第2話

日の出と共に村の跡から戻ってきた。


「待たせてしまったな。」


俺に助けを求めてきた少女、の亡骸だ。

刺さっている矢のうち1本が急所を貫いていた。


「まだ、魂は残留している?…なるほど、森の寵児というやつか。初めて見た。」


彼女の魂から感じるのは寂しさ、哀しみ。


「まだ、残っていると良いが…。」


少女を抱き上げ、母親の亡骸まで運ぶ。

途中、母親の頭が転がっていたのでそれも合わせて遺体まで運び、頭を所定の位置に置いた。

母親の魂は既に風化が始まっていてこのままでは呪縛霊からモンスターに変貌するだろう。

現に娘の魂が抱き付いていも、それに気付かないまま辺りを見回している。


「イオちゃんだったかな?」


少女の魂が振り返る。


「お母さんと一緒にいたいかい?」


少し見詰められてから強く頷いた。


「一緒にいさせてあげることはできる。でも、それだけだ。幸せとかそういうのとは無縁になるかもしれない。それでも?」


今度はすぐに頷いた。


「そっか…わかった。右手に青、左手に黄。」


合唱した両手の隙間から緑の光が溢れ出す。


「合色『緑』」


母子の体に降り掛かるように緑の光が包み込む。

母親の切り裂かれた首や子供に残った矢の穴が塞がっていく。

それでも彼女等は死んでしまった。

死者は生者に還らない。


「私の時もこうだったの?」

「…そうだよ、レヴィ。」


魂に肉体が引っ張られ昇華する事で本来肉体が果たす魂の殻としての役割を成した。

森の寵児とは森の恩恵、癒しや恵みを受けるものを言い、魔法師界隈では魔力の貯蔵庫として重宝される。

その力に物を言わせ、魂の形がその方向へ変化した。


「諸説、森の寵児の条件として祖先にエルフがいることと言うものがあったが、これを見ると信じざるを得ないな。」


2人の姿が変わったところで母親が娘に気が付いて抱き寄せた。

彼女達は2人で1つの存在として、正確にいえばイオが主体で母親はおまけに近い。


「話は中でたっぷりとして貰うことにして…っ、朝日か。」


ベルトに下げていた眼帯で左側を被う。


「帰還せよ。」


親子が右目に吸い込まれ、俺の視界に緑が戻った。


「ここはもう駄目だな。」


自分の小屋は辛くも無事だったが、生活基盤だった村が焼け落ち、それを行ったのはおそらく領主の手先と考えると俺の知らないところで状勢の変化でもあったのだろう。


「剣は無いしな、金もそんなに…あっ。」


無いなら有るところから用立てればいいか。


結局、小屋にあったもので必要なのは旅の手荷物と10年以上使い込んだ斧だけだ。

用が住んだ後、火種を小屋の中に積んであった藁に落とすとすぐにくすぶり始めた。

村の跡に着く頃には薪や小屋に燃え移り煙を立ち上らせているのが見えた。


「ここら辺か?」


村長宅の跡には瓦礫はない。


「よっ…と、俺も歳食ったな。」


苦笑しながらも、斧を桑の鍬の代わりに使って地面に突き立てる。

数回続けると土の感触とは違う固い感触が手に伝わった。


「ここからどうするか…。」


ここから近い町はムドだが、そこにはいけないな。

何年も顔を合わせていないが、領主の倅は俺の顔を覚えているかもしれない。


俺の少し前を歩いていた商人の馬車が道を避けるように止まった。

俺も早めに道の脇に逸れて膝を着く。


「もし。すまないが道を訊ねてもいいだろうか。」

「これは、騎士様。もちろんでございます。」


ムドの私兵じゃない?

騎士団の装備ではないし、どこぞの貴族の私兵か?


「この近くに村があるときいたのだがわかるだろうか。」

「はい。この道を行った先にあります。…ん?」

「どうかしたか?」

「い、いえ…あの村には炭焼きは居なかったと思うのですが、あの煙は……。」

「そうか!感謝する!」


…西の領地へ行くか。


村とムドは南北の関係にある。

途中、川が東から西に流れており、その川沿いを進めば隣の領地に辿り着く。


…いや、そろそろ因縁を清算しても良い頃か。


「報告します。該当の村は焼け落ち、生き残りはいない模様です。」

「1人も居なかったのだな?」

「はっ。」


ディスコ公爵はムド男爵が私兵を差し向けていた事の報告を既に受けている。

更にいえば残された痕跡、火矢の残骸や装備品の断片、争いがあったことを示す血痕まで発見していた。


「手間をかけたな。」

「はっ。」

「ムド男爵。どうやら私の探し人も見付からないようだ。押し掛けて悪かったが戸籍の始末だけは付けておいた方が良い。」

「御忠告痛み入ります。」

「では、また会おう。」


男爵如きを潰したところで意味はない。

それよりも重要な案件がこちらに向かっているのだ。


「しばしここで待機せよ。」

「はっ。」


六十を越えても衰えぬ健脚は、鎧を着た騎士達よりも数段速い。

それに付いてこれるのは公爵の影と呼ばれる暗部の者達、その中でも一握りの猛者だけだった。


「……着たか。」

「…。」


なるほど。

この人があの騎士達の雇い主…確かに、そうだな。

公爵、せめて伯爵位でなければ騎士を私兵に持てまい。

そして、ムドが俺を消しに着た理由も何となく察した。


「ゼフ殿で間違いないか。」

「はい。私がゼフです。」


平民が貴族に嘘を付くことは不敬罪の対象になる。

この人が「ゼフという男を知らないか」と問うていれば、「会ったことはない」としらをきることができた。


「私はディスコ公爵。」


知っているとも。

この広い国でおそらく十指に数えられる程の魔法師。

学園にもその逸話はかなり残っている。


「貴殿が残した研究成果を見させて貰った。」


あのノートは学園の図書室に残していた。

嫌な汗が流れる。


「荒唐無稽。そう言うのが適切であろう内容であった。」


当時、勿論今でもその考えは異端。

国家転覆罪、反逆罪を押し付けられる可能性もある。


「この魔導師という発想、実に気に入った。」


………?


「近年、魔物の活動が活発になっているのは知っておるか?」

「はっ。それなりには存じております。」


木こりをしながら相手を指定からな。


「それに呼応するように周辺国にも不穏な動きがある。」


それは貴族の仕事だ。


「更には内政にも淀みが生まれ、国としてではなく、一人一人が守るための力を持たざる状況になるやも知れん。そこでだ、貴殿の力を貸して貰いたい。ああ、1つ付け加えよう、私は魔法師ではあるが宗教家ではない。」


この人…そこまで調べたのか。


「互いに有益な話し合いが出きると思うのだがどうだろうか?」

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