第10話

「黒が闇ならば白は光。」


月の明かりも松明の灯もランプの光もかざした右手から延びる闇に遮られる。

世界は今、闇に包まれた。

魔法師達は自分達が今地面を踏み締めている感覚すらない。

先程まで立っていたという認識が失われれば闇に落ちていくだろう。

この闇を祓うにはそれを破るだけの光がいる。

そして、その光はここにあった。


「何が…何が起こったのだ……。」


闇は消えた。

代わりに誰も残って居なかった。

地面から伸びた手足や焦げた残骸があればいい方で10人分の身体には到底足りない。

ランプは割れ、松明の灯りも消えている。

残るのは月の明かりだけだが、その方向にはこちらを指差す男がいた。


「大層な仕込み御苦労だった。」


老魔法師はこの時のためにこの周辺に長い時間をかけて仕込みをしていた。

それは、泥人形の準備であり周辺には200近くの人形の核が埋められている。

発動する方法は彼自身の魔力であり、それは最初の魔法に含まれていた。

故にあれは攻撃のための攻撃に非ず、次手、更に次手への布石だった。


「その労いをここに示す。」


指先から黒い球と白い球が幾つか現れ、合わさり1つの球体になったように見えた。


「対義する存在は混ざり合うことはない。陰陽の理をその身で味わうといい。」


指先から球体が消えると老魔法師は混迷の世界に堕ちた。

過去と未来を往来を強制され魂は磨耗する。

悠久に等しい時間を体感させられ、自我を失い、魂は一握りの安らぎを求め転生すら拒み身体への帰還に急ぐ。


それも虚しいかな。


陰陽を体現した身体によって混迷の世界に魂が誘われた直後、肉体は役目を終えて消失していた。

しかし、魂と肉体は強い繋がりを持っている。

肉体が消失した事実は只でさえ強い繋がりを持つ上、自身の願望によって魂は引寄せられ、抵抗することも叶わないまま応用に消滅したのだった。


「……やれやれ、戯れが過ぎる。」


身体が倦怠感をもっていた。

仕舞っていた眼帯で白目と黒目が逆転した左目を覆う。


「そう言うな。とんだ道化であった。久しく嗤ったぞ。」


口が自然と動いた。


「色魔。出てきているなら手を貸してもらうぞ。」

「おっと、薮蛇であったか。」


眼帯の下で目が元通りなった感覚があった。


「まったく…気分屋にもほどがある。」


右手に黄、左手に黄。

重色、金。


「出でよ。召喚の王、ソロモン。」

「………。」

「贄より生まれし魔をここに成せ。」

「………。」


現れた存在はフードを深く被り、どこにも金の色合いはない。

これは俺が知るソロモンという偶像に金という色を与えた存在。

本人ではないがソロモンという召喚士の格を持ち、用意した対価や贄に応じて例外を除いて呼び出す機能。

今回はここにある30の肉片と魂が贄となる。

ソロモンが呼び出したのは1体の黒き翼を持つ悪なる存在。

対価の分だけ働き、目的を達すれば消える都合の良い存在だ。


「ヤヴェリテ辺境伯に不幸を。」


この手の注文はお手の物。

30人分の不幸が降り注ぐことだろう。

呼び出したものが消えるとソロモンもまた消えた。

呼び出す事は簡単だが、呼び出したからには何かしらを召喚しなければならない面倒な奴でもある。


「痕跡は……明日にするか。」


斧や身体に付いた泥や血糊を落とさねばならない。

色魔に使われた魔力も回復させる必要もある。


「…あの悪魔、血糊まで舐めていきやがった。」


泥だらけの身体をどう言い訳するか考えながら屋敷の自分の部屋へ戻った。


「ゼフ様。」

「今度はなんですか。」


セイラから朝から4度目の詰問だった。


「ですから、昨日の夜はどちらに。」

「散歩ですよ。」

「泥だらけになるまで?」

「ですから、躓いて服を汚したことは謝ったでしょう。」

「では、公爵様の敷地内で見付かった戦いのような痕については何か御存じないですか。」

「ありません。」

「はぁ…そうですか。誰か私の心労を労ってくださる紳士はいらっしゃらないでしょうか。」


はぁ…


「……客間をお借りしているのです、祝いの品くらい用意しなければ無礼というもの。どなたか詳しい方をご紹介いただけますか。」

「はい。喜んで。」

「トア、トール様の都合を聞いてこい。暫くは訓練を自粛して、座学に専念だ。」

「畏まりました。」


この日は鬱憤の堪ったセイラのガス…もとい、慰労を兼ねて街に出掛けた。

正直、貴族の出産祝い等見当も付かなければ、下手を打ちたくない部分もあってセイラに丸投げし支払いだけ済ませた。

何を頼んだかもわからないし、正直興味はない。

その後は、今更ながら公爵が治める街を案内がてら巡り、帰りの馬車はセイラとトアの荷物がそれなりに積まれていた。


「先生、うちのメイドがすみません。」

「…日頃の礼と考えれば安いものだ。」


幾つか言葉を飲み込み、2人が戻ってくるのを待っていた。


「メイリ姉様にお声掛けしなくてもよかったのでしょうか。」

「…怖いことを言うものではないですよ。」


こういう時の主役は1人でいい。

主役が2人いるなら、回数を増やせばいいだけだ。

決してまとめてしまおうと考えてはいけない。


「お待たせを。」

「。」


トアが顔を赤くして帰ってきた。

いったい何を見せられたのだろうか。

それにしても、いくら使ってなかったとはいえ1ヶ月分の給与が半日で飛ぶとは恐ろしい街である。


2週間程の休養期間を空けて訓練を再開した。

この期間は座学を行い学園入学に向けた準備を重ねている。

ちょっとしたアクシデントで仕事量が増えたものの、元々はこれが正規の仕事量だと思うと馴れるしかないのかもしれない。


願わくばこの平穏が続かんことを。


俺はそう願いながら椅子にもたれ掛かって目蓋を下ろした。

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