10.次はババアの部屋なのだ!

 そこは協会のような神聖さを帯びているも、少し寂しさを感じさせる白い部屋でした。


 部屋の両側の窓からは光が入ってきて、より一層しんみりとした空間になっています。その床には子供服四着に、スーツが脱ぎ捨てられていました。


 部屋の奥には棺桶とその棺桶の上に飾ってあるのは老婆の絵画でした。それが全員には遺影にしか見えず、悲哀に満ちている印象を受けます。


「子供の服が落ちているよ、育児放棄だね」

「こういう教会みたいな所は虫唾がカーチェイスしますね」


 また、こんなにしみじみとした空間なのに狂人二人はブラックジョークを吐いています。


「異様なのだ…」

「この2人の事か?それなら同情する」


 そして世間一般で見れば、まだ常識はあろう後の二人は、この空間があまりにも他の部屋と系統が違うので少し気持ち悪く思います。


「じゃあ五郎、ここに見覚えはあるのだ?どっちなのだ!」

「ない」

「うーん予想通りだったのだ」


 そして薫田あるじは五郎にまた同じことを聞きましたが案の定、彼女はまた同じ顔でまた同じ事を言いました。


「外は何もないというか、霧が濃くて何も見えないな」

「こんなに歩いたのは久しぶりですね、足が疲れてしまいました」


 女性陣は自由に動き、薫田あるじは部屋の両側にある右の窓を見ています。そして蝦蛄エビ菜は疲労した足を手で撫でています。


 彼女は窓の外を覗いてみても、真っ白い濃厚な霧が窓を覆って何も見えません。


 見えないことが分かったので、彼女は床に散らかっている小さい女の子の服を調べることにしました。


「なんでスーツとワンピースが糸でくっついているのだ?」

「わぁ、この服だけは上等な生地だね」


 その小さい女の子の服4つの内、3つはロリータ系の服ですが、あともう1つはとても豪華で上質な生地で作られた服だということが分かります。


 そしてヴェニアミンが、その豪華な幼女服に縫い付けられたスーツを拾い上げました。そのスーツもオーダメイドの高級な品です。


「ちょっとそれ俺にも見せて…ぁああ!!何やってんだ墓荒らし!」

「ハリネズミ?何を言っているんですか針口、いくら学生時代のあだ名が牛のタンカスだからって可愛らしい名を求めないでくださいよ」


 針口裕精はその幼女服に縫い付けられたスーツに何か手がかりがあると思い、そっちに行こうとしました。


 しかし、蝦蛄エビ菜が棺桶の上で座って休憩していたのに目がいき、そして怒りました。


 不謹慎というのも理由の内に入りますが、そもそも遺体が中に入っているだろう棺桶の上に座るなんて彼には思いつかない事だったのです。


「どういう思考回路だ、棺桶に座るなんて有り得ない。早く降りろ馬鹿!」


 彼は蝦蛄エビ菜の腕を引っ張ると、すぐにそこに座るのをやめました。


 彼女は何故彼が怒っているのか理解しませんでした、理解する程の倫理も人情もないので自分の行為を恥じることもありません。


「神に対する冒涜だよ」

「神なんていません、居るのは守銭奴と馬鹿だけですよ」

「は?無神論者め。都合の良い時には祈るくせに、運命は神のみぞ知るというのに」


 ヴェニアミンは運命は必ずあると思っているので、それを決めているのは人よりも上の存在、つまり神はいると思っています。


 そして彼女は過去の体験により宗教やオカルトが大嫌いなので、棺桶の上に座ってもどれだけ道徳的に悪い事をしても何とも思いません。あぁ、それは彼も同じでしたね。


 ヴェニアミンと蝦蛄エビ菜は表情は変わっていませんが、声色が怒りを帯びています。


「落ち着け、宗教に関してはマジで落ち着け。ここで仲違いをしてもどうにもならないぞ。いやマジで」

「その棺桶の中に何かあるのだ」


 そして、針口裕精は歴史をよく学んでいたので宗教絡みの争い事は、沼のようにドロドロとした戦いになるのです。

 だからこそ、今仲違いをしてもこの状況はどうにもならないからです。


「ちょっと家宅捜査しますね」

「待ってくれ!荒らすのはシャレにはならんって!ばちがあたるぞ!」


 口喧嘩をしていたのに蝦蛄エビ菜は棺桶の蓋を開けました。


 その急な行動に針口裕精が彼女がこの棺桶の中身を食べるか吸うか、とりあえず頭のおかしい行動をすると思い止めようとしましたが、時すでに遅しです。


「人間の骨だけですね」

「普通は土葬だよ、燃やされたのかな」

「にしては綺麗すぎるので違いますね。自然に肉が落ちたのでしょう」


 そして彼女は蓋を乱雑に床に落とした後に、その中身を彼と一緒にじっくりと見ています。


 先程まであんなに怒りに身を任せていた2人でしたが、今ではもうすっかりそんな事は忘れて、目の前にある棺桶に入った骸骨を考察しています。


「ひっ!お前ら人じゃないぞ。それが偽物だとしてもだな…というか死体で仲直りしてんじゃねぇ!」


 レンブラントのニコラース・テュルブ博士の解剖学講義の絵画のように、その白骨死体を取り囲んでいました。


 その様子が針口裕精にとって物凄く異様で、そしてその白骨死体を偽物だと思い込んでいました。そうしていなければ、吐いてしまうからです。


「あはは、お葬式に出席すれば本物なんて沢山見られるでしょう?針口は変な事を言いますね」

「エビ菜ちゃんの言う通りだよ、この骨は女性の老人かな」

「あ、腰の骨が大きいのと所々脆くなっているからですかね」

「うん、よく分かったね」


 この会話の中で、2人は一切表情を変えておらず雰囲気はあまりにも穏やかでした。


 そしてその骸骨は老婆の骨と分かりました。


「人の白骨死体で仲良くなっているのだ…」

「もうなんだよこいつら」


 また常識人2人は骸骨を目の前にして仲直りするどころか、仲が深まっているということに寒気がしました。


「先生、肋骨の中に本が挟まっていますよ。読めますか?」

「わぁ、本当だ。ニアミンに任せて」


 ヴェニアミンが骸骨の肋骨の中に手を入れて中の本を取り出しました。その本は古くなっており、埃が被っていて少しだけですが蛆虫のような小さい虫が付いていました。


 この一連の行動により、針口裕精は気持ち悪さの上限を突破し吐きかけていました。


「吐ぎぞう」

「頑張るのだ針口」


 薫田あるじは顔色の悪い彼を心配していました。彼だけがこの中でまともというよりかは普通に生きているからです。


「あるじだんが癒じだ」

「だいじょうぶ?」


 五郎も彼女と同様に彼を心配していました。


「五郎もまどもで良がっだ」


 胃液が込み上げてくるのを我慢しながら言いました。彼は吐き気による幻覚か、この女の子達が天使に見えてきました。


「なんか針口の体調が悪いようですね。この本でも見て安静にしてください」

「ごぽぽぽっ…!」


 蛆虫を彼の目の前にして蝦蛄エビ菜は本を開けて見せてきました。本の中の紙にも虫がおり、それは潰れていて内蔵と体液が張り付いていました。


 その本の中身を薫田あるじにも見せました。彼女は咄嗟とっさに五郎の前に立ち、絶対に見せないようにしましたが、彼女本人は見てしまいました。


「なんで人の骨の中にあった本を見せるのだ!む、虫!あ、あちきもは、吐きぞう…」


 彼女はまだ吐き気に襲われただけですが、針口裕精は顔色がゲーミングPCのように七色になっています。


 そして見せた犯人はケロッとしており、事の重大さに全く気がついていません。


「メガネをしている方は本を見たら安心すると思いまして」

「吐くなら廊下でね」


 狂人二人は廊下の方を指さしました。


 そして、常識人二人を吐き気に襲わせた犯人は取って付けたような理由を言ったことにより更に反感を買いました。


「ぞの理屈ばおがじい…うっ!人の倫理がねぇば!ごぽぽぽっ!」


 針口裕精は部屋から出て、ドアの横に吐いてしまいました。

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