第5話
「昨日はどのようなお話をされたのですか?」
「秘密です。」
セイラと奴隷の購入に向かっていた。
奴隷とは持ち主の財産であり、その用途によって奴隷も価値を変える。
その為、奴隷商等は自分達の店を構え顧客を相手する一方で、高値を求める奴隷なら幾人かの奴隷商が集って行うオークションに出し、国から義務で買わされる重罪人は鉱山や戦奴として安く買い叩かれる市に出す。
奴隷は持ち物であり人だ。
状態が悪ければ価値は下がる一方、下手に出れば反抗や反逆に遇うおそれもある。
それを防ぐ方法として焼印が行われる。
その印一つでどこの奴隷商が扱ったものかが一目でわかる他、平民からも差別されるため、何かしらの保護下に居なければ生きていけはないようにするのだ。
「それで何故今日なのですか?」
「先週までオークショニアがいたって話ですか?」
「はい。選ぶなら候補が多い方がよろしいかと。」
「今日は良いのがあったら買うくらいの気持ちです。」
「…そうですか。すいません、何か理由があるのかと思いまして。」
それは勿論ある。
オークショニアは基本的に希少種や愛玩奴隷を連れていることが多い。
その理由は偏に反逆をおそれての事だ。
力の弱い愛玩奴隷に焼き印含めて傷を付けたくない一方、希少種いわゆる亜人等を大っぴらに買えない種族には焼印をしっかりと押して管理している。
重罪人ももってはいるが、どちらかというと町から町へ移送する役割が強い。
無論、今回は亜人を買う気はなく、俺が狙いを付けているのはオークショニアが有望な奴隷が入るまでキープしていた奴隷だ。
訳ありの奴隷はオークションにも出しにくい。
それでも代わりが入れば売るし、病気や心を壊せば二束三文の戦奴のおまけとして付けることもある。
「本日はようこそおいでくださいました。」
奴隷商としては中の上、手広く扱うが自分では積極的に奴隷を磨こうとしない位の商人。
今回の目標はその奴隷商に顔を覚えること。
「訳あってこのまま話させてもらいたい。」
俺はフードを深く被り、下を向いて声を出す。
「はい、当方は問題ございません。」
「それは助かる。俺が求めるのはきれいな奴隷だ。」
「…ほう。何れくらいのお歳がお好みですか?」
「年齢も性別も問わない。」
「…なるほど。でしたら、ちょうどいいものが幾人かおります。」
この手の商人はこちらの言葉を広く解釈する。
案の定、部屋に連れて来られる奴隷達はばらばらで声変わりもしていない男の奴隷や幼女から妙齢の女の奴隷だった。
「これで終わりか?」
「いえ、まだおります。ですが、体調を崩しておりまして。」
「一目見たい。」
病人と言うだけあって、4人部屋に1人で寝かされていた。
ほう…。
部屋に入ってからカーテン越しにも見える魔力は嵐を感じさせる。
「…。」
手首には包帯、魂からは誇りが抜け落ち輝きが失われていた。
例外。
手間はかかるが手間をかければ光るか?
「今日はこの者を貰おう。」
「…御客様。紹介させていただき申し訳ないのですが、その者は御客様の意図に沿わないやも知れません。」
「…主人。不幸な出来事であった。」
「はっ?」
「我々が来た時にはこの者は天命を全うして旅立った後であった。うら若き乙女の最期を見とることとなり切なく思う。これは気持ちばかりの見舞金だ。」
「………御心遣い感謝いたします。」
金貨を10枚積んで裏口から店を後にした。
「貴方はどこからそういった知識を得て来るのですか?」
「酒場や華街ですが。」
奴隷商とのやり取りを聞いたセイラが呆れていた。
「幸いながら焼き印はなく、奴隷商が喪失届けを出すでしょうから所有者もない。戸籍は公爵様にお願いするとしましょう。」
「どう報告を挙げればよろしいですか?」
「話をしていたとおり、必要な奴隷を買い付けてきた。ただ、少し弱っており、御目通りが必要ならばしばらく時間をいただきたい、と。」
「はぁ…書く身にもなっていただけますか?」
「手間であれば代わりますが?」
「………いえ、結構です。」
少女は1週間程で体調を取り戻したが健康な体付きとは言い難かった。
「何故、私を買ったのですか?」
だが、それ以上に心が病んでいた。
「価値があったからだ。」
「愛玩としての価値あるとでも?」
「それはないな。」
「…だったら、何故?」
「失礼致します。メイリ様が御見えになっております。」
「通してもらってかまいませんよ。」
メイリとの話を隠す必要はなく、この1週間の研究進捗について話を聞いた。
「それでそちらはどう?」
「こんな感じですよ。」
少女の方を目配せする。
「ほぉ~噂には聞いていたけど、可愛らしい子じゃないですか。」
「そういう意味で買ったわけではないですよ。」
「わかってますよ。…でも、こう言う傷は良くないですね。」
メイリが手首の傷に気が付いた。
「春風の温もりよ、古傷を解け。」
手首の傷が薄くなっていく。
「………ここまでかしら。」
活性による治癒能力の強化。
「大した魔法ではないのよ。でも、時間をかければ傷跡は残らないわ。」
「凄い魔法ですね。」
「そんなことないわ。余り役にたたないもの。」
「そんなことはないでしょう。」
少女は自分の手首の傷が消えたのを凝視していた。
「もう少ししてあげたいのだけど、その体だと負担が大きかしら…。運動と食事を増やして…。」
「でしたら、メイド見習いとして働かせてはいかがでしょう。言い訳もゼフ様が付き人とするため礼儀作法を学ぶ一貫ということであれば執事長も拒否はできないでしょう。」
「なら、こちらは公爵様に話を通しましょうか。」
「なら、早い方がいいかしら。来週にも都に戻って執務があるでしょうし…。」
「本日中に御都合が付くように話をして参ります。」
目まぐるしく自分の立ち位置が変わる少女は訳もわからぬまま気が付くと公爵前に立たされていた。
「ゼフ殿が必要というなら何の問題もないだろう。」
「ありがとうございます。」
「扱いとしてはゼフ殿の付き人見習いでよいかな。さて、幼子よ。名は何と申すか。」
「…名前はございません。」
「そうか。名もなければ不都合もあろう。ゼフ殿の付き人になるのであればゼフ殿に任せよう。」
「畏れ入ります。」
「セイラ、幼子と共に退席せよ。」
「畏まりました。」
部屋には公爵、トールの両親、メイリが残った。
「あの者に先ずは実験を行うのか。」
「はい。危険要素は減らさねばなりません。」
「ゼフ殿、本当に息子は魔法が使えるようになるのだろうか?」
「微力を尽くします。」
「実験が必要なら奴隷の数を増やした方がよろしくて。」
「いえ、ものがものだけに施術者は少ない方が機密性が保たれます。」
「わかりました。必要な物があれば何でも申して下さい。」
ディスコ公爵並びに長男が都に行っている間はトールの母がこの家を取り仕切る。
メイリと仲が悪いわけではないが、年頃の娘が嫁にも行かずに実家に居るのが如何なものかと思っているところではあるだろう。
「ありがとうございます。時期が参りましたら申し出ます。まずはあの娘の心身の治療が終わりましたら施術に取りかかります。」
少女が自分の価値を知る日は遠くはない。
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