十六歳 その4
彼女の浴衣姿を見るのは初めてだ。
「ミカ〜!久しぶりー!」
ものの数秒で可奈子は立ち上がり、自分も全力でミカに駆け寄る。
「うわあ、可愛い」
実際、ミカの浴衣はすごく似合っていた。すらっとした体型だから、見事に着こなせている。
「可奈子もめっちゃ良い。それめっちゃ良いよ」
「ほんと?」
「うん!写真撮ろう、これ撮んなきゃもったいないよ」
可奈子の返事も待たず、ミカは新型のスマホを出して自撮りを始める。
変な顔で写ってしまったかも、とは思うけど、まあそんなことどうでも良いやと笑わせてくれる。ミカはそういう力を持った子だ。
「いや、本当に会っちゃうとは思わなかったわ」
「ミカも来てたんだね」
「うん、高校の友達と来てて。今私だけトイレ行って帰ってきたとこ」
ワンテンポ遅れて、ミカの言葉の違和感に気づく。
「ん、『本当に』って言った?どういうこと?」
「ああ、うん。それはーその、ごめん、つい」
「ごめん?」
途端に目が泳ぎ出す。
「まあまあ、でも大したことはないよ」
「えっ、そこごまかす?」
「そんなことより!さっき能勢ちゃんに会ったよ」
「えっほんと?」
思わず身を乗り出す。さっき話題に出たばかりだったので、予想以上にどきっとする。
「そうそう、これは本当——」
「そりゃあいるか、いるよね。そう言えば吹部の仲間で行かないかって誘われたよ」
可奈子は昨日の、葉月からのメッセージを思い出す。
『パーカス四人で明日の花火行こうぜ』
グループチャットで突然の投稿だった。そういうのは前日に言っても遅いよ、と返信したかった。でも実際はもっとさっぱりと返したのだった。
『ごめん、もう別の約束があって』
他の二人はオッケースタンプ。結果的に可奈子だけがドタキャンしたみたいな空気になっていた。
全く、こういうところが能勢ちゃんはいい加減なのだ。
「でもばったり会うってのもすごい確率だね」
「でしょー?こんなに人がいる中で特定の誰かに会おうとしたら、まず無理だと思うのよ」
と、ミカはおばちゃんよろしく両手を胸の前でフリフリする。
「この短時間で二人に会えるなんて、すこぶるラッキーだわぁ」
そりゃ良かったね、と呟きながら、可奈子も自然と笑っていた。まだ最後に会ってから半年も経っていないのに、相当久しぶりな感じがしていた。
「あっ。もう彼氏帰ってくる?ていうか長谷部くんどこ行ったの?」
ミカはふっと顔つきを変え、思い出したように言う。
「今ね、わたがし買ってくれてるの」
「ああそうなの!彼氏にパシリさせるとは、あなたも成長したのね」
「そういうんじゃないから」
「ま、楽しそうで何よりだわ!長谷部くんも、受験頑張っただけあったねえ」
優は、三ヶ月で偏差値を十上げて岳南高校の入試に合格した。あれは確かに、誰もが認めうる逆転劇だといえた。
「岳南でも成績優秀だよ」
「ほお、自慢の彼氏じゃないの」
屈託のない笑顔と白い歯は、花火の光でさらに強調される。
「ありがとう」と返しながら、こっそりとミカの背後をうかがう。そろそろ彼も戻ってきそうだ。
その仕草を、ミカに読まれた。
「あ、申し訳ない。もう邪魔しちゃうね」
「いやいや、優くんからしたってミカは他人じゃないんだし」
「他人よ他人、中学一緒なだけなんだから私のことなんて忘れちゃってるよ。それに私も友達待たせちゃってるから、もう行くね!」
相変わらずマイペースな人だ。でもそれが良いところでもある。
「分かった、また会おうね」
「もっちろんよ」
手のひらと手のひらを合わせて、ハイタッチのようにする。それからミカは、可奈子の元から走って離れて行った。
浴衣であれだけスピード出るって、どんだけパワーを持て余してるんだろう。
彼女の後ろ姿を見守りながら、ぼんやりとそんなことを考える。
生暖かい風が吹いた。花火を待つ人々は、ちょっと不安になるほど静まり返る。
そのうち、とんでもない爆音が頭上に響いた。
びくりとして上を見ると、これまでで多分最大であろう、信じられないくらい大きな花火が上がったところだった。あとコンマ数秒見るのが遅れていたら、その大きさも見逃していたに違いない。花びらは金の粉みたいになって、溶けるように夜空の中に消えていく。
——今の見た?
心の中で、可奈子は呟いた。見逃していたら、もったいないなと思う。
「お待たせ!」
視界の隅から、大股で近づいてくる人影に気づいた。
「あ、優くん!」
可奈子は、わたがしを両手で持ち帰ってきた彼に、手を振った。
久しぶりに会った時みたいに、手を振った。
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