7.パクれそうなのが沢山ですね

 扉を開けてみると、白い壁紙は黒い点々に覆われており、床には古びた紙が散らばっています。部屋の真ん中に鉄格子があり、その先はよく見えません。

 部屋の前側にはアンティーク物であろうクローゼットがあります。


「前衛的ですね」

「どういう部屋なのだ?」


 蝦蛄エビ菜は特になにも考えずに、それを言いました。彼女は正直に言うと家具やら部屋の構造なんて木っ端微塵も興味がないからです。ただ彼女は鉄格子を見るとイラッとするのでした。


 薫田あるじは首を傾げています。彼女が一番先に部屋に入って、紙が散らばった床に座り込んでいます。


「うわぁ…」

「五郎のセンスだね」

「絶対に五郎は関係ないだろ」


 針口裕精はこの部屋のアンバラスさ、そして錆びている鉄格子を見て不快な思いになりました。

 あまりにも世間の一般的な部屋とはかけ離れているからです。


 特にヴェニアミンはこの部屋に対しては何も思いませんでした。しかし、鉄格子を見ると彼もまたイラッとしました。


「紙が沢山ちらばっているのだ!書類…ではないのだ、何なのだこれ?」

「未練たっぷりのポエマーでもこんなの書きませんよ」


 薫田あるじは座ったままその紙を拾って読んでみましたが、難しい言葉ばかりが使われているので理解するのに少し時間が掛かりました。


 彼女が拾った紙をチラッと見た蝦蛄エビ菜は一瞬、思考停止しました。その紙に書かれていたのは不倫や後悔を題材にしたポエムのようでした。


 蝦蛄エビ菜はこういった精神が蝕まれるような文は大嫌いです。読んでいて、つまらないからです。


「筆跡からして2人が書いているね」

「これもまた何かのヒントか?内容からして浮気をしたのがバレて追い詰められた…とか」


 ヴェニアミンはこの大量に散らばっている紙を10枚拾った後に、要点を絞って読んでいきました。そして気づいたことはこの大量に散らばっている紙には半分以上が文体が違うのです。


 針口裕精も紙を3枚ぐらいを拾った後に、彼と同様の読み方をしました。彼はこの紙全体の内容が浮気に関することだと気づきました。


「その線でいくと、これを書いた2人は浮気の関係にあったという事ですかね」


 そう蝦蛄エビ菜が言うと、薫田あるじが立ち上がって彼女の発言に対して反論しました。


「でも、この紙を書いた2人は浮気関係じゃないと思うのだ。でもね、この2人がどういう関係なのかは分からないのだ」

「このカクカクした感じのやつは許さないって感じなのに、このぴゅってなっている方はもうダメだー!って感じなのだ。分かるのだ?」


 一生懸命に説明している様子が可愛いので、大人3人はほんわかした気持ちになります。


 彼女が言いたかった事は、これを書いた2人は浮気関係ではなく、もう1人は復讐に燃えており、もう1人は鬱状態で無気力といった特徴があるという事です。


「その文章だけですと、なんとも言えませんね。あ、このネックレスは良さそうですね」

「いつの間にクローゼットに飛びついているんだお前は。蝦蛄さんの事だから高く売れそうだとか思って、漁っているんだろうが」


 そう言いながらも、蝦蛄エビ菜はこの部屋の前側にあったクローゼットを開けて中身を漁っています。

 思った以上にもクローゼットの中は広く、沢山の女物の衣類やアクセサリーが溢れかえっています。


 針口裕精はもう慣れたのか、それとも呆れてしまったのか、彼女を見下した目で見ています。


「他人の私物を売るなんて考えませんよ普通。常識がないんですか?」

「じゃあ、それをどうするんだよ」

「このデザインは古臭いので、宝石の部分だけ取り除いて私好みのデザインにします。そして飽きたら売ります」


 彼女はクローゼットの中身を徐々に外に出しています。出された物は全て高級そうな物ばかりですが、ホコリを被っています。


「結局売っているだろう」

「凄い、自分の欲に素直だ」

「ニアミンさんも変わらないだろ」


 ヴェニアミンは蝦蛄エビ菜の底知れない欲望の叶え方に感心しました。しかし針口裕精からすれば、彼も彼女も変わらないと思いました。


「それでクローゼットには何かあったのだ?」

「アクセサリーの類いは大量ありましたが、指輪だけないんですよね、服や帽子だって沢山あるというのに。これだけはないんです」


 彼女はクローゼットの中身を全て出し終えました。莫大な資産を持ったセレブでさえ、これ程にまで大量のアクセサリーは持っていないでしょう。


 そして、彼女の手には黄ばんだ古い紙が握られていました。それを広げて、その書かれている物を皆に見せています。


「あ、あとこれが」

「お主、あちきに外国語なんて見せるべきじゃないのだ。頭が痛くなってきたのだ…」


 薫田あるじは英語のテストの点数を思い出し、気分が悪くなりました。目を手で押さえて頑なに見ようとはしません。


「かなり古い手紙だな。英語ならかろうじて読めるが、読みにくいな」

「解読は無理なのでしょうか、私達の中で英語が分かりそうな人は…」


 その手紙に書かれた英語は筆記体であり、所々掠れている部分もあります。解読をしようものなら、膨大な時間がかかるでしょう。


 そして針口裕精は英検準1級を持っているため英文自体を読むのは容易いです。しかし、この手紙の場合ではやはり時間がかかります。


 蝦蛄エビ菜は、英語が分かる彼をイキっているのだなと思い、無視しました。


 そしてこの英文を他に読める人を探す事にしました。


「いるのだ、ロシア人」

「ロシアの公用語は英語じゃないだろ?本当に大丈夫なのか、色々と」


 薫田あるじは手で目を押さえるのをやめました。いつまでもウジウジするのは嫌いだからです。そして彼女はヴェニアミンを推薦しました。


 彼女は単純に外国人であるヴェニアミンなら読めるであろうと、そんな単純な考えで彼を推薦したのです。


「ニアミンはロシア語とスペイン語と英語と日本語とフランス語が喋れるよ、君達はニアミンを舐めすぎだよ」


 針口裕精は衝撃を受けました。ロシア語と英語が話せる程度なら、彼も覚悟していたからです。想像以上の語学力に、彼は驚愕と畏敬が混じった感情になりました。


「ま、マルチリンガルってレベルじゃねぇぞ。なんでそんなに覚えられるんだ?」

「現地に行くのと慣れるのは大事、大変だったけど」

「6カ国も留学出来る財力が羨ましいな。現地で学べるなんて贅沢だ」


 針口裕精は大学生の頃、留学したいなと考えておりましたが、海外の治安の悪さにビビって留学を諦めました。


 ヴェニアミンはある目的のために、その大量の語学を勉強しなければならなかったのですが。それはまた別のお話。


「そんなに話せたらいっぱい!いーっぱい友達が出来るのだ」

「では、この紙を解読できますね?」


 薫田あるじはぴょんぴょん跳ねて楽しそうにしています。それを横目に、蝦蛄エビ菜はその手紙を渡しました。


「読む」

「さがしいにも程があるだろ!」

「だから何語なのだ?」


 ヴェニアミンはそれをサラッと読んで、和訳しました。彼はそれを保育士の経験を活かして本気で読みました。


「親愛なるジョルシュへ。

 私はもう耐えられないわ、貴方は私の息子を奪ったくせにね。もう宝石もお洋服も要らないわ。ご機嫌取りのつもりならもっとマシな方法があるよ」

「町にも住んでいられないわ、もう浮気なんて過ぎたことでしょうに。噂は貴方が流したのかしら?でも、貴方にとってもそれは不味い事よ。私は別の所に引っ越すわ。地獄という所によ、貴方もいずれ来るでしょう。楽しみに待っているわ」


 彼のその澄んだ川の流れのようにスラスラと読み、この場がもし舞台の上ならば彼は拍手喝采されていたでしょう。


「この手紙の主の名前の所は分からない」

「浮気で出来た息子を取られちゃったし、昔にやっちゃった浮気の噂も流されて町にも居られないので、死にまーす」


 蝦蛄エビ菜がまとめました。ヴェニアミンは読んでいるだけだったので、全く内容把握が出来ていませんでしたから好都合です。


「大体はそんな感じだね」

「ジョルシュ、言いにくいのだ。そのお手紙の文字とこの紙の書かれた文字に似ているのだ、書いた人が一緒なのだ?」

「多分そう」


 薫田あるじは彼の持っている手紙に近づいて、持っていた紙とその手紙を照らし合わせました。


 筆跡が同じであることから、同一人物が書いているという情報が得られました。


「この部屋はポエマーばかりですね」

「おい今ポケットにアクセサリーを詰め込んだろ。何してんだ、おい」

「なんの事ですか。それよりもこの鉄格子どうします?鍵穴すらないようですが」


 蝦蛄エビ菜はちゃっかりとアクセサリーをスーツの内ポケットに忍ばせようとしましたが、針口裕精に気づかれてしまいました。


 しかし、肝心のアクセサリーは手に入ったので問題はありません。彼からしてみれば、盗みを働いているのですが。


「本当にタダの鉄格子なのだ。あ、あっちの方に絵画があるのだ」


 鉄格子は1本1本が分厚く、奥の景色が良く見えません。また錆が出ています。


「ニアミンに任せて」

「おい待て待て待て待てぇ!また物を壊す気か!他の部屋にこれを外せる道具か何かあるはずだから!待てよ!」


 そしてヴェニアミンがその鉄格子を手でこじ開けようとします。それを阻止しようと、針口裕精が彼の服を引っ張りますが、ビクともしません。


「ニアミンはね、鉄格子を見ると上司のこと思い出すからこれを破壊しても問題ないよ」

「その理屈はおかしいだろ!え、何故上司を思い出すんだ?お前は上司に何をしてしまったんだ」


 彼は振り返って針口裕精に微笑んで、説明しました。その説明があまりにも突飛なので針口裕精は困惑して力を緩めてしまいました。


「ほーい」

「うわあああ!!やりやがったな保育士!」


 隙が出来たので、ヴェニアミンは目にも止まらぬ速さで鉄格子を破壊しました。掴んでいた鉄格子は外れてしまいました。

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