9.美人画はいいよな、見ていて心が浄化される


「うぅん!兎にも角にもだな」

「話の逸らし方が下手くそですね」


 蝦蛄エビ菜がそうツッコんでも、彼は無視して議論の方向へと話を強引に持っていきます。


「もうこの部屋のものは全て調べ尽くしたはずだ。そして、俺はこの部屋をこの絵画の女性に関連、または隠喩されていると考えているが他に意見はあるか?」


 そう彼が言い放つと、薫田あるじが元気いっぱいに手を挙げます。針口裕精は彼女に意見を求めに行きました。


「難しいことは分かんないのだ。でもこの絵画の女の人に全部が関係するといったら、それは違うと思うのだ」

「それは何故だ?」


 彼がそう聞くと、薫田あるじはさっき自分が座っていた木のオブジェクトにやんわりと手を置きます。


「だって、この変な木のやつは何を意味するのかさっぱり分からないのだ。この鉄格子もこの女の人の趣味ならだいぶ過激なのだ」

「これってアレに似ていますよね。確か、ニュースのスケッチブックの…」


 蝦蛄エビ菜はその木のオブジェクトを見た瞬間から、何かに似ていると思っていました。しかしそれの名前や用途等は、全く思い出せなかったのです。


「裁判所で被告人が立つところか?」

「あ、そう、それです。被告人席でしたっけ。憶測でしかありませんが、これに直接的な意味合いはないと思いますよ」

「実際に捕まったり実際に裁判にかけられたりした事はないと。なるほど、面白い」


 蝦蛄エビ菜は彼に言われて、やっと思い出しました。喉に引っかかったものがやっと取れたような気持ちになりました。


 ちなみにですが、被告人席の半分が壁に埋められています。


「つまりこれは、この絵画の女性の心理的、または抽象的な象徴って事か」

「どういうことなのだ?」

「絵画の女が追い詰められているって感じているのでしょう」

「おーだいぶヤバめなのだ」


 針口裕精は難儀な単語を使っておりますが、意味合いとしては、彼女が言っているのと同じです。


 そして、薫田あるじは彼の発言に対して何も理解できなかったのですが、蝦蛄エビ菜の解説で理解しました。


「じゃあこの壁紙の目はどうなるのだ?」


 積極的に薫田あるじが質問してくれるので、針口裕精は有り余っていた知識を素早い回転で、活用していきます。


「それはまだ俺にも分からない。黒い点から目に変わるのは何を表しているのか」

「絵画の方の考察もやらないとね、絵画のお姉さんの後ろが気になるよ」


 ヴェニアミンが今まで黙っていたのは、絵画について考えていたからです。五郎の部屋にあった夫婦の絵画とも照らし合わせて、考えておりました。


「人が沢山いて…なにかを見つめているのだ?これはてるてる坊主なのだ、明日の天気は晴れのち晴れなのだ」

「てるてる坊主のようだが、この女性の服装を歴史的観点から見てそれは有り得ないな。これは…」


 もう一度記載しておきます。絵画には前側に女、そしてその後ろは大量の人混みに何かが吊るされています。


 そしてそれをじっくり見ていくと、針口裕精はある事に気づきました。いえ、気づいてしまったというのが正しいでしょう。


「首吊りをガン見している場面ですかね」

「あっ…う、うわぁあ!こんな怖い絵、だえが見るか!そうしゃべるのはやめろ!」

「なんで首吊りが描かれているのだ?何か関係があるのだ?」

「そこまでは分かりませんよ」


 それを首吊りと認識してしまうと、もうそれにしか見えなくなっていきます。そして女性陣はそこまで怖くは感じませんでしたが、彼だけはこの絵を怖く感じています。


「この絵の背景は大量の人が一点を見つめている、そしてこの壁紙は部屋の奥に行くにつれて段々と目になっていく。そして噂」

「あぁ、裁判所で更に追い詰められるように人々の好奇の目に晒されると。なるほど、中々凄まじい人生だな」


 ヴェニアミンはただ独り言で、情報を整理していたつもりでしたが、針口裕精がそれを聞いて更に推理を深めるのでした。


「この女の人は昔に浮気してその時出来た息子も取られて、その浮気の噂も流されて街に居場所もないので死にます。結局はこのような解釈になるのでしょうか」

「今のところは、だね」


 狂人2人はそう解釈しました。


「ジョルシュって人も気になるのだ。この人と女の人…愛人さんがこの散らばっている紙に書いたのは推理出来たのだ。でも、もう一つの文体で書いたヤツは一体何なのだ?」


 彼女は絵画の女を愛人さんとあだ名をつけました。薫田あるじは分かりやすくつけたつもりでしょうが、強烈なインパクトのある名前となってしまいました。


「愛人さんって…言い方が酷いな」

「こっちの方が分かりやすいのだ」


 そう彼女は自信ありげに言い放ちますが、針口裕精はあまりにもネーミングセンスがない事に引いています。


「愛人さんとジョルシュのクズが書いたと私は思いますよ」

「ジョルシュのクズって…お前ら、あだ名が酷くないか」


 蝦蛄エビ菜は人に対する尊敬は持ち合わせていませんし、この場にはいない人物なので、酷いあだ名をつけても何とも思っておりません。


「あちきは愛人さんと違う人が書いたと思うのだ。ジョルシュはなんか?なんか、もっとアホそうな文を書くはずなのだ」

「それをアホなあるじたんが言うんだな」

「何も言い返せないのだ…」


 これからは絵画の女を愛人と記載します。


 彼女が言いたい事は、この部屋の前側に散らばっていた紙を書いた人物は愛人と、ジョルシュではない人が書いたという事です。


「愛人さんとの昔の関係を暴露するなんてジョルシュがアホな証拠なのだ、この手紙が証拠なのだ」


 愛人の遺書を持っていた薫田あるじは、それを裁判所で勝った時のように、もしくは水戸黄門のように大人達に見せつけました。


「この手紙だと、ジョルシュのクズが噂を流した事になっているんですが、変ですよね。わざわざ昔の浮気の噂を流すメリットはありません」


 蝦蛄エビ菜は五郎の頭を撫でながらそう言いました。触っていても、彼女は何も反応することなくずっと黙っています。


「自爆しているしな。この浮気の噂はこのジョルシュのクズが流したとは考えられない」

「じゃあ誰が流したのだ?」

「それは…分からない」


 まだそこまで情報が出尽くした訳ではないので、彼は少し口をつぐみました。


「別の誰かじゃないかな、例えばこれを書いていたもう1人。ニアミンはあるじちゃんの提唱する人物Xを信じるよ」

「えっと、ありがとうなのだ」


 散らばっていた紙に色々と書いていた2人の人物は愛人と別の誰かという考えを肯定され、そして更に推理を広げられました。


 しかし、薫田あるじは馬鹿です。ヴェニアミンの発言を少ししか、理解出来ていません。


「じゃあ次の部屋に行きましょうか。もうここには調べられる物も何もないありませんからね」


 蝦蛄エビ菜が話を一旦区切って落ち着かせた後、次の部屋へと話題を変えます。


 全員、この部屋から出ていきました。


「五郎、次は何処に行けばいいのだ!」

「ここ。ここがいいと思う」


 また彼女が聞くと、五郎は今いる位置の対角線上にある部屋を指さしました。


 そこに行くと先程の愛人の部屋とは何ら変わりないドアがありました。


「じゃあ入るよ」

「ドアノブをガチャガチャするな!」


 先にヴェニアミンが入ろうとします。ドアノブを強引に回して入りました。

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