失色のゼフ

@96culo

0章 第1話

「ディスコ公爵様が直々に出向くまでの事なのですか?」

「でなければこのような辺境まで出向かんよ。それにしても、こんなものが学園の書庫に眠っているとはおもわなんだ。」


護衛の騎士達にはその一冊の公爵自身を動かすものとはとても思えなかった。


「それほどのものなのですか?」

「うむ。一言で言えば革新。それ故不当な扱いになっていたのであろう。」


ディスコ公爵は若かりし頃から前線に赴く少数派の魔法使いとして戦果を挙げ、現在でもは大魔法師として国内で五指に入る。


「10年以上月日が経ってしまったのは不運。然れど、ここで引き抜くことができれば…あるいは。」

「公爵様、まもなくムドの町です。」

「うむ。風見鶏は好かんがここは奴の領土。好き勝手するにも挨拶は必要だ。準備は任せる。」

「はっ。」


ムド男爵はディスコ公爵を迎えるに際して緊張の色を隠せてはいなかった。

王国最強の大魔法師との呼び声が高く、騎士団とも強い繋がりを持つ人物であり、普段では話す事はもちろん、近付く事すら覚悟を強いられる存在だ。


「久しいな、ムド男爵。」

「はっ、大したお出迎えもできず…」

「よい。急な来訪申し訳なく思う。一晩屋根のある場所で休ませて貰えればそれでよい。」

「い、いえ!?歓待の宴は設けさせて頂きたく存じます。息子も閣下の武勇伝を直接聞けると心待ちにしておりまして…。」

「確か、貴殿の子息は三十路だったか。婚儀の予定があるなら顔を出させて貰いたいものだ。」

「機械がありましたら是非とも招待状を送らせていただきます。」


ムド男爵の長子は1度結婚しているが、妻に先立たれており、子供もいない。


「閣下。ちなみになのですが…この度の御来訪は人探しと聞いておりました。」

「そうなのだ。貴殿の領地にいる男を1人貰い受けたい。何でも、寒村にいるらしいのだが。」


ぴくっ。


「ちなみに名前の方は…。」

「うむ。ゼフという。」

「……ゼフ、でございますか。」

「うむ。記録によると貴殿の紹介で学園に入っていたのたが、今どこにいるか把握しているか?」

「急ぎ調べさせます。」


その夜、ムドの町から早馬が出された。

寒村と言えど、馬を飛ばせば数時間の距離の村だった。


「焼け。」

「「「はっ。」」」


ムド男爵小飼の私兵が火矢を村を囲う柵の外から射ち始める。

密命を受けた私兵は村を包囲しつつ、中から出てくる村人を次々と切り殺していくのだった。


「レヴィ、見えるかい?」

「ええ。村が燃えているわ。」

「…そうか。」


村から離れた森の入口にある小屋からその様子を1人の男が見下ろしていた。


「悲しい?」

「………もう、そんな感情はないよ。」


小屋の中に戻ろうとしたら村に数人しかいない子供が血まみれでやってきた。


「…おじ、ちゃん……助けて…。」

「…。」


子供に傷はないようだ。

村の火で周囲は照らされている、それでもその範囲を越えると闇は濃くなっている。

その闇にこの子の親なのだろう、こちらとは違う方向に向かって逃げていった。

自分が逃げるためか、子供を逃がすために囮になったか…前者であれば残念な結末であり、後者であれば一念は叶ったこととなる。


びしゃぁぁっ……


騎兵の剣が一振で首を切り落とす。

その刃は淡く光り、僅かな月明かりと合間って掛け軸のような水墨画を思わせた。


「……お母さん?」


百メートルは離れていた子供の囁きを聞き取り、再び火矢が暗闇を照らす。

子供まで10歩はある。

それでも駆け出そうと一歩踏み出したところで矢の1本が彼女の背中を貫いた。


父さん…母さん?


蘇る父と母の最期。

その忌まわしい記憶となった村も焼け落ち始めている。


「………右手に赤、左手に赤。」


俺の視野から赤が消えた。


「重色『赭』」


少女の周りに火矢が飛び散った事でついに俺の姿も見つかった。

笛の音で騎兵が集まってくる。


「矢、構え。」


彼らは俺を生かしておくきはないらしい。


「………。」


なら、俺も君らを生かしておく必要はないな?


「我が因縁と故郷を焼きし炎に応えしものよ。」


炎と放たれた赭は混ざり合う。


「放て。」


放たれた矢が空中で消し炭になった。

騎兵達の誰もが空に目を奪われ、次に真昼のように照らされた地面に気が付く。

自分達の影が前方に伸び、振り向こうとした。


じゅっっ……


1人の影が消えた。


じゅっっ……


また1人、また1人と影が消える。

後ろの存在が与える恐怖から振り替えることも馬は駆け出すこともできないまま生き残りは居なくなった。


「破壊の、殺戮の化身と言ったところか。」


遠目で見ていた俺とそいつの目があった。

四足歩行の獣、熊のような図体だが顔は狼に近い。

いや……そもそも燃え盛る炎のせいで正確な体型はわからない。

そいつが今度は俺に牙を向けて迫ってくる。


「こうも知性が足りないと大変ね。」


炎の獣の牙が届く直前で組伏せられた。


「ありがとう、レヴィ。」

「取り戻す?」

「これでいい。いや、違うな…これがいい。」

「そう?」

「うん。レヴィ、放していいよ。」


拘束が解けると同時に獣は村の跡地まで吹き飛ばされた。


「村の中にはいるのは随分久しぶりだ。木こりばかりして木材の受け渡しは何時も村の外だった。」


獣が再び襲い掛かってくる。


「ここは村長の家。代々続くなんて言っていたけど、領主に賄賂を送っていただけの話さ。」


獣が吹き飛び村長の家だったものが崩れ落ちる。


「ここは商人の家。随分安く買い叩かれたなぁ。」


倒れていた獣が吸い寄せられるように商人の家に叩きつけられる。

それが最後の一件になるまで続いた。


「ここは…俺の実家だ。誰も住んでや居ないが……。」


蘇る懐かしき思い出。

蘇る屈辱の記憶。


「躾というにはいささか乱暴だったな。ふむ…格付けといえば筋は通るか。」

「そうね。あんまりいじめると可愛そうよ?」


獣の戦意は折れてはいない。

仕掛ける時をはかれないのだ。


「それもそうか。なら早く感じ取れていてくれると良いんだが。」


獣にとって長い夜がようやく幕を開けた。

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