第6話
少女の名前はトアとした。
戸籍も公爵の権力で用意され、今は毎日メイド見習いとして屋敷の中を忙しく回っている。
「奥様。」
「ゼフ殿、どうされましたか?」
「はい。時期が参りましたのでこちらのものを所望致します。」
紙を執事長に渡し、それをトールの母へ渡す。
「わかりました。至急用意致します。」
「ありがとうございます。」
執事長に手配するよう指示すると彼女は立ち上がり、庭園の一画で槍を突くトールの姿を見下ろした。
「順調に成長してくれて嬉しいものです。例の件、失敗することがあれば貴方の立場は危うくなるでしょう。」
「…やることがありますので失礼いたします。」
不安もあるのだろうが、最近の彼女は神経質になっていた。
「傷は殆ど失くなったわね。」
「お姉様のお陰です。」
「入ってもよろしいか。」
しばらくして入室許可が下りる。
「奥様にお願いしておいた。素材の準備が出来たらやろうと思う。」
「…そう。」
「失礼ながら何の準備ですか?」
「トア、お前の魔法を取り戻す準備だ。」
「………え?」
「お前は昔魔法が使えていたな?」
「………。」
「責めるつもりはない。ただ、事実の確認として聞く。今まで使えていた魔法が急に使えなくなった。それで間違いないな?」
「…………はい。」
「…それってどういうことかしら?」
「おそらくですが、トアが持っていた術式がトアの魔力に耐えきれなかったのでしょう。トア、魔法を使う時はどうやって使っていた?」
「………」
「トア?」
「…えっ、あっ、はい。すいません、何でしょうか?」
「魔法を使えた時はどういう風に使っていた?」
「どう…と言われましても、こう…手で風を掴んで……。」
「なるほど。それは確かに壊れるかもしれんな。術式を成すためには回路と手段が必要だが、手段とは規模を設定する他にも回路を保護する要素でもある。回路が魔力で焼き切れたのは不幸中の幸いだったかもしれん。」
「不幸中の不幸だったら?」
「…それは俺にもわかりません。」
「知らないことなんてあるかしら?」
「ありますよ。…むしろ、知らないことの方が多いでしょう。それで、トア。」
「…はい。」
「施術方法について説明する。施術中は眠った状態で行う。へその下の部分をこれ位切って皮膚と筋肉の間に俺が用意したものを埋め込み縫合する。お前の役目は傷が塞がり、俺が許可するまで、誰に何をいわれようとも魔法を使わないことだ。わかったな?」
「…はい。」
「メイリ様、施術の執刀よろしくお願いしますね。」
「それは任せて。」
メイリはこの世界では数少ない外科医でもあった。
「じゃぁ、トア。私達を信じて。」
「お願いします。」
施術自体は1時間もかからない。
問題は経過にある。
「…。」
メイリからそれが例の?という目線が投げ掛けられる。
そう、これが回路の基礎になるもので、クリスタルを金で縁取ったものだ。
そのクリスタルの部分にトアに合わせて道筋魔力の道筋を刻んである。
「本当に傷を消さなくていいの?」
「安定化するまでは絶対に駄目だ。」
それから1週間、医学に対しては素人の俺と外科技術だけの医師の経過観察を経て、翌日から訓練を開始しようとしていた夜の事だった。
術後、俺の部屋を離れて清潔な部屋を与えられ、トアは寝れぬ夜を過ごしていた。
腹には異物が埋め込まれ、明日からはいよいよ魔法の訓練を始めるというところで部屋の鍵が開く。
深夜、誰もが寝静まっている筈の屋敷の中を自由に出歩ける存在。
それは、目の隈を深く作ったトールの母だった。
トアの施術が取り敢えずの成功し、毎日経過観察の報告を行っていたが、日に日に不安が募っていた。
更に身体的な要因から神経質になっていた事も相まって結果を求めにやって来た。
トアの視点からはそんなことはわからない。
部屋に現れた不審者とは言え、冷静であれば家の誰かというのはすぐに思い到っていただろう。
沸き上がる恐怖と声にならない叫びが眠っていた魔力を引き起こした。
右手に青、左手に黄。
「こい、イオ。」
合色、緑。
部屋の緊迫した空気を森の香りを伴った風が鎮静化させる。
イオは元々森の寵児であり、魔力量は常人よりも大きく優る。
その圧力が鎮静効果と合わさってトアの魔力の暴発を抑え込む。
予定だった。
「………マジか。」
鎮静効果を押し退ける程の魔法出力。
すなわち、回路の起点として埋め込んだ物が既に回路として成り立っている。
このまま拮抗していては折角成立した起点が崩壊する可能性もあった。
「………。」
しゃーなし、受け止めてやる。
組んでいた手を解く。
それと同時に膨れ上がる風圧。
重色、『蒼』
トアの周囲を立方体が包み込み、衝撃を受け止めると崩壊し、次の立方体が形成する。
無限結界。
この国と隣接する雪に閉ざされた国に伝わる秘法の1つ。
現状における最適解であるのは間違いないだろう。
問題があるとすれば…。
『ねぇ、どうしてあの女を呼んだわけ?』
レヴィの機嫌がすこぶる悪くなると言うことだった。
朝、トアの様子は怖い夢を見て少しテンションが低いだけだった。
俺の方も奥様を部屋まで運び、隣の部屋で眠る御付きを起こして引渡し、今の今までレヴィに嫌みを言われ続け寝不足でコンディションが最悪だった。
「体調不良により慣らしは延期。」
それに対して異を唱えたのは奥様だったが、御付きと御付きから報告を受けた執事長から宥められ渋々了承していた。
だが、不思議と昨日までのヒステリック感は感じられなかった。
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