4.部屋を物色するよ
五郎はそのままの体勢で4人のことについて知ろうとしました。さっきは笑顔になったとはいえ、やはり知らない人というのは子供からすれば怖いものです。
「それで、あなたたちはだれなの」
布団を握りしめてそう言いました。その様子に全員すぐに気がついて、普段よりも落ち着いた声で自己紹介をしました。
「あちきはあるじなのだ」
「私は蝦蛄エビ菜、お姉様でいいです」
「俺は針口裕精だ。好きに呼べ」
「ヴェニアミン、ニアミンだよ」
落ち着いた声で自己紹介をしたお陰か、彼女は布団を握りしめるのをやめて、少し緊張がほぐれたようにみえます。
「あるじにエビ菜、針口にニアミン」
「何故俺だけが苗字なんだ」
「お姉様でいいんですよ〜?」
針口だけ全員から苗字の呼び捨てです。そして残念そうに蝦蛄エビ菜は五郎に話しかけますが、反応はありません。
「名前なんていくらでもつけられるのだ。ここから早く出ないと時間がなくなるのだ」
「賛成。五郎の部屋を物色するよ、脱出のヒントや彼女に関する事が分かるかもしれない」
薫田あるじは早く帰らないと、ポッコーンケースの中のポッコーンやドリンクの中に入っている氷が全てなくなってしまうと思ったからです。
そしてヴェニアミンも同様の理由です。早く帰らないと、休憩時間に飲んでいた特製のジュースが蒸発してしまうからです。
「勝手に部屋を漁るのは気が乗らないが…仕方ないな」
「ここで探せるものはベット付近、大きな机にクッションの山でしょうか」
その提案に針口裕精はあまり乗り気ではありませんが、ここでウダウダ言っても仕方ないので腹を括りました。
この部屋で怪しそうな所は、ベット付近にある大きなぬいぐるみにアンティーク調の白い大きな机、そして蝦蛄エビ菜が滅茶苦茶にしたクッションの山です。
「五郎はほんとにこの部屋に心当たりとかないのだ?」
「ない」
一応、薫田あるじは彼女に聞いてみましたが返答は分かりきったものでした。
「じゃあエビ菜ちゃんはクッション、針口とあるじちゃんはベット。ニアミンと五郎は机を物色するよ」
「わかった」
全員が了承し、各々調べる場所に行こうとした所で蝦蛄エビ菜がとあるクッションを取って裏を全員に見せました。
そこには乱雑に糸で縫い付けられた鍵がありました、今にも取れそうです。
「実はクッションの山はもう調べ済みなんですよね。たまたま吸っていたクッションの裏に鍵がありました」
彼女は舌を出して片目をつぶります。その表情は針口裕精をイラッとさせました。
そして彼女はその乱雑に縫い付けられた鍵をはぎ取ろうとすると、糸がぶちぶちと切れていきました。
「地味に有能なのが腹が立つな」
「まぁまぁいいのだ。その鍵はどこに使うのだ?元にいた部屋のドアに使うのだ?」
「用途なんて知りませんが、2人がベット付近を調べたら何か分かるかもしれませんね」
彼女に言われて、2人はベット付近の捜索にあたります。しばらく探していると机がある方向からヴェニアミンの声がしてきます。
「ベット付近は見つかった?」
「何にもないのだー」
薫田あるじはつまらなそうな顔をして、ベット付近を探していますが、何も見つかりません。あるのはホコリとおおきなぬいぐるみの糸ほつれだけでした。
「いや、あるぞ。両隣のデカいぬいぐるみには何もなかったがベットの中に炭みたいなのがついているな」
「おーホントなのだ」
針口裕精が何か見つけました。しかし、脱出のヒントではないため薫田あるじの反応は薄いです。
ベットの中のシーツが黒ずんでいるのが分かります。それは灰が布に染み付いており、周りの甘い匂いでは分かりませんが、近くで嗅ぐと焼かれたような匂いがします。
「それって五郎の服の残骸じゃないんですか。彼女のワンピースの裾は燃えたような跡がありますし」
「そこで寝ていたのは彼女しかいないよ」
頭のおかしい2人がそう推理しました。彼女のワンピースの裾は燃えた跡があり、白いワンピースが黒ずんでいるのが分かります。
五郎は不思議そうにワンピースの裾を持ち、ヒラヒラさせています。もう少し上にあげてしまうと中が見えてしまうのでヴェニアミンがその手を下げました。
「なんで燃えているんだよ。火事にでもあったのか、それとも故意で燃やされたのか?」
「五郎には怪我もないし、そういうデザインの服なのだ」
「はい、パリコレですね」
針口裕精は五郎の事を可哀想だと思いました。燃やされた、もしくは火事にあったとしても自分の服が燃えていたのは誰だってショックでしょう。
彼女は馬鹿なので、五郎が着ている服をそういうデザインの服だと思っていました。それに蝦蛄エビ菜は面白がって同意しています。
そして針口裕精は机の方を見ました。彼はまたヴェニアミンが何かしでかすと思っているからです。
「そっちは何か見つかったか?」
「机には鍵穴、潰してもいいよね」
予想通りでした。針口裕精はヴェニアミンの方に近くに行き説得をしようとします。
「ものを無闇に壊すな馬鹿。それに鍵がかかっているなら蝦蛄さんが持っている鍵で、開ければいい話だろう」
「開かなかったらまたあの白い部屋のドアに試すのだ」
フォローに薫田あるじが入ってきました。彼女が参入してきたことにより、彼は鍵穴を壊そうとするのをやめました。
そして蝦蛄エビ菜に渡された鍵を使い、机の鍵穴に鍵を入れました。彼は大人しく鍵を使ったので、針口裕精は安心しました。
「じゃあいく…開いた」
机の引き出しは開けると、若い男女の絵画と古びた白黒写真がありました。絵画の男女はどことなく、いえ確実に五郎と血が繋がっていることがハッキリと分かるでしょう。
五郎の髪色と同じ髪を持つ男に、五郎の瞳の色と顔がとても似ている女です。
そして何より全員が驚愕したのは白黒写真です。どう見ても何十年経ったような劣化が見られるのに、その写真の中の五郎と今ヴェニアミンの隣にいる彼女は見た目は一緒なのです。
それに写っている五郎は一体何者なのか、全員はそう思いました。
五郎が1人だけ写っているのです。とても豪華なドレスを着ており、今よりも元気がないようです。
周りには何もありません。ただ、悲しそうな表情をして突っ立ている五郎が写っているだけなのです。
「絵画と白黒写真、他は何もない」
「…だれ?」
ヴェニアミンはそれを引っ張り出しました。引き出しの中はもう何もありません。そして、それを見た五郎はきょとんとしています。
彼女は記憶喪失なので、自分の顔さえも忘れているのでしょう。自分の写真を他人だと思っています。
「これ、五郎なのだ。なんで五郎の写真があるのだ?それにこの絵画は誰なのだ?」
「見た感じだが、記憶喪失前の五郎だろう。そしてこの肖像画の夫婦は…なんだか幸せそうだな」
薫田あるじは混乱しています。肝心の本人はこの写真と絵画を見ても何も反応していないのも理由ですが、何より五郎がババアかもしれないという恐怖があるからです。
針口裕精も混乱はしていますが、彼の場合は五郎が人ではないものと思ってしまったからです。しかし、彼は薫田あるじと違って絵画の方に考えをシフトチェンジしました。
「五郎の写真も入っていたことですし、血縁関係にあたる人物なんじゃないですか。1番有り得そうなのは親子でしょうか。兄妹ならその中に五郎も入っているでしょうし」
「この人達はまだ20歳すらいっていないように見えるのだ。五郎と歳は大目に見てもあんまり変わらないから、多分兄妹なのだ」
蝦蛄エビ菜は五郎と絵画に描かれている男女を親子だと思いました。顔が似ているのもそうですが、五郎とこの男女の年齢差はそう遠くもなさそうなので、もし兄妹ならこの絵画に入っているはずだと考えました。
しかし、薫田あるじは彼女とは違う考えにたどり着きました。
彼女はこの描かれている男女と五郎の年齢差はそう遠くもない、ここは一緒なのですが、この人達は小学生ぐらいで産んでいるという事になります。
彼女には倫理観があるのでそれは有り得ないと思いました。
「肖像画は美化するよ、イギリスのエリザベス一世は60代後半にも関わらず、描かせた肖像画にはシワひとつない。だからこれは美化しているね。だから実際はどうか分からない」
「ニアミンさんが言った事は可能性としてはあるが、俺はこれが本当に若い頃に描かれた肖像画だと思う」
ヴェニアミンが言っているイギリスのエリザベス一世の肖像画は全てシワやシミがなく、若々しい美白の肌です。
それと同じで、この男女が画家に頼んでシワや老いを感じさせないようにしたのではないか、というのが彼の考えた事です。
そして針口裕精はそれも可能性に入れますが彼は本当に若い頃に描いたと考えました。
結論からして、薫田あるじ以外の大人3人はこの絵画と五郎の関係を親子だと思っています。
「どちらにせよ今の段階では判断しかねるかと。私は両方だと思います」
「あぁ、美化されたのと同時に若い頃に描かれたということか。なるほど面白いな」
蝦蛄エビ菜はもう面倒くさくなったのか、両方と言うと妙にウキウキした針口裕精に納得されました。
彼はこの状況を楽しんでいます。なぜなら彼は友達が居ないのでこうやって皆で話すという事は彼の人生の中で1回もなかったからです。
「五郎はどう思うのだ?これでなにか思い出したとか…」
「わからない」
薫田あるじは先程の会話を聞いていた五郎が何か思い出したのではないかと思い、また写真と絵画を見せてみました。
しかし彼女の反応は最初の反応と同じでした。薫田あるじはガッカリしました。
「あちゃーダメなのだ」
「もう調べるものもない、一旦部屋に戻る」
針口裕精が最初に部屋に戻ろうとすると、皆着いていきました。この部屋にずっと居ても何もすることがないからです。
「行くぞ五郎」
「五郎はお姉さんと行きましょうね」
「こわい」
針口裕精は机の前で動かない五郎に呼びかけました。すると、蝦蛄エビ菜が彼女の方に近寄って中腰の状態で話しかけました。
しかし彼女は蝦蛄エビ菜が怖かったのでしょう。針口裕精の所へ行き、彼を盾にしています。
「だよなー?こんな壁舐めたりクッション吸ったりする
「ニートが何ほざいているんですか」
「やめろぉ…」
彼は嬉しそうに蝦蛄エビ菜を馬鹿にしましたが、彼女がとても恐ろしい形相でこちらを見つめてくるので彼はすぐに謝りました。
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