第8話 来たれ受験

 中学生活は特に何事もなく平穏だった。

 いじめもないし。部活も楽しいし。拓海絡みでよく女子から睨まれる程度だ。

 一度目の人生では中二あたりから拓海と疎遠になっていったけど、二度目ではそんな様子は見られない。

 今まで通り家にもよく遊びに来て一緒にゲームしてる。

 ただ、最近気になることと言えば……。

「お前ら夫婦じゃん、夫婦」

 と同じクラスの男子たちがからかってくることか。

 幼なじみで何かと距離の近い拓海と私を夫婦だとよくからかってくるのだ。

 思春期にありがちなテンションだと思えばかわいく思える。

 しかし、同じく思春期テンションな拓海はこのからかいに恥ずかしがってしまい距離を置かれるようになる。……はずだった。

 どうしたことか、突然中身だけ大人になってしまったのか、拓海はこのからかいに動じることはなかった。

 むしろからかってくる男子たちに「お前らガキかよ」と余裕の笑みを返すほど。

 どうしてしまったんだ拓海よ、お前いつからそんなキャラになった? 

 逆に私のほうが動揺してしまった。

 拓海は年々イケメンオーラが増している。顔もそうだけど、態度が柔らかくなった。

 おかしい、一度目の人生で過ごした拓海はもっとぶっきらぼうだった。

 今の拓海は女子の誘いは断るけど、不思議なことに乱暴さがないのだ。

 態度が柔らかい……だからこそ誘いが絶えることがないんだろうけど。

 そんな調子で男子のからかいも女子の誘いも全て華麗にかわし、拓海は私のそばに居続けた。

 ただの幼なじみ、そう拓海は言っているけど、私を見る目に熱を帯びているのはなんとなく察していた。

 このままではマズい。とっても危険だ。

 監禁ルートに行くことだけは避けないと……!

 湊くんとはいい感じの距離感を保って家族をやっていけている。

 平穏な日々を過ごしていきたいと思ってはいるけど、どうにも上手くいかない。

 湊くんは前ほど私に依存しなくなった。

 紗妃ちゃんという女友達も出来た。

 一度目の人生とは違うはずだ。なのに、拓海との仲は深まっている。

 おかしい、こんなはずでは……。


「いおり、今日家行っていいか?」

「え!? だ、ダメ」

 拓海と距離を取るつもりが一度目の人生より近くなっている。

 そのことに私は焦りを感じていた。このままでは一度目の人生と同じ末路を辿ってしまうかもしれない。

 死ぬのはイヤだし監禁されるのもイヤだ。

 絶対変えてやると強い意志で生きてきたのに、なんで……! 

 そんな思いから、反射的に拓海の言葉を拒絶してしまう。

 拓海はむっと唇を尖らせる。不機嫌な時の癖だ。

「何だよ、なんか用事でもあんの?」

「ええっと……」

 どうしよう、勢いで断ってしまったけどなにも考えてなかった。

 ただ、この関係でいることは危険だとはわかる。

 中学生になった付き合ってもいない男女が家に行き来するとか、中々ないことだろう。

 いくら幼なじみと言えど、拓海は距離が近いのだ。

 ……あれ、いっそこのまま拓海と付き合ってしまえばいいのではないか?

 そんな考えが浮かんでくる。

 拓海は私をただの幼なじみだと言うけど、その実恋人のように甘い。

 私は拓海から離れることしか考えていなかったけど、いっそ恋人になってしまえば監禁されるというルートはなくなるんじゃないか。

 拓海は私を監禁する時なんて言っていた?

「これで安心だ」

 と言ったのだ。

 拓海は私から離れていったのに、離れたことで私を誰かに取られてしまう不安を感じていた。

 でも、今回はそもそも離れていっていない。

 だったら監禁ルートはありえないのでは?

 ……いや、でも、恋人になった拓海が私を閉じ込めるルートもあり得るわけで。

「……部屋が、片付いてないから」

「一緒に片付けてやるよ、しかたねーから」

「いやっ、いいよ、一人で出来る」

「は? そんなこと言っといてお前一人で部屋の片付けしたことねーだろ」

「今日からするって決めたの!」

「何だよそれ、意味わかんねー。オレが家来るの、イヤなわけ?」

 拓海の言葉に、うなずくことも否定することも出来なかった。

 幼なじみとしてそばにいるのは楽しい。離れたくないと思う。

 でも、恋人としてそばにいる未来はどうしても想像が出来なかった。

 七歳からずっと当たり前のように隣にいた拓海とキスしたりあれやこれやするイメージが出来ないのだ。

「……アイツらにからかわれんの、イヤになった?」

「そういうわけじゃ、ないけど」

「じゃあオレが何かした?」

「そういうわけでもないけど」

「じゃあ何でだよ」

「……ごめん」

「謝られるだけじゃわかんねーよ。何かしたなら言ってくれよ、直すし」

 正直、なんで拓海が私なんかに執着するのかがわからない。

 私ってそんな魅力ある人間じゃないし、自慢できることと言えばゲームが上手いことぐらい。

 顔も平凡が具現化したらこんな感じになるんだろうなって見た目だし、運動はどちらかと言えば苦手だし、勉強だって得意教科以外は赤点ギリギリだ。

 目つきが悪いこと以外欠点がない拓海が私のような人間を求めてくるのかがわからない。

 他にも美人な子とか、かわいい子とか、クラスにもたくさんいるのに。

 昔から変わらず私のそばにいてくれる。

「オレ、いおりのそばにいたい。いおり、オレを嫌いにならないで」

 拓海は、泣きそうな顔をしていた。

 ただの幼なじみにする顔じゃない。こんな、すがるような声。

 拓海は、私のことが好きなの? そう聞く勇気が、私にはなかった。

「……嫌いじゃ、ないよ」

 小さな声で、そう言うだけで精一杯だった。


 あれから、拓海との距離は変わっていない。

 家にも遊びに来るし、学校でも喋る。

 紗妃ちゃんは何か気づいているみたいだったけど、口に出すようなことはなかった。

 さすがは紗妃ちゃんだ。よく見ている。

 そして察する能力も非常に高い。口に出したら厄介なことになると理解している。

 幼なじみとの関係が少しギクシャクしても、受験はやってくる。

 中学二年の冬、私は勉強に困っていた。

 受験は来年、目前に迫っている。そして私の成績はギリギリを攻めている状態だった。

 そもそも得意科目と苦手科目との差が大きすぎる。

 そして得意科目が文系しかないのも問題だった。

 漢字には強いが計算にはめっぽう弱く、数字を見ているとお腹が痛くなってくる始末。

 理数系はとにかくダメで、常に赤点ギリギリだった。たまに赤点もとる。

 英語もかなりヤバい。危険だ。

 拓海に教わるという手も考えたけど、これ以上仲が深まるのは生死の危険があるのでやめた。

 紗妃ちゃんは私と同じく文系が得意で理数系がダメなので頼れない。何なら一緒に赤点をとったこともある。

 そんな状態で頼れる相手は、一度目と同じく従兄の陸兄さんだった。

「やぁいおりちゃん」

「こんにちは」

 叔父さんが家に遊びに来ていた。

 人の良い叔父さんは去年詐欺に遭ったとかで百五十万ほど騙し取られてしまったとかなんとか。

 しかし、そんなことを気にする様子もなく「金ならまた稼げばいいよ」とケラケラ笑うのだから強い。

 叔父さんの隣には陸兄さんもいた。

「こんにちは、いおりちゃん」

「こんにちは、陸兄さん」

 普段家に遊びに来るなんて中々ないから、珍しい光景だ。

 私より三つ年上の陸兄さんは子どものころ大きな病気をしたことがあり、それがキッカケで医者を目指すようになった。

 頭がよく、学校の成績も順調らしい。

「ねぇいおりちゃん、塾とか考えてる?」

「え、そ、そうですね、勉強苦手なので……」

「じゃあさ、うちの息子雇ってくれないかなぁ」

「えっ、いいの?」

 先に反応したのはお母さんのほうだった。

 キッチンから顔を出して目を輝かせている。

「やだ〜! 陸くんに教えてもらえるなら安心だわ〜!」

 キャアキャアと騒ぐお母さんは陸兄さんの大ファンだ。

 子どものころからモデルさんみたいに美人だった陸兄さんの顔が大好きなんだと。

 子どもの陸兄さんに女装させていたのはお母さんの仕業だと叔父さんから聞いたこともある。

 その写真を見せてもらったらとんでもない美人が写っていたのでたまげたものだ。

 さぞモテるんだろうなぁ……なんて遠い目になってしまう。

 美人の母、美形の叔父、美人の従兄ときてなぜ平凡な娘がきてしまうのか。

「いおりちゃんはどうかな」

「陸兄さんがいいなら……」

 本音を言うと関わりたくない。陸兄さんは私と心中しようとする未来が待っているのだから。

 しかしこのままでは直近の受験がヤバい。頼れる相手は陸兄さんしかいないのだ。

「よろしくね、いおりちゃん」

 ニッコリと笑う陸兄さんの笑顔に既視感を覚え、一瞬鳥肌が立つがこらえて笑顔を浮かべる。

「よろしくお願いします」

 ペコリ、と頭を下げた。

 おかしい……二度目の人生でも三人と関わってしまうなんて。

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