洗うのだ。」

「はっ。」


私服姿のセイラは平伏したまま影に沈んだ。


「何か良い形で恩を売っておきたいところか。」


公爵は行き送れた娘のことを頭の片隅におきながらも、また別の山積する問題に手を付けるのだった。


「セイッ!」


雷撃の槍の一撃は木の棒によって打ち崩され矛先が変形する。

それを気にもとめず突きを繰り返すトールからは汗が滴り落ちていた。

魔法が変形するということは術式、回路に負荷を生じさせることになる。

本来であれば、槍の形に凝縮した雷撃を解放することで魔法としての価値が生まれるのだが、トールはそれを是とはしなかった。

それはトアを殺し掛けた雷がトラウマになっており、扱いきれぬ力は力ではないとある種の悟りが見えたせいでもあった。

その為、彼は槍がボロボロになるまで打ち合うとその日の訓練の残りを瞑想に費やしている。

精神を癒すことで変形した術式を整え、負荷によって痛んだ回路を筋肉の回復のようにより強靭にしていた。

トアは絵が早く描けるようになっていた。

その出来は素人目からしても日に日に上達しており、日に絵によって同じ場所にも関わらず印象を変えている。


まだ、彼女は自分の風を見つけてはいない。


「お呼びとお聞きしました。」

「忙しいところに呼び立てて済まない。」

「いえ。それでご用とはなんでしょうか?」

「鷹狩りを手伝ってほしい。」

「鷹狩りというとあの鷹狩りですか?」

「そうだ。当家が管轄する領地はそれなりの大きさだ。そうすると鷹狩りの機会も多くなる。本来ならトライフに行かせるところだが、今回は妻子に付いてやらせておきたい。かといってトールにはまだ荷が重い。そこで、トールの師であり客分のゼフ殿に協力を頼みたい。」


鷹狩り。

それはかつて王族が狩りで最も大きい獲物を仕留めた者に領地を与え貴族とした戯れから事を発している。

戦争がない時期はどうして国土の増加は難しい、かといって貴族にも新しい席を用意しなければ水が流れを止めると腐るように、血も淀み凝固し毒となる。

それを防ぐため、賞罰で取り潰しや領地を削減された事で生じた町や村が出た場合や開拓村の許可が下りた土地があった場合、その周辺の中で最も格が高い貴族が音頭を取り、対象の貴族の子弟に魔物狩りを行わせ、そこで1番の獲物を取ったものにそれを与えるよう王に進言する催しを鷹狩りと呼んだ。

ちなみに由来は最初の戯れで当時の王が褒美を与えたものが取ったのが大きな鷹だったからだと聞いている。


「参加だけしてくれるでも助かるのだ。」

「はっ。微力ながら力を尽くさせていただきます。」

「ゼフ殿に出てもらえれば安心というものだ。よろしく頼む。」


その夜、セイラに事の次第を尋ねた。


「それは、ルーメン子爵の領地の事ですね。先日、王家への貢物を積んだ馬車の一団がルーメン子爵が管理を任されている大橋で川に落ちまして、その処罰で子爵は降格にはならなかったものの領地の4分の1を削減と大橋の修繕費用の負担が命じられました。」

「4分の1、それに橋の修繕費もか。」

「かなりの負担ですが、降格されなかったのが奇跡です。」

「理由は?」

「わかりません。」

「…そうか。それで、俺が鷹狩りに出ることで落としどころは決まっているのか?」

「…大まかには。」


セイラから不満の表情が出ていたが気にせず話を聞きながら夜を共に過ごした。

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