第3話

流石は公爵様。

屋敷はかなりの大きさでムド男爵の屋敷が馬小屋に見えてきた。


「長旅御苦労だった。案内を付けるゆえ別館で休まれよ。」


ムド男爵領から4日間、馬車の中で公爵との話で肩が凝りすぎて石になった。


「こちらへどうぞ。」


メイドの案内で宛がわれた別館の部屋に通された。

1泊1万五千『円』くらいのホテルの部屋のような部屋で風呂も付いている。


「こちらは客間として使われる部屋となります。既に湯は張ってありますのでどうぞおくつろぎください。」

「それはどうも。」


荷物を置いて、進められた通り湯船に浸からせて貰った。

こんな贅沢いつぶりだろうか…。


『いいの?荷物触られているけど?』

『いいさ、別に見られて困るものはそんなにない。』


風呂から上がると着替えが用意されていた。

高級そうなシャツに黒のパンツ、ジャケットがあればスーツになるだろう。

部屋のテーブルには軽食が置かれ、まるでその椅子に座れと促すようになっている。


庭園を見下ろす良い場所ではあるが…子供?


庭園の端で子供が木剣を振っていた。

魔法師の家系で剣を振るということ自体が彼の立場を示している。


こんな優秀な血筋でも『持たざる者』が出ている。


「…旨いな。」


持たざる者。

それを語るにはこの世界の理の一端、戦武と魔法を知る必要がある。

この世界はとあるだ…女神が創製した世界であり、今やその女神、若しくはそれに連なる神を信仰している人間はいないとされている。

神々は人間の信仰から力を得る一方で、人間に恩恵を与えた。

恩恵は与える神によって異なり、火にまつわる神ならば火を剣にまつわる神ならば剣技に表れる。

すなわち恩恵とは人に本来ある力を形にする力といえる。

本来であれば木の枝のように無数に延びていく筈だったが、無計画な神々の行動で文明が滅ぼされていくことで信仰の方向が変わり、偶像の信仰が始まった。

怒り1つで人々を貶める神と何もできない代わりに災いも起こさない神、当時の人間達は後者を選び神々は古き神々と呼ばれ、最後は忘れ去られる。

今、魔法や戦武を使える人間は当時の血脈を守り抜いた貴族と呼ばれる人種と先祖返りや森の寵児等の突発的な因子しかいない。

それ故、どの国も封建制度を採用し貴族の保護と拡充を図っている。

そんな世界で魔法も戦武も使えない人間が貴族と名乗れる訳はない。

如何なる形であろうと紡がれてきた血の力を形に出来なければその存在に価値はなく、持たざる者とわかった時からその者は貴族では無くなるのだ。


…公爵は平民のためと言っていたが、孫のためだったか。


「どうだね。都の味にも負けてないと自負しておるのだが。」

「はい。何れも食べたことの無い料理で感激しております。」


俺はタイとジャケットで身なりを調え、公爵家の夕食に招かれていた。

公爵家には長男夫妻とその孫、三女がいる。

長男はユーリ、その妻がロータス、三女がメイリという。

そして、孫の名はトール。

強い意志を感じさせる瞳をしていた。


「さて、聡明なゼフ殿にはもうわかっているだろうが話とは孫の事だ。ここにいるメイリは医者の仕事の傍ら、魔法学について研究している。貴殿の研究資料も図書室に隠されていたのを見付けたのもこの子だ。」

「なるほど。」

「本当に嫌らしい研究書でした。」

「知識と素直さがあれば誰にでも気付けるようにしておいたつもりですがね。」

「至急の命題である。トールに魔法を修得させよ。…手段は問わん。」

「それが私を連れてきた理由であるということですか?」

「半分はな。だが、半分は民に己を守る力を与えるためというのは嘘ではない。ただ、急に魔法が使えるようになったというのは既視感を覚えられるであろう。」


…成る程、それを俺の研究で上書きするってことか。


「必要なものがあれば揃えよう。」

「…でしたら、奴隷を見繕いたい、かと。」

「奴隷?」

「トール様と歳の近く、かつ素養のある者が必要です。」

「近々に必要か?」

「いざ試そうとしたときに用意したのでは間に合わないかもしれません。」

「近日中に手筈を調えよう。」

「ありがとうございます。」


やはりそうだ。

公爵はこれからやって来る乱世とも言える時代を予感している。

だから、孫のためとはいえ莫大な支出に為りかねない可能性にも手を伸ばしているに違いない。


「それと、メイリ様にお願いが。」

「何でしょう?」

「私は貴女の研究内容を知りません。私のはあのノートから多少見ているのでしょう?もし良ければ簡単に説明していただけると助かります。」

「わかりました。でしたら、明日にでも。」

「助かります。」


翌朝、メイリの部屋で話を聞くことが出来た。

部屋にはメイリと俺、後はメイドが控えている。


「以前の私の研究目標は魔法効果の増幅。今は、誰でも魔法を使えるような仕組みを作るのが最終目標。」

「なるほど。」

「ゼフ殿の研究書を拝見いたしましたら、さも増幅装置があるように書かれておりました。あれはどういった跡があったのです。」

「ええ、まぁ。」

「それが実現できれば、トールが魔法を使えるようになると思うのです。」

「それは無理でしょう。」

「………え?」

「そもそも、魔法効果の増幅と私の書いた魔力の増幅にはそこまでの関係性はありません。」

「どういうことでしょう?」


メイドに視線を送る。


「セイラは大丈夫です。さぁ、お話を続けてくださって。」

「では、簡単に説明致しますと、魔法とはそもそも魔力と術式の2つの要素で構築されています。トール様も含め、魔法が使えない人間の大半が術式を使うことができない事が理由です。」

「お待ちください。トール様と他の人間が同じ理由で魔法が使えないというのはどういう意味ですか?」


メイドのセイラが異を唱える。

確かに今の言葉の解釈を間違えればトールが貴族の血を引いていないと囚われても仕方ないだろう。


「結果的に理由が同じだけです。そもそも術式とはなんでしょう?メイリ様、セイラさん、おわかりになりますか?」

「魔法を構築するための図面みたいなもの、よね?」

「私もそう認識しております。」

「そう、魔法構築するためのもの。では、蝋燭に火をつける魔法と戦場で使うような魔法、どう違いがありますか?」

「どうって…。」

「詠唱、無詠唱、魔法陣等の差と言うことですか?」

「いいえ。それは魔法を発動するための手段でしかありません。そもそも、蝋燭の火も戦場で使うよな大魔法も基本的には同じ術式を使っているのですよ。」

「「?」」


この時、小さな人影が扉の向こうで聞き耳を立てていた。

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