3.草谷薫々(くさたにくんくん)ストリートにて(2)

 ここは、まだ、草谷薫々(くさたにくんくん)ストリートの中間地点。

 激安スーパー『東友』の近くである。


 『東友』の激安タイムセールの激戦も終わったのであろう。

 戦利品を手に入れ、満面の笑みで凱旋していくチャリロットがいるかと思えば、怒りと悲しみを風に流すかのように爆走しながら帰っていくチャリロットもいる。


 そんな中、修太朗は、鈍痛がひどくなる下腹部を押さえながら、とぼとぼと歩いていた。

 

(どこでこくべきか・・・それともこかざるべきか・・・それが問題だ。)


 修太朗は、頭の中で『屁ムレット』の名台詞を繰り返した。

 現在、屁の充填率は八十パーセントくらいだろう。

 スカシ番長時代の経験からいくと、充填率百二十パーセントくらいまでなら、なんとか我慢できるはずだ。


 それまでに・・・どこでこくべきか・・・それともこかざるべきか・・・の問題を解決しなければならない。


 修太朗の目の前の風景が次第に薄れていき、うっすらとテレビ画面のようなものが目の前に見えてきた。

 修太朗は問題解決にむけて意識を集中し、その精神を肉体から解き放ったのだ。

 そして、今、脳内テレビのある検証番組を見ているのである。

 

・・・・


 軽快な音楽が鳴り響き、タイトルロゴがデデーンと表示された。


 番組タイトルは、『どうでもいいでSHOW ~こくべきか、こかざるべきか? その屁は安全? それとも危険?~』だ。


 司会進行役であろう中年男性と若い女性の姿が映し出され、その後、別席に座る二人の人物が映し出された。

 彼らは、「?」マークがついた覆面を被っており、その素性はわからない。


 再び、中年男性と若い女性が映し出され、二人が口を開いた。


「今日も始まりました。どうでもいいでSHOW!

 司会進行役の菅(すが) コイタでっすぅ!」


「アシスタントの尾名良 薫子(おなら かおるこ)です。」

 

 ここで、どうでもいいのは承知しているが、二人のプロフィールを紹介しよう。


〇菅 コイタ

 中年の落ち目お笑いタレント。愛称は「ガーすぅ」である。

 満面の恵比寿顔を突如、閻魔顔に変えて「オレッ、おならしちゃうぞ!」と激昂する一発ギャグで、一時、時代の人となったものの、芸風の古さゆえか、本人の実力不足なのか、今のレギュラー出演はこの番組一本のみである。

 他の番組スタッフに会っては、「仕事なぁい、なかったら・・・オレッ、おならしちゃうぞ!」と、自らの一発ギャグを交えながら、恫喝する日々を送っている。


〇尾名良 薫子

 アラサーのグラビアアイドル。

 和の伝統を継承する『和ぁグラドル』としてデビューした。

 生まれながらの色白肌、ぱっちりとした目、スッと通った鼻立ち、やや小さめのぽってりした魅力的な唇を持っているが、素直に美人と言えない顔つきをしている。

 『和ぁグラドル』のため、化粧はせず、代わりにおはぐろをつけている。

 「わたし、化粧しませんから」が決め台詞の深夜ドラマ『ドクトルX(全十話、第三話で打ち切り)』の主役を務めた。

 初のグラビア写真集は、彼女のチャームポイントであるお尻推しの『おならのおしり』である。

 最近、ヌード写真集のオファーが多く、『終わりの始まり』を感じている今日この頃である。


 さて、しょうもないプロフィール紹介で話の腰を折ってしまった・・・引き続き、話を続けよう。


 コイタは、何かを探すような、わざとらしい演技をしながら、スーツの内ポケットから一枚のハガキを取り出した。その仕草を見ながら、薫子の口元が「早くしろ、このボケッ!」と、小さく動く。

 

「本日の視聴者からの検証依頼は、次の通りっすぅ!

 依頼主は、伊集院 修太朗くん 十九歳。

 『ボクは、ロケット芋という名の焼き芋をいっぱい食べてしまいましたが、家でおならをしても大丈夫でしょうか? 検証してください。』という内容でっすぅ。

 屁の専門家である『屁ニスト』のお二方に検証してもらっていまっすぅ。

 早速、検証結果を聞いてみるっすぅ。

 こくべき? こかざるべき? 屁意、ドッチ?」


 続けて、薫子もおはぐろべったりの歯を見せながら、恥ずかしそうに、


「屁意、ドッチ?」


と、棒読みのように小声でぼそぼそと、屁ニストたちに尋ねる。


 二人の屁ニストは、『こくべき!』『こかざるべき!』と書かれた二つの札を、もったいぶったように少しづつ挙げていき、数秒後に『こかざるべき!』の札を高々と挙げた。


 そして、軽快な音楽とともに、修太朗本人主演の検証ドラマが始まった。


〇ケース1『ロケット芋が、本当に人を浮き上がらせる場合』


 自宅に帰ってきた修太朗は、そそくさとトイレに駆け込んだ。

 しばらくたった後、トイレから凄まじい爆発音がした。


「なになに? なにが起きたの?」


 可愛い女の子が、二階から駆け下りてきた。

 赤毛を二つに分け、三つ編みにした、頬にそばかすのある美少女。

 ・・・修太朗の兄、新之助のコスプレ姿である。

 

 新之助は、おもむろにスカートをめくりあげると、半分だけ汚ケツを出し、細かく左右に動き始める。


「なに? なに? なにが起きたの?」


 連呼しながら、新之助がトイレの扉を開けると・・・。


 その視線の先には、トイレの天井に首をめり込ませ、宙ぶらりんとなっている修太朗の姿があった(修太朗の一部が、モザイク処理により隠されている)。


・・・無念そうな音楽とともに画面がフェードアウト。



 コイタは、いかにも演技ですと言わんばかりの嫌そうな顔をし、ハンカチで目元をぬぐいつつ、


「こ、これはヒドイッすぅー! ねぇ、薫子ちゃん。」と、薫子に話しかけた。


 薫子は、両の手のひらを大きく広げ、それで顔を隠しつつ、


「キャッ、ちいさッ!」と、感情がまったくこもっていない声でつぶやいた。

 ・・・いったい、何が小さいというのだろうか?


 続けて、もう一つの検証ドラマが再生される。


〇ケース2『ロケット芋に人を浮き上がらせる力はないものの、そのガスの成分に問題がある場合』


 自宅に帰ってきた修太朗は、そそくさとトイレに駆け込んだ。

 しばらくたった後、トイレから凄まじい爆発音がした。


「なになに? なにが起きたの?」


 可愛い女の子が、二階から駆け下りてきた。

 編んだ黒髪で左右に大きな輪っかを作り、大きな赤いリボンをつけた美少女。

 ・・・修太朗の兄、新之助のコスプレ姿である。

 

 新之助は、おもむろにスカートをめくりあげると、半分だけ汚ケツを出し、細かく左右に動き始める。


「草、草、草、クサすぎて草! ナニ、このニオイ!」


 連呼しながら、新之助がトイレの扉を開けると・・・。


 その視線の先には、便座に腰かけた状態で失神している修太朗の姿があった。

 

 その姿を見た新之助は、


「屁のニオイで気絶? マジ、ウケるんですけど・・・」


と、笑いながら、手探りで胸ポケットに入れてある煙草とライターを取り出した。


「ふぅ、まずは、鼻の中に充満したこのクソみたいなニオイを取らないとな。」


 新之助は、渋声で独り言を言うと、くわえた煙草に火をつけた。


・・・大きな爆発音とともに画面がフェードアウト。



 コイタは、いかにも演技ですと言わんばかりに大きく目を見開き、


「こ、これまたヒドイッすぅー! 屁の爆発はいらんっすぅ・・・よ。

 ねぇ、薫子ちゃん。」と、薫子に話しかけた。


 薫子は、無表情のまま、


「おならじゃなくて、嘘クサさで充満してますね。」と、ぼそぼそとつぶやいた。


 そのコメントを聞いた二人の屁ニストは、『うまい!』『その通り!』と書いてある札を高々と挙げた。


・・・・


 修太朗の精神が、己の肉体へと帰還した。

 実時間で、わずか数秒の出来事である。


 修太朗は、先ほど脳内で放映された検証番組に思いを巡らした。


 ヒドイ検証番組だった・・・。

 オレには、兄なんかいないはずだが・・・もしかしたら、オレの知らない兄が、この世界のどこかで生きているのかもしれない・・・。


 まあ、その件は置いておくとして、問題は検証結果である。

 ロケット芋が本物であろうとなかろうと、いずれにしても室内で放屁すべきではないと、修太朗の直観が訴えているのは間違いない。


 もちろん、まったくの無害の可能性もある。

 しかし、もしものことを考えると、なにかしらの対策を取っておいたほうがいいだろう。とりこし苦労かもしれないが、何もせずに命を落とすよりかはマシである。


 出来る事ならば、放屁したくない。

 しかし、人であるが故、放屁をいつまでも我慢することはできない。

 問題は、どこで放屁するか・・・。


 検証結果からいけば、屋外択一なのは間違いない。

 しかし、修太朗には、外出時に放屁しないという『屋外放屁禁止の誓い』がある。


 修太朗は、いまだ・・・わずかながらの希望を持ち続けていたのである。

 もしかしたら、再び、ヨッシーと出会えるかもしれない。

 その時、「もう、外で放屁していない。スカシはしていない」と伝えたいのだ。

 

 そんな修太朗の気持ちを汲み取ったヨッシーは、もしかしたら、修太朗のことを許してくれるかもしれない。そして・・・。


 修太朗は、ここで思考を停止させ、頭を振った。


 あまりにも・・・希望的観測。あまりにも・・・自己都合的すぎる考え。

 まさに・・・単なる修太朗の願望にすぎない。


 ああ、でも・・・でも・・・それでも、オレは、ヨッシーに謝りたいのだ。

 そして、オレたちは・・・。


 くそッ、もう、やめるんだ・・・修太朗!

 これ以上の考えは、ただ・・・ただ・・・己を虚しくさせるだけ・・・。


 自分に強く言いきかせた、その時だった。

 

 修太朗の眼に、ヨッシーの姿が入ったのは・・・。

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