第7話 相性ってやつ
湊くんと新しいお父さんが引っ越してきた。
必死の片付けを終えたあと、ゴミはゴミ箱に入れてきたおかげで汚部屋になることはなんとか防げた。
ズボラ母子にしては頑張ったほうだ。褒めてほしい。
と拓海に言ったら「当たり前のことだアホ」と頭を叩かれた。ひどい。
湊くんは拓海と隣り合った部屋になった。
入学する前にあの部屋だけは絶対イヤ! と言ったおかげである。
私の部屋は湊くんの隣の部屋。家に遊びにくる拓海に何度か「こっちの部屋にしたら」と声をかけられたけどすべて無視した。そもそも君を避けるためなんだよ、と言いたいのをぐっとこらえて。
しかし、困りごとが一つ増えてしまった。それは、拓海が湊くんにちょっかいをかけるのだ。
部屋が隣り合っているので窓を開けるだけで手が届く。
その開いた窓から拓海が湊くんの苦手な虫のおもちゃを投げ入れるのだ。
「わぁん! やめてよぉ」
「情けねー奴」
今日も隣の部屋から泣く湊くんとからかう拓海の声が聞こえる。
「ちょっと! 湊くん嫌がってるでしょ!」
こうして私が止めに入らないと拓海は湊くんに対する嫌がらせを止めない。
しかし、そもそも湊くんに嫌がらせをする理由が私が止めに入ってくるから、つまり私に構ってもらえるから、のような気がしてならない。
いい加減拓海をなんとかしないと私がこっちの部屋にされかねん……!
湊くんには何の罪もないし、ただただ巻き込まれて可哀想なだけだ。
「いい加減にしないとおばさんに言うよ!」
「別に気にしねーし」
「ゲーム取り上げられるかもよ? そしたら一緒にゲームできないね」
「えっ、それは……」
言いよどむ拓海にそのまま畳み掛ける。
「これ以上湊くんに何かしたら、ゲームやらないから!」
バシッと言い切ると、拓海は怯んだようにモゴモゴと口を動かし「……わかったよ」と消えそうな声で返事をした。
唇を尖らせ不満たっぷりの様子でピシャリと拓海の部屋の窓が閉まった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「いいの、虫のおもちゃはあとで拓海くんに返しておくよ」
「お姉ちゃん、カッコよかった! ボクのヒーローだ!」
湊くんがべた褒めしてくることに悪い気はしないが、一度目の人生でも湊くんはこんな感じだった。
子どものころはお姉ちゃんお姉ちゃんとくっつき、大きくなってからも姉さん姉さんと私にべったりだった。
あまりにもべったりで、シスコンだと周りからかわれても「そうだよ」と本人が認めてしまうほど。
流石にイカンと思い就職をしたら一人暮らしをして湊くんから離れようと思っていた。
湊くんの中の私という姉はとても大きな存在で、あの目は崇拝していると言っても過言ではない。
行き過ぎた感情はやがてすれ違いを生んだ。
私が一人暮らしをする、とあらかじめ伝えてしまうと絶対ゴネるから、とナイショで荷物を運び出していくことにした。
しかし、一人暮らしを始める矢先に拓海に監禁された。
半年間の監禁生活を経てなんとか逃げ出すと、家に帰る途中湊くんに会った。
「姉さんの裏切り者! お前なんかボクの姉さんじゃない!」
と言ってナイフで腹を刺された。
私が湊くんに何も言わずに出ていこうとしたことを裏切りと捉えたのかもしれないけど、いくらなんでも殺すのはやり過ぎではないだろうか。
そんなツッコミを入れる力もなく、流れていく血に青ざめた。
私を刺した湊くんはそのまま立ち去ってしまい、一人残された私の元に現れたのが従兄の陸兄さんだった。
陸兄さんは医学生で、どう見ても手遅れな私を見てこう言った。
「大丈夫、俺も一緒に死ぬよ」
笑顔でとんでもないことを言い出すと、湊くんが落としていったナイフを拾ってためらいなく自分の首を刺した。
なんでこんなことになったのか、理解できなかった。
何を間違えた? どこで間違えた? 私は、私は。
こんな未来を迎えたかったはずじゃ、なかったのに。
その後悔を胸に、私は二度目の人生を生きている。
「違うよ。私はヒーローなんて立派なものじゃない」
だからこそ言わなくては。
私は湊くんのヒーローでもなんでもないんだと。
湊くんにとっての私という存在が大きくなればなるほど、裏切られたという感情は大きくなる。
私は裏切ったつもりはなかったけど、湊くんにとっては家を出ていくという行為が裏切りだったのだろう。
湊くんの本当の母親が浮気をして家を出ていったというトラウマもあるのかもしれない。
「ずっと湊くんを守っていくことも、できないしね」
「なんで……? だって、お姉ちゃんはボクのお姉ちゃんでしょ?」
「確かに私は湊くんのお姉ちゃんだけど、私には私の人生があるもの」
湊くんは泣きそうな顔をしていた。
だけど、ここで受け入れてしまっては湊くんは私にべったりになってしまう。
かわいい弟だけど、甘やかしてはいけない。
「大丈夫だよ、離れていても私は湊くんと家族ってことに変わりはないんだから」
さすがにぱっちりとした大きな目にうるうると涙をためている姿は無視できず、そうフォローを入れておく。
湊くんはグズグズと鼻をすすり「うん」と小さな声で答えた。
そんな調子で四年生が過ぎ、小学校の二年もあっという間に過ぎてやってきた中学生。
中学は他の小学校の生徒もいるからクラス数が増える。
当然、同じ小学校の友だちと一緒のクラスになれる確率は減るのだ。
そう、減るのだが。
私、紗妃ちゃん、拓海の三人は見事に同じクラスになった。
クラス数が十個もある中で三人が同じクラスに集まるなんて、ある意味奇跡だ。ありがたいけど。
ちなみに三つ年下の湊くんはまだ小学生だ。
しかし、成長するごとにそのあざと可愛さっぷりが増しているので中学生になるころにはモテモテかもしれない。
目つきと口が悪い拓海でも女子からキャーキャー騒がれるのだから。
拓海がモテるのは小学校の時からだけど、中学に上がると更に増した。
そのうちファンクラブとか出来そうな勢いだ。スゴい。
そんなモテモテな幼なじみのそばにいるには私はあまりにも平凡だった。
拓海が寄ってくると自動的に女子に睨まれる。女子って怖い。
小学生のころ「拓海くんに似合わない」と悪口を言われたことを思い出す。
うるせー似合わなくていいんだよ! と返してやりたいぐらいだ。怖くてできないけど。
女子からジロジロと睨まれながらの中学生活だ。
部活何にしようねーなどと話をするのは楽しい。中学生に戻った感じする。
拓海はサッカー部に入ると言っていた。
運動神経がいい陽キャの入りそうな部活だと思った。
中学は何かしらの部活には入らなければいけないようで、私と紗妃ちゃんは仕方がないので大人しく文化部に入ることにした。
漫画やアニメ好きが集まる部活は私と紗妃ちゃんにはピッタリだった。
二年や三年の先輩方も大人しそうな人の集まりだった。
「拓海くん、一緒に帰ろ」
「ん、オレこいつらと帰るからさぁ」
誘ってきた女子をサラリと断る拓海は私の首根っこを掴んだ。
思わず女らしからぬ「ぐえ」と潰れたカエルのような声が出た。
隣にいた紗妃ちゃんは顔色一つ変えずに「わたしも?」と自分を指さしていた。巻き込まれたくないらしい。
「えー! なんで?」
「幼なじみだから?」
拓海の返事に女子たちは不満そうな顔をする。
「ただの幼なじみでしょぉ?」
「そーだけど」
「じゃあアタシらと帰ろうよ!」
「いや、でもオレが楽しくないからさ」
そう言って私の首根っこを掴んだまま引っ張ってくる。首を絞められたくない私は大人しくついていくしかない。紗妃ちゃんはまだ「わたしも?」と自分を指さしながらついてくる。
後ろから女子たちの「なんでー!」という不満の声を聞きながら教室を出た。
「拓海くん、女子避けに私たち使うのやめてよね」
「いーじゃん、別に。お前ら男いないし」
「失礼じゃない? てか、一緒に帰りたいならそう言えばいいのに」
「は、別に一緒に帰りたいわけじゃ……」
「じゃあ私紗妃ちゃんと二人でかーえろ!」
「そうだね、そうしよっか」
「は!? な、なんでそんなこと言うんだよ……」
ちょっとだけ声がしょんぼりした拓海をケラケラと笑い飛ばす。
「冗談だって」
「ンだよ、いおりのくせに生意気」
「ざまーみろ」
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