夜八時、おばけだぞー
神崎翼
夜八時、おばけだぞー
我が家では夜の八時ごろ、おばけが現れる。まるで絵本から抜け出してきたような、白くて足の見えない、お手本のようなおばけだ。今日もまた夜の八時ごろ、私がキッチンで残った家事をこなしているとき。キッチン横の廊下の奥から、ずるずると引きずるような音と共に現れた。
「おばけさん、こんばんは」
音に気付いて私がキッチンに立ったまま声を掛けると、おばけは「こんばんはぁ」と私の目線よりも大分低い位置から挨拶を返してくれる。おばけは小さいのだ。私の腰ほどの高さしかない。
「ねないのー」
「もうちょっと。おばけさん、食器を片付けてくれる?」
「はーい」
今日の晩御飯で使ったワンプレートを差し出すと、おばけがにゅっと白いシーツに包まれたような二つの手を伸ばして受け取る。気を付けてねと一言そえると、また「はーい」と言いながらおばけはしっかりと皿を持った。そしてずるずるとキッチンの外、キッチンにくっついているカウンターの下部に置いてある食器棚に向かう。大きなお皿はそっちに置いてあるのだ。私はその間に、キッチン内の高いところにしまう食器をテキパキと片付けて行く。一枚片付けるたびにおばけが戻ってくるので、その度に「これもお願いします」と食器を渡す。おかげで、すぐに食器の片づけは終わった。
「ねないのー」
「もうちょっと。おばけさん、ぬいぐるみを元の場所に片付けてくれる?」
「はーい」
出しっぱなしになっていたリビングのぬいぐるみを指さすと、おばけはそちらにずるずると近寄って、白い手でぎゅっと抱きしめて、そのままずるずる廊下の奥に消えて行く。私はその間に明日の朝ご飯用に炊飯器をセットする。あと減っていた水出し緑茶も作っておく。おばけは二往復して、二つのぬいぐるみを廊下の奥にある部屋へと運んで行った。
「ねないのー」
「もうちょっと。おばけさん、お部屋に戻って絵本を選んでおいて」
「はーい」
おばけはずるずる廊下の奥へと消えて行った。私は歯磨き等々寝る準備を手早く終わらせて、その後を追いかけた。廊下の奥にある、一つの扉。私はその扉をキィと開ける。
おばけはベッドの上に居た。こんもりと白いかたまりが乗っかっている形なので、遠目だと白いクッションが乗っているだけに見えるかもしれない。その隣には、運び込まれたばかりのぬいぐるみが二つ。私に気付いて振り向いたおばけが、一冊の絵本を掲げた。
「これがいいー」
「はいはい。それが好きね」
「うん、かわいい」
おばけとそっくりのおばけが描かれた絵本を持って、古いシーツで最近私が作ったおばけの皮の下から顔をのぞかせて、うちの子は笑った。
夜八時、おばけだぞー 神崎翼 @kanzakitubasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます