第9話 赤点を攻める奴
「わっかんないよ〜!」
「大丈夫、落ち着いてもう一度解き直そう」
陸兄さんについてもらいながら勉強を始めて一ヶ月が経った。
勉強に集中するため、ゲームは封印しているのでストレスがスゴかった。
新作ゲームの発売日になるとソワソワしてしまう。買う予定もないのにあのキャラが良いとかこの動きがどうとか語りたくなる。
元々苦手な勉強だ。根を詰めてやるとストレスが溜まるからと陸兄さんが気遣ってくれる。
「そろそろ休憩しようか」
「でも全然進んでないよ」
「大丈夫、焦ると余計に解けなくなっちゃうから」
陸兄さんに「大丈夫」と言われると本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
でも、大丈夫じゃないのは自分でもよくわかっている。
この間のテストでも赤点とったし……来年受験生という自覚があるのかと自分に聞きたいぐらいだ。多分ない。
勉強の合間にはおやつも出してくれたりと至れり尽くせり。
甘やかしっぷりにお母さんも呆れるほど。
たまに部屋を覗きに来ては「ちゃんと勉強してる?」と声をかけてくる。
監視も兼ねてるんだろう。
陸兄さんの教え方はとても丁寧でわかりやすい。学校で授業を受けている時よりずっと頭に入ってくる。
頭に入ってくるのと覚えられるかは別なんだけど。
その時だけ理解しても意味がない。覚えられなければ反復して何度も問題を解くしかない。
わかっちゃいるけどいざやるとなると苦痛だ。ゲームのようにわかりやすい敵がいたらいいのに。
この問題を解いたら敵が倒れるとか、宝箱が貰えるとか、そういうワクワクがないと続かない。
ゲームをするためにテレビの前にかじりつくのは全然平気だけど、勉強のために机にかじりつくのは大変な苦痛だった。
うぅん、このままでは自分の時間を割いて教えてくれている陸兄さんにも申し訳ない……。
「そうだ、いおりちゃん」
「なに?」
「次のテストで七十点取れたら新作のゲー厶買ってあげるよ」
最近発売されたばかりのソフトのことだ。
金欠なことと勉強に集中するために買うのは控えていた。
「えっ、でもゲーム封印してるよ?」
「たまになら大丈夫、息抜きも必要だよ」
ただし、と陸兄さんが付け足す。
「おばさんにバレないようにね」
俺も怒られちゃう、と茶目っ気たっぷりに片目をつむってみせる陸兄さんは菩薩か悪魔か。
どちらにせよ、私に対してはベタ甘だった。
新作のゲームを買ってもらえる、という褒美を鼻の先にぶら下げられた私は勉強をそれはもう必死にやった。
苦手だった理数系もそれなりに出来るようになり、積み重ねていけばキチンとわかるようになるのだと実感できた。
勉強に集中する私が気に食わないのか、たまに拓海が家に来ては邪魔をしようとする。
しかし、それらを華麗にかわしてくれたのは陸兄さんだった。
「いおりちゃんは今頑張ってるんだ、拓海くんは一人で勉強出来るだろ?」
とちょっかいをかけてくる拓海を部屋の外に追い出した。
なんというか、じゃれつく子猫をあしらう人間だった。
その風格に恐れおののいたのか拓海も邪魔してこなくなった。
代わりに学校で「アイツなに」と唇を尖らせていた。
「家庭教師みたいなもん」
「ご立派ですねぇへーへー」
「何よその言い方は。ただの親戚のお兄さんだから」
「あっそ」
つーん、と唇を尖らせる拓海はとても不満そうだ。
受験を控え私がゲームを封印していて一緒にできないことも気に入らないんだろう。
「拓海も丘ノ高校受けるんでしょ? もっと上狙えそうなのに」
「いーの、別に勉強なんか家でも出来るし」
それは出来る人の言い分だろう。
出来ない私は学校でも危ういぞ。
そんな出来る幼なじみを持った私は拓海に嫉妬することすらおこがましいのだけれど。
レベルが違いすぎてもう嫉妬すら湧き上がらない。
スゴいねー、と死んだ目で手をパチパチするのが精一杯だ。
「あのさぁ」
「どした」
「今度の週末、遊びに行かね?」
遊びに、とは?
紗紀ちゃんと三人で街に遊びに行ったことなら何度かある。
それも全てゲームだったり地元の小さな本屋では売っていない漫画や本を買いに行くためだ。
拓海の用事で街に出たことがあったかと思わず考えてしまうほど、街に用事があるのは私と紗紀ちゃんだった。
そもそも、用事もないのになぜ拓海は街に行くのに付き合ってくれたのだろう? 今思うとかなり不思議だ。
街に出ると地元にはないクレープ屋さんやゲームセンターがあって、買い物帰りに遊ぶことも多かったからそれ目当てなのかもしれないけど。
それに、私は街が好きじゃない。人が多いし電車は混むし、人が沢山いるところは疲れるから用事がない限りできるだけ家に引きこもっていたい、というのが本音だ。
そんなことを言えばお母さんから怒られるのでとても言えないけど、私の引きこもりっぷりはもはやプロだ。
土日一歩も家から出ないことなんてザラにある。
拓海か紗紀ちゃんが家に遊びに来なければ家族以外と顔を合わせないことだってある。
そんな引きこもりのプロを遊びに誘うとは中々いい度胸をしている。
多分断られること前提で誘っているんだろう。
「どこに?」
「デカい本屋、出来たんだって」
なんですと!? そんな情報、私の耳には入っていない。
まさかとは思うがお母さんが隠してたとか、あり得るかもしれない。
本が好きな私は本屋に行けばフラフラしてるだけで三時間はつぶせてしまう。
そんな時間があったら勉強しなさいと言う無言の圧力なのかも。
しかし、そんな圧力に屈していてはオタクの名折れ。陸兄さんも休むことは大事だって言ってたし、そうそうこれは休憩だよ!
「行く!」
「じゃ、土曜の十時に駅前で」
「うん! 楽しみだねぇ」
にへにへとだらしなく下がる口角を見て拓海の目つきが鋭くなる。
えっ、そんなキモい顔してたかな……と顔を引きしめておいた。
「矢島くんと遊びに?」
「うん! 紗紀ちゃんもどうかなって」
大きい本屋なら同じく本好きの紗紀ちゃんも気になるだろうと声をかけた。
しかし紗紀ちゃんは乗り気ではない様子で、ふるふると首を横に振った。
「わたしはいいかな」
「そっかー、残念」
「いおりちゃんはその的確に鈍いとこ何とかしたほうがいいと思うよ」
「え? 何が?」
的確に鈍いとはなんだろう。ちょっと失礼では。
紗紀ちゃんは何かを諦めたようにため息をつき「なんでもない」とだけ言った。
拓海とのお出かけ当日は朝から雪が降っていてとても寒かった。
「出かけたくなーい」
「拓海くんと約束してるんでしょ、早く行きなさい!」
とお母さんから尻を叩かれてなんとか家を出た。
ギリギリまで家でぬくぬくしてたせいでマフラーを忘れてしまった。首元が寒い。
亀のように首を縮こませながら駅まで急ぐ。
「あ、拓海くん」
「おう」
よ、と片手を上げる拓海に駆け寄る。早くに着いたのか、鼻の頭がほんのり赤くなっていた。
「お前マフラーは?」
「忘れた」
「アホだな……」
呆れたような目にむっとしていると突然拓海が自分のマフラーを脱ぎだした。
そして、脱いだマフラーをそのまま私の首にぐるぐると巻きつける。
「ほら」
「えっ、いいよ、拓海くんが寒いでしょ」
「オレは普段鍛えてるからいーの。軟弱ないおりに貸してやる」
そう言ってニカッと笑う。
なんだそれなんだそれ! なんだそのイケメンな行動は!
これが乙女ゲームだったら高感度は八十%は超えている。確実に。
めちゃくちゃイケメンな行動に見惚れてしまい、マフラーを借りてしまう流れになった。
幼なじみじゃなかったら絶対許されないぞ、こんなの……。
学校の女子に見られていないことを祈るのみだ。
「じゃ、行こーぜ」
「うん」
ん、と差し出されたのは、拓海の手。
なんだろう、突然お手でもしろというのか。
訝しげに見つめていると、拓海はほんのり頬を染めながらモゴモゴと言う。
「すぐ迷子になるからな、いおりは」
「な! 失礼だな、ならないよ!」
ふい、とそっぽを向いて差し出された手から顔をそむける。
どうやらお手ではなく、手をつなぎたかったらしい。
しかしそうはいかないぞ。そんな恋愛フラグへし折ってくれるわ!
「早く行こ」
拓海の手を無視して私は歩き出す。明らかに肩を落とした様子の拓海がどんよりと暗雲を立ち込めさせながら後ろから付いてくる。
新しく出来た本屋は、とんでもない広さだった。
「すっごー!」
店内に入って思わずそう声が出たほどだ。
本の品揃えもスゴい。漫画コーナーやライトノベルコーナー、文庫本コーナーに新刊コーナー。
分厚い専門書も揃っている。
それだけに人も多いが、そんなこと気にならないぐらいワクワクしていた。
「いおり、先進むなよ」
「わかってるー」
口では適当に返事しながらも、足は止まらない。
スゴいスゴい。こんなに本の品揃えがいいなんて夢みたい!
「いおり!」
突然名前を呼ばれたかと思うと、右手を拓海に握られていた。
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