5.廊下は何もないな、良かった

 全員、またあの白い部屋に戻りました。戻ってみても何も変化はありません。


 そして一旦、椅子に座ってこれからの事を話し合うのでした。しかし五郎の席はなかったので、薫田あるじの膝の上にちょこんと乗っています。


「で、これからこの扉の外に行く訳だが」

「その前にいいかな」

「どうしたニアミンさん」


 ヴェニアミンが机の真ん中にある紙を取り、五郎の前に置きました。彼はこの文章を書いたのは記憶喪失前の五郎ではないのかと考えて、彼女にあえて見せました。


「この紙、見覚えはある?」

「あぁ、そういえば文中にありましたね、私もあなた達も出られないとか何とか」


 またこの紙の文章をここに記します。


 絵画一族の謎をといて、そうしないと出られない。あなた達も私も。


 そしてこの文章を見た五郎はじっとその紙を見つめています。彼女が黙っている時間と比例して、もしかして思い出したのではないかという期待も増えていきます。


 彼女はやっと口を開けて、言いました。


「ない」

「ですよねー感が半端ないのだ」


 一番期待していた薫田あるじはがっかりとまではいきませんが、呆れてしまいました。


 しかし、五郎の雰囲気が急に変わりました。先程までの幼くて幸が薄そうな彼女が、大人びて覚悟を決めているような、そんな決意を感じる顔つきになりました。


 薫田あるじの膝の上で寂しそうに座る五郎ではなく、堂々と自信のあるような振る舞いをしています。


「でも、絵画一族はなぜ死んだのか、そして死ぬまでの経緯を考えて欲しいんだと思う」


 確実にそこに居るのは全員が知る五郎ではありません。貫禄のある大人のようでした。


「よく喋りますね、体調悪いんですか?」


 蝦蛄エビ菜は急に変わった五郎にゾッとしました、彼女は五郎が何者かに取り憑かれたかのように見えたからです。


「いや逆だろ、お前の感性どうなってんだ」


 対照的に針口裕精は五郎が記憶を取り戻したと思っています。彼は元の彼女の事なんて何も知りませんが、記憶を取り戻したのなら、性格が変わるのは当たり前だと考えています。


「これはちょっと思い出したのだ!この調子でもっと思い出すのだ、五郎」


 そう考えていたのは針口裕精だけではありません、薫田あるじもそうポジティブに考えていました。


「それが謎か。つまりだな、絵画一族が全員死ぬまでの経緯を考えろって事か?」


 針口裕精が簡潔にまとめました。そして、やるべき事を見つけた彼はこれから何をすればベストなのかを話し始めました。


「ここに居ても仕方ない。この扉の先に何か五郎に関する事や絵画一族の事が分かるかもしれないな」


 話している内に、段々と薫田あるじは飽きてきてしまいました。膝の上に乗った五郎は脱力して初めて会った時に戻っています。


 彼女は気づきました、針口裕精が少し震えていることに。そして彼女は五郎を膝から下ろして机の下を覗きました。


「ありゃ?足が震えているのだ」

「べ、べべ別に怖いだとか嫌だなぁ出たくないという訳じゃない。勘違いをするな、甚だしい。俺はただ…」

「ツンデレは美少女の特権ですよ?」


 彼は薫田あるじの発言で、顔が青くなり怖気付いているのがよく分かります。


 そして彼は墓穴を掘ってしまいました。それを蝦蛄エビ菜は面白がって、また冗談を言っていますが、表情は変わりません。


 ずっと笑顔なのかよく分からない表情をしています。


「この扉からは何も聞こえない、異臭もなし。人や動植物がいる訳でもなさそうだね」

「じゃあ開けるのだ」


 ヴェニアミンと薫田あるじは扉の前に行き、その扉を調べました。


 扉は誰にでも開けられそうで、特におかしな所はなく、どこにでもある普通の扉です。

 そして薫田あるじがその扉を開けました。


「おいもっと丁寧に開けろよ」

「顔が青いですね、扉の音でびっくりしたんですか?」

「は?子供じゃないんだ、有り得ない」


 扉を強く開けたので、大きな音がしました。それに針口裕精はビックリして肩が上がりました。その様子にまた蝦蛄エビ菜は彼を馬鹿にしました。


 それに逆張りで針口裕精はキレて、否定しました。その一方でヴェニアミンと五郎、そして薫田あるじは扉の前に居ます。


「よっと、やっと、おらぁ」

「なんでものをなげるの」

「分かんないのだ。でも多分何かあるのだ?」


 ヴェニアミンは扉の前で、椅子を集めてそれを扉の先の廊下に投げています。投げているだけですが、椅子は木っ端微塵になって廊下に撒き散らされています。


 それを幼い二人が興味深く見ています。


「投げた勢いで椅子が粉々じゃないか、物を不用意に壊すなと言っただろう」


 針口裕精がヴェニアミンの肩に手を置いて、また説教をしています。彼は針口裕精の方をチラッと見て、首を傾げました。


「地雷あるかなって」

「は、じ、地雷?そんなモノ埋まっているわけがないだろう。いや、もし地雷があったら…」


 その単語を聞いた瞬間、また彼の顔は青くなりました。冷や汗が出ており、確実に怖がっているのが分かります。


 そしてヴェニアミンはその反応を見て、更に面白く出来ないかと考えた結果、次の言葉が出てきました。


「みんな血肉のボルシチだよ」

「ぎゃあああああうううあ!!!」


 彼は子供のように泣きわめいています。予想通りの反応でヴェニアミンは嬉しくなりましたが、彼の叫びは飽きてきて、耳障りになったのでしょうか。


 彼は針口裕精の口にその包帯が巻かれた黒い手袋をしている手を押し当てて、強制的に黙らせました。


「お口チャックだよ、敵は居ないけどね」

「くぐぅんん?」


 彼は苦しそうにしています。ヴェニアミンはこれ以上押さえると彼が死んでしまうと思い、離しました。離すと、彼は犬のような呼吸をしていて、とてもマヌケに見えます。


「そこの二人は何をやっているのだ?」

「さぁ?知りません。私より可愛い子達は私の前に行ってくださーい」


 その様子を女の子達は呆れて見ていました。そして、蝦蛄エビ菜は自分より幼い子達を先に行かせようとします。


 彼女はこの子達を先に行かせて、その道の安全を知ろうとしているのです。


「わたし、あるじといく」

「あちきも五郎と一緒に行くのだ」

「あらら振られちゃいました」


 しかし子供はそんなに単純ではありません。五郎は薫田あるじに抱きついて、扉の先に出ようとしません。


「そりゃあ安全な方に行くだろ」


 その様子を噎せながら見ていた針口裕精は当たり前のように言いました。


「…あぁ、そう」


 そしてニアミンが廊下の一番奥に居ました。こんな茶番が続くのは耐えられなかったので、先に行っておりました。


「ニアミン先生待ってくれなのだ!もうあんな遠い所にいるのだ!」

「おーい先生何か見つけたんですかー?」

「ニアミンさん離れるな!もし怪我したらどうするんだ!」


 ヴェニアミン以外の現代人が彼に向かって大声で言っています。薫田あるじは置いていかれてしまうという焦りから、蝦蛄エビ菜はただただ面白そうな匂いがするからです。


 そして針口裕精はこの扉の外が安全だとは思っておりませんので、ヴェニアミンを心配しています。


「暗号を見つけた、こっちに来て」


 ヴェニアミンから返答が来ました。暗号、というロマン溢れる言葉に興味を持った現代人共は即座に反応しました。


「え、マジか」

「面白そうなのだ」

「金品財宝はありますかね」


 一斉に4人がヴェニアミンの元へと向かいます。扉の外は白い廊下で、4つの扉がありますがそれ以外は何もありません。


 そんな殺風景な廊下を小走りで行きました。そして、彼の元へと着きました。

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