18.やっぱり大人って身勝手なのだ
「あっ、あっ、うわぁ…」
針口の口が開いて閉じません。目を見開きすぎて、涙が出てくるほどです。
強引にヴェニアミンが開けた扉の先には身長が3mほどの大きな赤ちゃんが居ました。
とても広い部屋の真ん中に、その化け物は王のように堂々と座っており、全員が冷や汗をかいています。
皮膚は火傷で
胸の所には心臓がぱっくりと見えており、周りは黒い血で汚れており、目からは血とよく分からない体液が流れており鉄と糞尿の香りがします。
「まみぃい…まみぃい」
その化け物はハムのような手を振り下ろしてきました。万有引力のせいか、はたまた重力のせいか、肉が少し飛び散っています。
「まみいいいぃぃい!!」
声帯は赤ちゃんですが、酷く濁っており聞いているだけで涙が出てくるほど酷いです。
「危ねぇ!」
最初はジタバタしているだけでしたが、段々と相手を狙って攻撃をしてきました。標的は針口裕精です。
「くっ…うわぁ!」
彼はなんとか避けましたが、攻撃の手は緩められていません。次は五郎が標的になりました。
彼は化け物が向く方向に五郎が居るのを見て、咄嗟に彼女を庇いました。
「危ないよ」
その隙にヴェニアミンが古びた剣でその化け物を叩き切っています。
「五郎大丈夫か?」
「うん」
五郎は怯えた表情で頷きます。お構い無しに化け物の泣き声は、どんどんとヒートアップしていき、鼓膜が痛くなってきました。
「こいつ、うるさいやつなのだ」
耳が人よりも結構良い薫田あるじは耳鳴りがしています。
そして、彼女はその化け物の巨体に椅子を突き刺していますが、全く動きを止める動作は見せません。
「頑張ってくださいねー」
「お前も戦え!」
争いの火蓋が切って落とされた時に、蝦蛄エビ菜は額縁を集め、その上に座っています。それに針口裕精が五郎を抱きながら怒鳴ります。
「私は役に立ちませんよ、きっと」
「それでもやれよ!」
状況を観察している彼女はこの化け物が五郎を殺そうとしているのに気が付きました。
「ニアミンよりそっちがいいの?」
ヴェニアミンは慣れた足取りで確実にその化け物に傷をつけていきます。その痛みに耐えきれていないのか、更に泣き喚いています。
「まみいいぃぃ!ああぁぁあ!!」
しかし、その攻撃の魔の手は五郎の方に向いており針口裕精は避け続けています。そろそろ体力の限界か、息が切れてきています。
「なんかっ!五郎の方を狙ってないかっ!」
「五郎抱っこして戦うのは面倒くさいね」
「そんな危険な事させんな!」
余程、彼はこの化け物と真っ向から勝負したいのでしょう。そして、そんな保育士のカスにツッコミをした所でまた手で押しつぶされそうになりました。
「目ん玉切り落としたらどうですかね」
「お主も手伝うのだ!」
薫田あるじは機敏な動きで刺していきますが、やはり所詮は椅子の足。殺傷能力が足りていません。
「仕方ないですね、少しだけですよ」
蝦蛄エビ菜の額が少し光った気がしました。彼女は座ったままで何もしていないように見えます。
「何もしてねぇじゃねぇか!」
そう針口裕精が言いますが、化け物の方を見ると動きが完全に止まっており、方向感覚を失っているようでした。
「あっ…?まみぃ…?」
その様子に戦闘をしていた二人は猛烈な攻撃をあの化け物にぶつけています。
肉は抉れて、血が大量に吹き出て、とても痛そうです。しかし攻撃は空振っています。
「ほら、少しだけ動きを止めました」
「早く殺しましょう。大嫌いなんですよ、こういう
彼女は冷静に言います。しかし、その化け物を見る目はどこか憐れみを持ったようなそんな儚い目でした。
「まみぃ…まみぃ…」
皮膚を突き破られ、肉を抉られ、神経をちぎられ、骨をも砕かれたその巨体の化け物はもう最初の頃の元気はなくなっています。
「今のうちなのだ!」
「うおおお!おら!おりゃ!おら!おりゃ!おら!おりゃ!おら!おりゃ!」
薫田あるじは自身の足と机の足を使って、その化け物に蹴りと刺しを交互に入れています。
段々と力もなくなり、床に伏せている化け物の命の灯火はもう残りわずかです。
「目的のための手段として死ね」
ヴェニアミンがその化け物の首を切り落としました。床には大量の血やよく分からない黒い液体が散っていきます。
彼らの服はそれのせいで汚れてしまいました。異臭を放っており、今すぐにシャワーを浴びて帰りたいほどにです。
「きちゃない!五郎、汚れていないか?」
「うぅ…気持ち悪いのだ」
「返り血は仕方ないよ」
五郎の綺麗なワンピースには血や液体は付着していません。必死に針口裕精が守っていたからです。
「床に破片が落ちていますよ、拾った方がいいんじゃないですか」
この部屋にヒール音を鳴らして入ってくるのは蝦蛄エビ菜です。彼女は自身の前髪を触りながら、もう片方の手で床に落ちている破片を指さします。
「何でお前は汚れていないんだ…」
「お主が拾えば良いのだーぶーぶー」
「化け物の欠片、投げつけようか」
三人が文句を言っても、彼女はどうでもいいといった感じで床にしゃがんでその破片を拾っています。
「私も手伝いますよ、皆さんがグズグズするから」
その対応に全員が反発しています。
「1枚だけだろ、誇るな」
「仕事量がおかしいのだ、労基に訴えてやるのだ。覚悟しろなのだ」
「全員平等に仕事しよう、思想も君も赤に染めてもいいんだよ」
ヤジさえ彼女にとってはどうでも良い事なのです。そして、その散らばっていた紙のピースを一箇所に集めました。
「集めてもどうすればいいんだ?」
「パズルみたいに並べて」
五郎は淡々と言いました。相変わらず、表情は変わらないので何を考えているのかよく分かりません。
「五郎の言う通りにするのだ、でもパズルは苦手なのだ」
つんつんと指でピースをつついているのは薫田あるじです。彼女は、かのSNSで最初に馬鹿をしでかした男の真似をしているかのようでした。
「俺は得意だがパスだ、アドレナリンが切れてちょっと吐ぎぞう…」
アドレナリンが切れて、興奮状態から冷めつつある針口裕精は胃液が登ってくるのを感じています。
「じゃあ針口は指示を」
「ニアミン達がやるよ」
狂人二人組に任せると、ろくなことが起きないと思います。しかし彼の判断力は鈍っており、簡単に了承してしまいました。
彼は指示をしていきます。予想に反して、狂人二人組は素直に聞き入れています。余程ここから帰りたいのでしょう。
「案外早くに出来た…か」
ヴェニアミンが最後のピースを元の形に戻した瞬間に、一枚の紙にもどっていきます。そして、その紙から眩い光が部屋一体に満ちてきます。
「汚物の光だね」
「興味無いので帰ってもいいですか?ファンデーション塗り直したいんですよ」
その光はドンドンと強まっていき、もう目が開けていられないほどです。
「お前らマジで緊張感ねぇな!」
針口裕精の声だけが部屋の光に対抗していました。
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