第9話

「雷槍よ。」


右手から伸びる雷撃が槍を形取る。

その槍は目視出きる程、雷撃を濃密に放出しそれを維持している。


「いいだろう。」


俺は50センチ程の棒を手に取った。


右手に青。

術式、一重強化。


これでこの棒はあの魔法と同じ位まで昇った。

後はこれで叩いたとき、槍が勝てば棒は押し返され、棒が勝てば槍はかける。

形にあるものはいつか壊れるというのは魔法にも言えることだった。


一閃。


棒の先端が宙を舞った。

雷の槍にかけた痕跡はない。

それだけ、トールの雷の印象と槍のイメージが強く結び付き、それを明確に意識し続けられているのだろう。


「……ふむ。」


トアの視線は落ちた先端に、トールの視線はぷるぷると震える自分の腕に落ちていた。


「折角だから放ってみたらどうだ?」

「放つ?ですか?」


腕に起きたフィードバックと追加しようとしたイメージが今の集中力を乱して雷の槍が消えた。


「トールは槍投げを10本行ってから、雷槍の維持を練習しろ。最初はこの距離でいい。代わりに必中だ。」


撃ち込み人形から10メートル程の距離に線を引き、訓練用の槍を10本用意させる。


「始めろ。」

「はい!」


トールの投げた槍は10本中6本当たった。


「狙いが定まっていない。槍を突く時何処を狙うんだ?」

「はい!」

「雷槍の維持を始めろ。」

「雷槍よ。」


トールが魔法を維持している間、槍を拾い集めて投げれる用意をする。


「トアの番だが、イメージは出来たか?」

「…いいえ。」

「そうか。なら、絵を描いてみろ。」

「絵?ですか?」


キャンパスに紙を巻いた炭を持たせる。


「俺の目の届く範囲であれば何を書いてもいい。この訓練の時間に描き上げろ。」


こうして投げ槍とスケッチをする子供の図が出来上がった。

そんな訓練の日々を続けていたある日、公爵家に事件が起こった。

トールの母親の出産、第2子の誕生である。

2人目とはいえ、約10年ぶりの出産は難産となった。

幸いなことにメイリが家にいたことと、産気付いた事を早馬によりトールの父へ知らせたことで、執務を切り上げて屋敷に戻っていた。

出産は日付が変わる前程に無事に終わった。

母子共に健康であり、自然分娩での出産となる。

メイリも肩の荷が下りたと自室に戻ったところ、鍵が開いており部屋の中が散乱していた。


「おや、老師。こんな夜更けにどちらへお出掛けですか?」

「これはゼフ殿。奇妙なところで会いましたな。」

「ええ、待っておりましたよ。…来なければそちらの方が良かったですが。」


老魔法師が持ち出したのはトールのカルテだった。

それと自分が記録したトールの成長記録も合わせて持ち出したのだろう。


「残念です。トアも慕っておりました。」

「平民にいくら慕われようとも私の名は高まらないのですよ。貴殿のような異端にはわからないでしょうが。」

「態々調べたのですか?」

「それは当然。魔法師足るもの相手の下調べは万策を尽くすに必要ですので。」

「なるほど。それで、魔法も戦武も捨てた男にどのような準備をしてきたのですか?」

「ええ。ここで足止めをされて恐ろしいメイドに追い付かれては堪りません。速やかに済ませましょう。」


老魔法師の合図でローブ姿の集団が俺を取り囲んだ。


「なるほど。小飼の魔法師団ですか。」

「貴殿は異端であるが聡明だ。抵抗しなければ捕虜としての扱いを約束しましょう。」

「…舐められたものだ。」

「残念だ。死ななければそれでいい、やってしまえ!!。」


その言葉に合わせて準備していた魔法が浴びるように降り注いだ。


「…………。」


右手に青。

術式、三重強化。


愛用する斧が接近する魔法の1つを叩き潰し、そのまま術者に迫る。

魔法を放った直後の魔法師は突然の出来事に反応できない。

逆手持ちした斧は魔法師の首を正面から捉え、気道と動脈を切断し頸椎を粉砕する。

僅かに残った肉と首の皮で繋がった頭は、即瞳は次の標的になるであろう魔法師に向いていた。


「どれどれ…これだけやられては異端であっても生きてはいないか。」


魔法が集中した場所は陥没し、濃い煙で視野を狭めた。


「………ん?」


その煙も晴れてくるとその場所には肉片の1つもないことが目に取れる。

次第に麻痺していた嗅覚も回復し、血の臭いが漂ってきているのを感じた。


「30人。それだけの面子を飼っているということはそれなりの爵位か。」


陥没した場所を挟んで老魔法師と対面した。


「お主…。」

「即死が8、重体が12。魔法師はやはり懐に入られると弱さが露呈する。」

「大いなる大河よ、不浄を押し流し浄化した大地を取り戻せ。」


老魔法師が自分の魔法で周辺の樹木事押し流した。


「はっ!重ねて泥の主は命じる。仮初めの命よ、器を満たし我が敵を討て!」

「二重属性。」


跳躍で回避した水流の後から泥人形が這えてきた。

数にして50、公爵家に支えるだけはある。

泥人形は首を狙う必要はない。

核となる魔力の中枢を討ち滅ぼせばいい。


「加えて命じる。仮初めの命よ、集いて牢獄とかせ!!」


俺を取り囲んでいた泥人形は俺への接近を諦め、人形が組体操のように並んでドーム状囲いを作る。


この程度の厚さを破れないとでも…


「させんよ。」


どうやら、老魔法師の周りに残ったのは土を扱う魔法師だったようで土人形がラグビーのスクラムを、棒倒しのように下の体を踏むように次々と重なっていく。


「終わりだ。恵みは去り、大地は死に絶えた。」


足元が砂になる。

そして、ドーム事沈み始めた。


「魔法師の戦いとは自分の術理を相手に押し付けることだ。」


なるほど、最期の手向けの言葉にしては気が利いている。


右手に黒、左手に白。


「…決まったか。」


老魔法師の周りは呼吸を乱していた。


「…呼吸を整えよ。その後、押し流した同胞を回収する。」

「……はっ。」

「老師、奴は…、異端とは。」

「異端であっても地面に沈めば生きてはいられまいて。」


老魔法師は人形が沈みきるのを見てから口を開いた。


「我々、魔法師は魔法師である前に敬虔なる信徒なのだ。始祖の神の恩恵を脈々と受け継いできた末の奇蹟。奴はそれを自ら捨てた。故に奴は魔法はもちろん、戦武も使うことはできない。故に異端、この世界にいてはならない存在なのだ。」

「そんな話は聞いたことがありません。」

「それもそうであろう。これは禁書にある一文よ。故に他言を禁じる。」


黒は吸収、白は反発。


流砂が吹き上がり、残った魔法師達は大量の砂を被った。

視界は塞がり、呼吸は遮られ、聴覚は落ちる砂で用を成さなかった。

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