第10話 お出かけなの?デートなの?

「おっまえなぁ、危ないだろ! 先進むなって言ったよな?」

「ひぇ、ごめんなさい」

「危うくはぐれるとこだった……ったく、イヤだって言っても手離さねーからな」

 逃さない、と言わんばかりに手をキツく握られる。

 私の手より大きく、ゴツゴツと骨っぽい拓海の手に不覚にも男の子を感じてしまった。

 ぎゅう、と強く握られ、拓海のほうが体温が高いことがわかる。

 なんだこれ、なんだこれ、まるで――デート、じゃないか。

 ……うう、イカン、ダメだ。恋愛フラグをへし折ったと思ったら乱立してる。どうしてこうなった。

 頭を抱えて叫び出したいぐらいだ。

 なんでこうなるの! 私一生懸命頑張ってるんだけどなぁ!? 

 私がポンコツ過ぎるのか、拓海が出来る奴なのか、恐らく後者なんだろうけど。いや、両方な気もする……。

「おい、新刊コーナー見に行くんだろ?」

「あ、はい」

「なんで敬語」 

 ふは、とゆるく笑う拓海を見て、他クラスの女子が話していたことが頭をよぎった。

「拓海くんって、あんま笑わないよね」

 そうだろうか、とあの時は首をかしげたものだけど、それは私だからなんだろう。

 思えば、紗妃ちゃんと一緒にいるときはあまり笑っていない気がする。

 というか、紗妃ちゃんをじぃっと観察するように見ている。目つきが鋭いから睨んでいるようにしか見えず、しかし当の本人である紗妃ちゃんはどこ吹く風、というカオスな状況だ。

 拓海が不機嫌だと部活に支障が出る、となぜか私が機嫌を取りにいくこともある。

 クラスでは私と拓海はセットのような扱いで、大変不本意だけどとても仲がいい。

 受験勉強で陸兄さんとも接触してしまったし、このままでは一度目の人生の二の舞になってしまう!

「ボーっとして、どうした?」

「……なんでもない」

 ご機嫌な拓海を横目に、私は新刊に集中することにした。

 新刊コーナーを見て回っているだけで三十分が経つ。

 拓海はふあぁ、と横でのんきにあくびをしている。

 つまらないなら手を離してどっか行けばいいのに、わざわざ付き合ってくれるなんて律儀なことだ。

 新刊コーナーの次は漫画コーナーだ。

 漫画は拓海でもわかる作品があるらしく、少年漫画のコーナーでこの作品がどうだあの作人がどうだと話しかけてくる。

「敵めっちゃクズじゃね」

「そこがいいんだよ、わかってないなぁ」

「ふーん? あ、新刊出てる」

「マジで!?」

 漫画コーナーを見て回り、次は文庫本コーナーだ。

「あー、これなんとか賞取ってたね」

「テレビでやってたな」

 そんな会話をしながら歩いていく。

 専門書のコーナーでは本を手に取り「難しそう」「確かに」だけで終わった。

 気になる本があれば手に取りパラパラと軽く読んだり、表紙をちら見したり、そんな感じでぐだぐだ過ごしていたら三時間が経っていた。  

 漫画以外興味がない拓海にとっては三時間も本屋で過ごすのはどうなんだろうと思ったけど、文句一つ言わずに手を握って付いてきた。

「そろそろ昼食べねぇ?」

「そうだね、お腹空いたかも」

 言われてみればもう昼の十三時を過ぎている。お腹も空いて当然だ。

「ニオンで食べよーぜ」

「あ、いいね。あの大きいとこね」

 駅から歩いて十五分のところにニオンという大きなショッピングモールがある。

 欲しい本は買えたし、私としてはもう帰ってもいいぐらい満足なんだけど、流石にじゃあ帰りますとは言えない。

「あそこ、いおりの好きなオムライスの店あったぞ」

「ホント!? やったー、楽しみ!」

 拓海の一言で帰りたい気持ちはなくなった。

 トロトロ半熟卵のオムライスが美味しいお店なのだ。前紗妃ちゃんと行ったときにハマってしまった。

 でも、そんなこと拓海に話したっけな? お母さんから聞いたのかもしれないな、うん。

「テストどうよ」

「今回はなんとか……」

「マジ? つーか、勉強ならオレが教えてやれんのに」

「陸兄さんもバイト探してたし丁度いいかなって」

「ふーん」

 横で唇を尖らせる拓海はとっても不機嫌顔だ。不機嫌になるならわざわざ話振ってこなければいいのに。

 ニオンに着くと、家族連れやカップルが多い。やっぱり休日は混む。

「もう半だし、結構空いてるかもな」

「かもねー。お腹ペコペコ」

「オレもー」

 オムライスのお店に入ると、予想通り席は結構空いていた。

 空いている席に座りメニュー表を開く。

「オレ、デミグラスオムライスにするわ」

「私はー……どうしようかな」

「好きなだけ悩めよ、お前が優柔不断なの知ってるし」

「恩に着る」

「何その言い方」 

 ケラケラと笑う拓海はずいぶんと楽しそうだ。

 紗妃ちゃんと三人で出かけたときは「早くしろよ」って急かしてきたくせに。

 しかし、言質は取ったのでたっぷり悩ませてもらおうじゃないか。

 私はメニュー表をにらめっこを始める。

「んー、カルボナーラオムライスも美味しそうだけど、ハンバーグオムライスも美味しそう」

「あ、ハンバーグはオレも迷った。美味そうだよな」

「だよねぇ。ああ、でもこのカニクリームオムライスも捨てがたい……」

「いおりってクリーム系好きだよなぁ」

「美味しいじゃん?」

「確かに美味い」

 うーんうーんとうなりながらメニュー表に並ぶオムライスの写真を睨みつける。

 どれにしようかなぁ。どれも美味しそうだなぁ。

「……じゃあ、二つ選べよ」

「二つ? ならカニクリームオムライスとハンバーグオムライスかな」

「んじゃオレハンバーグにするから、いおりはカニクリーム頼めば? 分けてやるよ」

「え、でも」

「オレなんかハンバーグ食べたくなってきたし」

 ……なんか、めちゃくちゃ優しいんですけど!?

 拓海ってこんなキャラだった? え? 頭打った?

 いつもより上機嫌だし、私が食べたいものに合わせて自分の頼むものを変えてくれるなんて、今まで一度もなかったのに。

「じゃ、じゃあそうしよっかな」

「ん、決まり。すいませーん」

 店員さんを呼ぶのは拓海の仕事だ。

 なぜなら私が恥ずかしくて呼べないから!

 席まで来た店員さんにメニュー表を見せながら注文をするのも拓海の仕事。

 ああ、こういうところも拓海に頼りきりだったんだな、と気づく。

「オレはハンバーグオムライスで――」

「わた、私はカニクリームで!」

 拓海の言葉をさえぎり無理やり入ったものだから声が上ずってしまい、店員さんの視線が痛くて顔が熱くなる。

「かしこまりました。ハンバーグオムライスお一つと、カニクリームオムライスがお一つでよろしかったでしょうか?」

「あ、はい。それでお願いします」

 確認を取ってきた店員さんの言葉には拓海が返事をして、店員さんは厨房に向かった。

「……珍しーことすんじゃん」

「あ、あはは……いつまでも拓海くんに頼りきってちゃ、ダメかなって」

「ふーん」

 あっそ、と小さく漏らし、拓海は黙り込んでしまう。

 何か悪いことをしたわけでもないのに、拓海が怒っているような気配を感じる。

 拓海は、私に頼られることが好きなんだと思う。

 紗妃ちゃんは私に頼られても面倒くさそうに相手するけど、拓海は口では「しかたねーな」なんて文句を言うけど、その顔は嬉しそうなことを私は知っている。

 だから、私が拓海から離れていこうとするとすぐに機嫌を損ねる。

「お待たせいたしました、ハンバーグオムライスと、カニクリームオムライスです」

「あ、ありがとうございます」

 ぶすっとそっぽを向いている拓海の代わりに店員さんにお礼を言う。

「拓海くん、オムライス食べよ」

「ん」

 のろのろとスプーンを持ちオムライスを突っつき始める。

 トロトロの半熟卵にカニクリームソースがかかったオムライスはとっても美味しそうだ。

 ホカホカと湯気を立てていて、スプーンを入れるととろりと卵が落ちた。

「ん〜! 美味しい!」

 口に入れるとカニクリームソースとトロトロの卵、バターで炒めたご飯が混ざってすっごく美味しい。

 拓海はジトっとした目で私を見たあと、同じくようにオムライスをスプーンですくって口に入れる。

「うっま! なんだこれ!」

「ね、美味しいよね!」

「すげぇ美味い。やべぇ、これはハマるわ」

 パクパクと夢中になって食べ進めるうちに拓海の機嫌も良くなったようだ。

「ほれ、ハンバーグやる」

「わぁ、ありがとう。私のも食べる?」

「おう」

 やっぱり美味しいものって最高だ。拓海の機嫌も良くなったし、食べ終わったらちょっと早めに帰っても……。

「食い終わったらちょっと見に行きたいとこあんだけど」

「い、いいよ」

「サンキュ」

 ……帰れそうにないな。

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