第33話 二人の未来へ
ある日の昼休み、美琴ちゃんが教室に戻ってくると私の席に近づいてきた。
いつになく不安そうな顔をしている。
まるで親とはぐれた迷子のようだ。
「どうしたの、美琴ちゃん」
「いおりちゃん、あたし、どうしよう……」
きゅっと眉を寄せ、美琴ちゃんは泣きそうな顔をしていた。
一体なにがあったのだろう。
人のいないところがいい、と言うので中庭に来た。
「告白、されたんだけど……」
「お、おう」
おお! 例の黒縁メガネくんもとい黒髪イケメンね!
ついに告白したのか……!
しかし、美琴ちゃんの表情は浮かない。
「あたし、中学のときいじめられてたって言ったデショ? その告白してきた男子、同じ中学の人でさ……」
「そうなんだ……」
事情は知ってるけど、とりあえずなにも知らない体で聞いておく。
「一年のときは眼鏡かけてて気づかなかったんだけど、気づいてからはどうしても思い出しちゃって……」
小さな声で泣きそうに話す美琴ちゃんの細い肩は震えていた。
トラウマ、というものだろう。
黒髪イケメンにいじめられたわけじゃないけど、同じ空間にいた、というだけで思い出すキッカケになってしまうのだろう。
美琴ちゃんのつらかった気持ちもわかる。
黒髪イケメンの助けられなかったという後悔もわかる。
どちらの気持ちも知っているからこそ、当事者ではない私まで苦しくなってしまう。
トラウマを刺激されるから関わりたくない、と美琴ちゃんは言う。
しかし、黒髪イケメンの変わろうとした気持ちも知ってほしいと思ってしまう。
「……美琴ちゃん。私は、美琴ちゃんが選んだほうを応援するよ」
でも、なにも言えなかった。
いじめが怖かったのだと震える美琴ちゃんに、相手も頑張ってるから理解してあげてなんて、とても言えそうにない。
なにより、事情を知っているとはいえ私は美琴ちゃんの友達なのだ。
黒髪イケメンは可哀想だけど、美琴ちゃんの気持ちを優先したい。
「ありがとう、いおりちゃん」
泣きそうな顔で笑う美琴ちゃんをそっと抱きしめた。
あっという間に三年生になり、進学や就職を控えている。
私と拓海、美琴ちゃんは三人とも進学だった。
美琴ちゃんは県外の大学に行くことを決めたらしい。
少しでも地元から離れるためだとか。
結局、告白は断ったと言っていた。美琴ちゃんが選んだ道だから、友達として私は応援したい。
私と拓海は二人とも地元の大学だった。
きっとこのまま地元の企業に就職するんだろうと思う。
少しずつ変わっていく中で、変わらないものがある。
私と拓海は、時々ケンカをしながらも仲良くやっていた。
お互い進学してもそれは変わらず。
大学生活は充実していた。サークルにも参加してみた。
一度目の人生でも大学生活は楽しんでいたけど、今はそばに変わらず拓海がいるのだ。
そのことが、なによりも嬉しい。
大学で友達ができたと話すと拓海は興味なさそうに、でもしっかりと聞いてくれた。
相変わらず拓海はベタベタとくっついてくる。
家が隣同士でカップルの私たちは近所でも有名だった。
外では恥ずかしいからイヤだと言ったのに無理やり繋いでくる大きな手も、歩道側にさり気なく抱き寄せてくれるたくましい腕も、穏やかに私を見つめる真っ直ぐな目も、私は大好きなのだ。
大学生活もあっという間に過ぎた。
途中拓海の後輩が私を敵視してわざわざ家まで付いてきて嫌がらせをするというプチ事件なんかもあったけど、後輩の目の前で見せつけるように私にしつこくキスした挙げ句、舌まで突っ込んできて後輩がメイクをぐしゃぐしゃにするほど大泣きして解決した。
あれは解決と言っていいのかわからないけど、拓海に「この人でなし!」と叫んで帰っていった後輩も中々いい性格をしていると思う。
お互い就職先が決まり、実家から離れているので部屋探しをしている。
大学四年、拓海はもう部屋が決まったらしい。
私はと言うと、まだ決まっていなかった。
ヤバい、このままでは通勤に片道二時間かかってしまう未来が見える。
部屋探しなー、どうしようなー、と考えている間に、卒業の日が来た。
「いおり、飯でも行かね?」
大学卒業の日、一度目とまったく同じシチュエーションで拓海が誘ってきた。
なので、つい身構えてしまった。
わかりやすい私に拓海は苦笑し「何もしねぇって」と茶化すように笑った。
今回はマフラーをしっかりと付けてきた私と拓海が並んで歩く。
このあたりでスタンガン食らったんだよなー、なんて遠い目になっている私の隣で拓海が足を止めた。
「拓海?」
突然片膝をついて、小さな箱を取り出す。
「藍月いおりさん、オレと結婚してください」
開いた箱の中にちょこんと収まっていたのは、指輪だった。
え、えぇー!? こんなことある?
拓海が大学に入ってずっとバイト漬けだったとはおばさんから聞いていたけど、まさか指輪を買うために……?
「うそ」
「開口一番がそれって酷くね?」
「だって、だって……」
声が震える。目じりにじわりと涙が溜まった。
拓海は私の手を取り、指輪を付けた。
「まだ返事してないけど?」
「答えは決まってんじゃん?」
そう言いながらも、拓海は落ち着きなく髪の毛を触っている。
うそだ。本当は不安なくせに。
私は指輪の付いた手を夜空に掲げる。
薬指でキラキラと光る指輪は、なによりも美しかった。
グズグズと鼻をすする私に、拓海が笑いかける。
「いおり、まだ部屋決まってなかったろ。一緒に住もう」
「完璧すぎてなんかムカつくー」
「何だよそれ」
嬉しさと驚きで涙が止まらなくなってしまった私の目元に、いつかの日のように拓海がキスをした。
ちゅ、ちゅ、と繰り返されるキスにさすがに恥ずかしくなってくる。
「ちょ、ここ外だから……」
「いおり、返事は?」
私を真っ直ぐ見つめる拓海の目は、不安に染まっていた。
ふふ、と小さく笑う。
バカな人。
「もちろん、喜んで!」
そう答えると、拓海はぱっと目を輝かせ、そのまま私を抱き上げた。
「よっしゃー!」
「夜だから!」
「いおり、いおり。オレだけのいおり」
抱き上げた私の胸元に顔を埋め、すがるようにそう繰り返した。
普段見えない拓海のつむじを見つめ、抱きしめるように拓海の頭を撫でた。
「拓海、好きだよ」
「いおり、愛してる。幸せになろう、今度こそ二人で」
「うん……!」
一度目の人生では三人のヤンデレによって死にかけた。
幼なじみには監禁され、義弟には刺され、従兄とは心中。
でも、二度目の人生で私は幸せを掴んだんだ。
この手にしっかりと握り、二度と離さないよう。
拓海と歩む、二人の未来を。
恋愛フラグは死んでもお断りします! 赤オニ @omoti64
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