第7話
「はい、行きますよ。」
「御姉様、お願いします。」
「火よ、あれ。」
メイリの人指し指に火が灯る。
煙草に火をつけるのにちょうど良さそうな大きさだ。
「流石です!御姉様!」
「大したことないんだけど、そういわれると嬉しいわ。今度はトアがやってごらんなさい。」
「はい!行きます。風よ、あれ。」
トアの手の中に小さな嵐が発生し、それによって手の平から血が滴った。
切り傷は新品の紙で指を切ったような鋭さがある。
「ああ…まただ~。」
風は目に見えないため、コントロールが難しいようだ。
ここは課題を与えて考える力を身に付けさせてみるべきだろう。
「トア。魔法を使ってコインを10秒間浮かせるんだ。それが出来たら次のステップに行こう。」
「…はい。」
「大丈夫?義姉さんから背かされているんじゃないの?」
「大丈夫さ。それと、コインを使うのはテストの時だけだ。それまではコインを使うのを禁止する。」
混乱するトアに畳み掛ける。
「メイド見習いも再開してもらおう。ああ、後テストは1日1回までだ。」
この家のメイドは忙しい。
それは見習いでも同じで空いている時間で練習しようとすると1時間取れるかどうかだろう。
「頭を使え、お前の価値を示せ。」
公爵達が帰ってくるまで後1ヶ月。
それまでに御披露目の準備を整えておきたい。
それまでには後幾つかのステップを乗り越える必要があった。
「いいの?トア、最近凄く悩んでいるみたい。」
「悩むように仕向けたんだ。頭を使わなければ回路は広がらない。繰り返しやるだけではその部分だけ強くなる、癖が付くだけだ。今回の課題はそれを実証するためのものだ。」
トアは考えた。
季節は秋、木の葉が落ちて外の掃除が増えていた。
先輩達が集めた木の葉が唐突に吹いた風で舞う。
庭園は四方を本館や別館で囲まれているためか、1度強い風が吹くと葉は思わない軌道を描いた。
………これだ。
「ゼフ様。テストをお願いします。」
「わかった。」
秋晴れの日にお願いしたテストだった。
それが突然の雨で急遽室内で行われることになる。
「どうした。」
「いえ、その…。」
深呼吸をして心を落ち着ける。
今の環境でできる方法で成果を出す。
その為の発想を日々の生活から引き出した。
「風よ、あれ。」
コインは真上ではなく、ほぼ真横に飛んだ。すぐそこに部屋の壁があり、当然コインは跳ね返る。
それを風が再び吹き上げることで壁に当たるのを繰り返した。
そして、10秒は各々の体感速度によって過ぎ方を変えた。
「合格だ。」
「いいの?主旨が違うけど…。」
「魔法のコントロールは今後とも続けてもらう。だが、どのような形であれ、俺の注文に対してトアは価値を示した。良くやった。」
トアはその後も柔軟性と非凡なセンスでテストをクリアしていった。
それをメイリが行った体調管理の記録と合わせて書面にして公爵へ報告書として提出した。
「1回で成功するとは天晴れというべきか。」
「ゼフ殿、これと同じ施術を行えば息子も魔法が使えるようになるということですか!?」
「同じではありませんが、同等の施術で効果があるものと考えております。トアは幼少期に魔法を使えておりましたが、それを消失した状態でした。それを今回の施術で復元、現状は強化している状況になります。」
「元々、使えていた?それでは、トールとは違うではないですか!?」
「トアの施術によりある程度の安全が確認できたと考えております。…一部危険な事もありましたが、厳重な管理体制を敷けばそれもある程度は改善できると思われます。」
「この件に関してはゼフ殿とメイリに一任しておる。必要な協力は惜しむつもりはない。」
「ありがとうございます。後、1つ。これだけは御承知おきいただきたく。」
「なんだ。」
「トール様が使えるようになる魔法がディスコ家の魔法では必ずともないということです。」
「「?」」
「1つの可能です。それは御承知ください。それと奥様はどうやら御懐妊の御様子、そちらも確認された方がよろしいかと。」
最後の発言で公爵達の意識が紛れた。
そして、トールの施術の日を迎えた。
手術自体はトール用に調節した物をトアと同じように埋め込むだけだ。
観察するのは庭園のテラスを改修してもらった部屋で行う。
トアの時のように何等かの暴発が起きた場合の被害を防ぐためだ。
手術から1週間、トールに劇的な変化はない。
周囲のやきもきした空気を伝わらないようにするのが1番心労を要するところだろう。
「最近、天気が悪いわね。」
「冬が近いのかしら…。」
例年、この地方は秋晴れが続いてから雪がちらつきながら冬を迎えるそうだ。
その為、秋の空が曇天に包まれる日が1週間も続くのは珍しい。
「…。」
ものには魔力は巡り、回路も延びている。
なのになぜ魔法が発現しない?
テラスでの生活が2週間を越え、本人にも焦りの色が見え始める。
持ち込んだ本やノートを床にぶちまけていた。
「どうして!?僕も御父様や御爺様のような魔法師になれる筈じゃなかったの!!?」
「…我々はトール様が魔法を使えるようになるための施術を施したに過ぎません。」
公爵はあの性格だ、別案についても既に探しているのだろう。
「トア、天気が崩れる前に庭の掃除をしてくれるか?」
「…畏まりました。」
「どうして…どうして…彼女はうまくいって僕はうまく行かない……。」
トールの中に嫉妬の念が積もっていた。
生まれながらにしてのエリート、それ負けない程の努力、それに見合わない才能の形。
長年恋い焦がれた存在を自分の実験のためとはいえ先に手にした同世代の子供。
それがトールからしたら自分の物を奪い取った盗人のように見えた。
ヒュゥゥゥゥ~~……
晩秋に吹いた一陣の風が木葉を巻き上げた。
それはトールの目から見て、彼女が目の前で魔法を使ったように見えた。
「…………死ね。」
「!」
トールに呼応した曇天から降り注ぐ落雷。
パチンッ!
トールの頬を叩いた。
魔法を使用するには集中力が必要、それがかき乱れれば狙いをこちらにずらすくらいたはできたかもしれない。
だが、それは無駄だった。
ほぼ、本能で呼び起こした魔法はその程度で揺らぐことはなく。
庭園に轟音を起こした。
「…。」
この俺をもってしても、その結果に目を奪われた。
しかし、目の前の相手は次の相手としてこちらを見据えた。
「!」
落雷の第二撃。
自分もろとも俺を屠りにきた。
手順は間に合わない。
なら、呼べるのは1人だけだ。
「レヴィ、格の違いを見せてやれ。」
手を会わせることなく呼び寄せるのは紫を冠する女。
赤は力、青は知識を表す色として使われる。
それが混ざった紫の本質は力の形を創り出すことにある。
創り出した力を起点に更に力と知識を注ぎ込むことで、実体のない炎の獣をあしらう事を可能にした。
レヴィは手を天に向けた。
既に降り注ごうとする天から落ちる雷を地から天を穿つ雷撃をもって迎え撃つ。
その速度は互角。
天と地の中間で相対する。
天然の雷を利用した魔法と一個人の力。
比べようのないエネルギー差を女は嘲笑う。
一瞬の均衡後、天に雷を押し返すとそのまま雲を破り捨て空高く昇っていった。
パチンッ!
テラスから秋空を見上げるトールの頬をもう一度叩き、トアの元へ走った。
既に人が何人か集まっていた。
美しい庭園はその一画を無惨に破壊され草花は焼け落ち、残っているのは焦げている根本だけ。
石畳も伝説の巨人がハンマーを振り下ろしたかのように陥没している。
これでは直撃すれば五体満足に残ってはいまい。
「……御主人様、申し訳ありません。」
そう直撃していれば。
「とっさの事で、ちゃんとした形で魔法を使用できませんでした。何なりと罰を…。」
俺はこのとき始めてトアを抱き締めていた。
「…お前は価値を示した。」
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