第6話 義弟、湊
約束の週末があっという間に来てしまった。
今日はお母さんもいつもより気合を入れたメイクをしているし、私も小洒落た格好をしている。
やっぱり初対面の印象って大事だよね!
いつもは後ろで一つにまとめてうさぎやらくまやらで縛るだけの髪の毛も、今日は編み込みをしているのだ。
普段スカートなんて履かないから足元がスースーする。女の子らしく、なんてよくお母さんから言われるけど、今日の私は最強に女の子らしいと思う。
お店に向かうとすでに一組の親子が席に座っていた。
「ごめんなさい、遅れちゃった?」
「いや、僕たちが楽しみで早めに着いただけだよ。さ、座って」
「ありがとう。この子が娘のいおりよ」
先に座るなりお母さんは私の紹介をしたので、当然のように親子の視線が集まる。
恥ずかしさから前を向けず、うつむいたまま何とか声を出す。
「い、いおりです……」
「わぁ、ボクのお姉ちゃんだ! ボクはみなと。よろしくね、お姉ちゃん!」
無邪気に笑いかけてくる少年こそ、私の義弟となる湊くんだ。
湊くんは素直な性格で、人懐っこい子なのだ。
新しいお父さんの話によると兄妹に強く憧れがあったらしく、再婚相手に自分より年上の娘がいると聞いて飛んで喜んだんだとか。
そんなわけで初っ端から気に入られている様子。
「湊くんは物怖じしないのねぇ、うちの子は人見知りで……」
「これからゆっくり馴染んでいけばいいよ」
ごめんなさい貴方とは十年経っても馴染めせんでした、とは流石に言えない。
新しいお父さんはとてもいい人だ。働くことが好きなお母さんのために苗字を変えるのは僕たちでいいと言うのだから相当だろう。
お母さんは昔からバリバリのキャリアウーマンで、亡くなったお父さんも主夫をしてたぐらいだ。
お父さんが死んでからは私の面倒も見なくてはいけないのでフルタイムで働くことは難しくなったが、結婚して新しいお父さんが主夫になってくれたらまた前のように働ける。
私は働くお母さんがカッコよくて好きだった。家にいないことも多いけど、その寂しさは拓海と遊ぶことで紛らわしていたし。
だからこそ拓海に依存してしまっていたんだろうな……と振り返って思う。
拓海の母親は専業主婦でよく私の面倒を見てくれた。
母親が家にあまりいないという環境に、拓海も哀れみを感じていたのかもしれない。
だからこそ、口ではアレコレ言うものの面倒を見てくれたのだ。
湊くんは私に興味津々な様子で、食事中もあれやこれやと話しかけてくる。
私は口をモゴモゴと動かしながらそれに答えるので必死だった。
一方のお母さんと新しいお父さんは和やかに食事をしていて、とても楽しそうだ。
久しぶりにお母さんのリラックスした顔を見たかもしれない。
娘としてはとても嬉しく思う。
しかし、このかわいい湊くんはが将来私の腹を刺すとは誰も思っていなかっただろうな……。
そんな悲劇は二度は起こらせない。私が阻止してみせる!
決意を胸に、ハンバーグを口に放り込んだ。
食事会が終わり、引っ越しが来月に決まった。
我が家に新しいお父さんと湊くんが引っ越してくるのだと言う。
湊くんは私の三つ下だから今年小学校に入学したばかりだ。
だと言うのに父親がお母さんと再婚することで転校までしちゃうのだからなんだか申し訳なくなってくる。
湊くんはお姉ちゃんと一緒に学校行く! と言っていて転校も気にしていないらしいけど。
来月になったら湊くんと新しいお父さんがこの家にやってくる。
それまで家をキレイに保つようにとのお達しがきた。
私のズボラな性格は母親似だと思うので、もちろんお母さん自身も気をつけるとのこと。
帰ってきて脱いだ服はそのへんの床に置く。
靴下は片方がよく消える。残った片方を捨てたその日に消えていた片方が出てくる。
ゴミ箱に向かって投げたゴミが入らなかったらそのまま放置。
空のペットボトルは並べるもの。
洗い物は溜まりすぎて流しが使えなくなってから洗うもの。
そんな調子で母子五年ほど生きてきたものだから家は散らかり放題だった。
亡くなったお父さんがそれはもう素晴らしい主夫力だったらしいので、ズボラな母とズボラな娘では当然散らかる一方だ。
そんなわけで、食事会の次の日は大掃除だった。
「いおり、なんか黒いのある!」
「ぎゃあ! お母さん虫の死骸!」
と朝から二人でドタバタと大忙し。
クローゼットを二人揃って開けたら中にすし詰め状態だった物が雪崩のように落ちてきて埋まった。
拓海が暇だからと様子を見に来てくれなければしばらくそのまま埋まっていただろう。
拓海は両親を家まで呼びに行き、埋まっていた私とお母さんを助け出してくれた。
「すみません……」
「危うく家で生き埋めになるとこだった……」
「流石にひどい」
「私たちも手伝いましょうか?」
「男もいますよ」
などと拓海家が言ってくれたが、お母さんはぶんぶんと首を横に振った。
「大丈夫です! いおりもいますし」
「じゃあオレだけでも手伝うよ、また生き埋めになんのイヤでしょ」
「拓海くんの休みが……」
「別に、終わったらゲームしてくれたらそれでいい」
ぷい、とそっぽを向いた拓海なりの優しさだとわかる。
あとは単純に手伝ったお礼としてゲームをしてほしいのだろう。
最近家の手伝いをしてゲーム機を買ってもらったようで、家で練習しているらしい。
私とそんなにゲームしたいのかと思ってしまう。
拓海、私のこと好きすぎないか? そんなに素直だとなんだかかわいく思えてしまうからズルい。
心を許してはならぬと自分を律するのに必死だ。
「ゲームでいいなら……」
正直、子どもでも一人増えたらずいぶん楽になる。
私としては手伝ってほしい気持ち半分仲良くなりたくない気持ち半分だけど。
お母さんはかなり迷っていたけど、拓海が「いおりがケガしたらゲームできないし」と心配しているような口ぶりをしたので諦めて手伝ってもらうことにした。
「ごめんなさいね、またお礼させて」
「いいのよぉ。うちの拓海はいおりちゃんが大好きなんだから」
「は!? ちっげぇしババア」
「ほらもうババアなんて言わないの」
母親の手のひらでコロコロと転がされてる拓海は不満そうな顔をしていたが、片付けを再開するとその真価を発揮した。
「捨てる用、取っておく用、迷い中、で三つにわけろ」
「イエス」
「一年使ってなかったら捨てろ。それはもう一生使わん」
「承知」
「風呂掃除は重曹とクエン酸使え。汚れ落ちるから」
「ママぁ」
「誰がママだ」
と、こんな調子でテキパキとよく動いた。
掃除や片付けは家で徹底的にやらされているようで、私のお母さんよりママみがあった。
拓海が参戦したおかげで片付けはずいぶんと早く終わった。
大きなゴミ袋が十袋ほど出て、どれもパンパンに収まっている。
よくまぁこれだけゴミを溜め込んだと言いたい。
ちなみに迷い中、に入れた物の大半は拓海に「これ最近使ったか?」と聞かれ容赦なく捨てる用に放り込まれた。
おかげで家は超スッキリした。ピッカピカだ。
物の上に物が積み重なり、物であふれた獣道のようになっていた自室も片付いた。
自室の床が見える。スゴいことだ。
テーブルはちゃんと食事をしたり書物をする機能を果たしている。スゴい。
いつ置いたのかわからない虫除けと干からびた虫の死骸がセットで出てきたことから部屋の片付けはちゃんとしよう、と思った。
一ヶ月後には同じような状態に戻ってる気がするけど。
「じゃ、ゲームしようぜ」
「テレビもピカピカだしね!」
「あんなにホコリ溜まっててよく病気にならないよな……」
「ホコリと共に生きてるからさ」
「アホか。ったく、オレがいねーといおりはダメだな」
共同作業をしたことでずいぶんと仲が深まった気がする。いっそ気のせいであれと思う。
こんな調子では監禁される未来を回避できない……ダメだ、いっそ拓海本人に「監禁しないでください!」って土下座したほうが早いように思えてくる。
「いおり、このキャラ強い?」
「操作がちょっと難しいかも」
「じゃあこっちは」
「それは簡単だと思う」
「いおりの簡単ってあんま信用できねぇんだよな」
「何だ失礼な」
軽口を叩きながらゲームをする。
こんな生活が続いたらよかったのに。そう心の底から思った。
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