第8話
至急、2人の精密検査が行われた。
トアはメイド服を一着駄目にしただけで特段怪我を負わなかったが、トールは初の魔法使用で一時的に魔力の欠乏による意識の消失があったものの、半日後には目を覚ましていた。
その間に現地の見聞が行われた。
「これをトールがやったのか?」
「はい。雲を利用したようですが、間違いなくトール様が引き起こした魔法の結果です。」
「むぅ…。」
「閣下。私がトール様を受け持つのはここまでのお話でしたが、もう少しお預かりさせていてだいてよろしいですか?」
「!」
「ゼフ殿、それは我が家の講師に不服があると?」
「そうではありません。1つはトール様の魔法が安定するか確認する必要があること。1つは始めての魔法がこれ程の威力を有していたこと。前者は私の都合も含まれますが。」
自分が始めて魔法を使った時を思い出してみろ、ライター程度の炎や豆粒のような水球を操る程度と比べて彼はあまりにも規格外だ。
「何故、叩かれたかわかっていますか?」
修繕が始まった庭園を見ながらトールに話し掛けた。
雷の影響か、小雪がちらついている。
「…。」
「簡単な話です。感情的に魔法を使用していた貴方の注意を私に向けることで標的をずらしたかったのです。」
トアが新しいメイド服で職人達に暖かいスープを配っていた。
「トアは貴方にとっても必要な存在です。これからの訓練の過程でトアにもしもの事があれば、トール様には制限を付け安全性を優先せねばなりません。もちろん、それ以降の魔法の修練はできなくなるでしょう。」
トールは話を飲み込むように大きく息を吸ってしばらくしてから細く吐き出した。
「…反省しています。」
「そうですか。では、ここは冷えます。」
トールはトアの方に向かっていくとその手伝いを始めた。
子供らしいというか、貴族らしくないというか…
俺は2人の気が済むまで壁にもたれ掛かりながら眺めていた。
「ゼフ殿…」
「…これはこれは。」
この屋敷に雇われている老魔法師から話し掛けられた。
この人は今までトールを専属で鍛えてきた本人であり、今まで公爵やトールの両親からの不満を一身に受けてきていた。
彼からすれば俺は成果だけを拐っていった禿鷹だろう。
「此度は誠に目出度く…。」
彼の話を要約すると雇用を守るため、魔法学の授業を受け持たせてもらえないかというものだった。
こちらとしては手間が省ける部分が大きい。
どちらにしても世間一般的な知識は必要だ。
しかし、この男の目は……。
敗北者のものでも、老いた男のものでもない。
魔法師特有の…そう、高い地位を手に入れるためなら多少の泥は啜る事を厭わない、そんな目だ。
「老師、お申し出ありがとうございます。老師のような経験知識ともに豊富な魔法師の学びを受けることは大変喜ばしいこととなるでしょう。」
「おお、それでは?」
「はい。トール様の座学をお願いしたく。あー、老師申し訳無いのですが、私の従者も合わせて教えを受けさせても差し支えないでしょうか?」
「あの可愛いメイドさんかね?」
「ええ。あれは魔法は使えるものの知識が余りにもない。折角の機会です、お願いできるのであれば助かるのですが。」
「私のような老骨でよければトール様と共に見させていただきますよ。」
「ありがとうございます。」
冬に入り外での活動が雪で制限を受けるなか週に数回トールとトアの魔法の実技を教えることになった。
「良かったので?」
セイラが何処からともなく現れた。
「ええ、それなりの知名度がある方ですし、その方の教えを受けるのは不利益にはなりません。」
「…公爵様にはなんと?」
「老師が魔法学の座学を勤めたいと申し出があったので私の方は了承しました。賃金等はそちらで調整していただければ。」
後ろでお茶の香りがしたので振いて受け取る。
「あの手の手合いはめんどうです。蛇のような執念で目標と決めたものに牙を立てるまで辛抱強い。」
お茶はやたら渋く、明らかな不満を感じさせるものだった。
「雷よ」「風よ」
「「あれ。」」
トールは両手を少し離した位置で雷を往来させ、トアは片手でコインを浮かせた。
2人とも体内魔力量はそこらの魔法師を軽く凌駕している。
魔法の基本的な制御はセンスも大きいがやはり反復練習の積み重ねが大きな要素であり、それが自分達の身を守ることに繋がる。
「雪もあるし、ちょうどいいか。」
「「?」」
5メートル程離れた位置に2人を立たせる。
「片方は魔法を維持する。片方は雪玉を作って投げる。投げられた方は避けるなりして魔法を維持する。時間は1分。投げる方は手袋をすること。ああ、雪玉は固く作りすぎるなよ。」
この世界の魔法師は固定砲台になりがちだ。
それは動きながら魔法を使用する事に対して不馴れというのもあるが、そういう発想が無いからだろう。
精神の柔軟性が失われ失われる前にそういった発想が身に付くような事をしていく必要がある。
雪合戦の戦績はトアの圧勝だった。
まず、雪玉に当たらない。
雷を避けたという経験から何かを感じ取ったのかもしれない。
翌日も同じ遊びをやると今度はトールも考えてきたようで、あえて動くこと無く魔法の維持に力を集中した。
顔や手に雪玉が当たっても魔法が維持できていれば負けにはならない。
逆にトアへ雪玉を投げる時は体を狙わなくなった。
狙うのはコイン、もしくはコインと手の間。
雷の魔法と違い、視認できない風の魔法のためコインが浮いているのが目安になっているのを狙った攻撃により戦績は逆転した。
そんな事をしていると冬を越え、春が訪れる。
トールが学園に入学するまで1年を切った。
魔法の制御は安定感を増し、公爵からは見栄えのする魔法の習得を目標とするように話があった。
「さて、本格的に魔法を使ってみましょうか。」
魔法は理術、理法、魔法のレベルがあり、今までやってきたのは理術に当たる。
理術は魔法を発現したものを言う。
「今までは魔法を発現し維持することを重点的に教えてきた。それを圧縮して一節で属性の喚起を行う。さて、2人はどうする?」
これは本人が持つ強いイメージが重要になる。
いわばその属性の、自分の力の印象がそのまま出るといって言い。
「僕は決まりました。」
「、、、私も大丈夫です。」
「では、トールからやってみようか。」
トールは魔法の標的として用意した撃ち込み人形の方を向いて腰を落とした。
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