第5話 自慢のお母さん

 一年、二年と同じような空気であっという間に過ぎていった。

 そして三年に上がった頃、クラスでちょっとしたゲームが流行っていた。

 それはクラスメイトの中から一人を選び、全員で無視をするというわかりやすいいじめ行為だった。

 小学生ってこの歳でいじめやんの!? と最初は驚いたものだけど、このぐらいになってくると悪知恵も働くようになる。

 先生の前では仲良くするフリをして、大人の見ていないところで小突いたり話しかけられても無視をしたりするのだ。

 そんな悪質なゲームが流行っているものだからクラスの空気はギスギスしていて、誰がいつ裏切られるのかわからない怯えた雰囲気に包まれていた。

 いじめの主犯格は優等生を演じている五人のグループだ。

 そのグループはいわゆる上位カーストで、逆らったらいじめのターゲットにされてしまうのだ。

 子どもってコエー、などとのんきに考えていたのがよくなかったのかもしれない。

 ある朝学校に行くと、どうも私が次のターゲットに選ばれたようだった。

 話しかけても無視をされ、授業中はクラスメイトが私の悪口を書いた紙を回す。

 後ろから小突かれたり、消しカスを頭に投げられたりとやりたい放題だった。

 ここで「やめてよ」の一言が言えるなら一度目の人生で陰キャオタクやってない、と言いたい。

 いじめの主犯格はそれはもう巧妙にいじめを大人の目から隠した。

 私が拓海の幼なじみだと知っているから、いじめ行為は拓海の見ていないところで行われた。

 休み時間に教室に残ることが多い私は複数人に囲まれ悪口を言われるという苦行を受けた。

「お前なんか拓海くんにふさわしくない」

「学校来んな」

「邪魔なんだけど」

 言われたい放題だった。というか、私がいじめのターゲットになったのってもしかしなくても嫉妬じゃないの……なんか複雑。

 しかし、相手は子ども。こっちは中身二十三歳だ。伊達に二十数年生きちゃいない。

 私はせっせと証拠集めに走った。

 相手は先生からの信頼も厚い優等生なので、口で説明しただけでは信じてもらえないだろう。

 そこで私は考えた。いじめの場面を大人に見てもらえばいいのではないか、と。

「あんたってホントうざいよね」

「生きてる意味あんの?」

「さっさと死ねば」

「いや、死ねばは言いすぎでしょ」

 思わず突っ込んでしまった。

 証拠を集めて先生を呼ぼうと思っていたのに、あまりにもひどい悪口につい反応してしまう。

 子どもだからって言って良いことと悪い事の区別ぐらいしなければいけない。

 何より、私は一度死んでいるのだ。死ぬ苦しみはよくわかっている。

「は? 口答えすんなよ」

「死んだことないのに死を簡単に語らないでもらえますか? めちゃくちゃ痛いし苦しいんだからね、よく知りもしないで口に出すなんでどうなの? あなたのその死ねばの一言で本当に私が死んだらどうするんですか? 責任とれるの? とれないでしょ? とれないならその口閉じてもらえますか?」

 「死ねば」の一言がどうやら私の地雷だったようで、オタク特有の早口が出てしまった。

 そう、人が死ぬということはとても大変なことなのだ。

 それを理解もせずに口に出していいわけがない。ここで諌めるのが中身大人の役目!

 私の早口を聞いたいじめっ子たちはドン引きした顔をしていた。

「……何コイツ」

「キモ……早口で何言ってるかわかんないし」

「行こ!」

 顔を見合わせたあと悪口なのかよくわからない言葉を囁きあってそさくさと逃げるように行ってしまった。

 なんだかよくわからないけど、とりあえず危機は去った模様。


「藍月ー、大丈夫だったか?」

「先生? あ、紗妃ちゃん!」

 しばらくぼけっと突っ立っていたら、息を切らした紗妃ちゃんと先生が声をかけてきた。

「いおりちゃん、なんか囲まれてたから……」

「うん、なんか大丈夫だった」

「よくわからんが大丈夫ならもう行くぞ」

「はい、ありがとうございました」

 ペコリと丁寧に頭を下げた紗妃ちゃんを見習って私も軽く頭を下げておく。

 先生が行ったあと紗妃ちゃんは声を潜めた。

「あの子たち、次はいおりちゃんをターゲットに?」

「みたいだねぇ……まぁ気にしてないからいいけど」

「ひどくなったら言ってね。矢島くんにも言おうよ」

「いいよ、別に。拓海くんに言ったら騒ぎそうだし」

 一度目の人生で拓海の性格は熟知している。

 私がいじめに遭っているなんて知ったら、主犯格のところに突撃しかねない。

 それで余計こじれてしまったらそれはそれで面倒だ。

 さっき私の早口でドン引きしてたし、あれで懲りてくれることを祈ろう。

 翌日から私はいじめのターゲットから外された。

 あの早口によほど引いたらしく、コイツとは関わらんとこ、と判断された模様。

 まぁ、関わってこないなら静かなのでいいんだけど、なんかこうモヤッとする。

 早口治そうかな……そんなにキモかったかな……とちょっとだけ一人で落ち込んだ。


 四年になった年、お母さんから真剣な顔で相談を受けた。

「お母さん、再婚しようと思ってるの」

 家にお父さんはいない。私が五歳のときに病死したのだ。

 二度目の人生が始まった頃にはすでに家にお父さんはいなかった。お母さんは悲しみのどん底にいて、私の前では無理に明るく振る舞っていた。

 私の中に父親と過ごした記憶はわずかで、どれもほとんど忘れかけている。

 だからこそお母さんの悲しみに寄り添えないことがつらかった。

 そんなお母さんが、前向きに再婚の話をしている……! 嬉しい、すごく嬉しいことだ。

 しかし、問題は二つあった。

 一つ目は私が人見知り過激派な内弁慶だということで、新しい父親に馴染める可能性が薄いこと。

 二つ目は私が死ぬ原因となった義弟の湊くんがもれなくセットになっていること。

 湊くんはそれはもうかわいらしい男の子で、僕はお姉ちゃんがほしかったんだと私にとても懐いてくれた。

 どこへ行くにもくっついてきて、拓海に意地悪されては「お姉ちゃん!」と泣きながら助けを求めてくる、かわいい家族だった。

 だがしかし、私に弟ができて十数年後、私はそのかわいい湊くんに「お前なんか姉さんじゃない!」とナイフで腹を刺される。

 その未来も回避しなければいけないのだ。

 お母さんの再婚は祝いたい、しかし湊くんに刺される未来は回避したい。

 まず、拓海の監禁を阻止しなくてはいけない。私が刺されるのは、監禁されていた場所から逃げ出した先のことなのだから。

 これから家にやってくるであろう湊くんの姿を想像し少しだけ身震いをする。

「いいと思うよ」

 ただし顔は笑顔! 私は母親の再婚を心の底から祝える優しい娘だからね!

 お母さんは私の言葉にホッとしたように笑い「よかった。いおりに反対されると思ってた」と少し冗談を言った。

 私の人見知りっぷりは間近で見ているから、半分は本気のような気もするけど。

 そんなわけで、我が家に新しい家族がやってくることになった。


 新しい父親になる人は穏やかでダンディなおじさまだ。

 義理の娘になる私にも優しくしてくれて、学校行事にも進んで参加してくれるいいお父さんだった。

 知ってはいるけど、一度目の人生でもうまく「お父さん」と呼べなかったので多分今回もそんな感じだと思っている。

 最優先すべきは拓海との恋愛フラグ回避だ。

 なんかもう幼なじみは回避できそうにないのでそこは諦めた。あとは付かず離れずの距離を保つこと。

 拓海に監禁されることがなければ、恐らくだけど湊くんに刺される未来はない。

 頑張れ私! 私ならできる!

 己を鼓舞して奮い立たせる。さながら少年漫画の主人公にでもなった気分だ。

「今度の週末に食事会をしようと思うんだけど、いい?」

「うん、いいよ」

「珍しいのね、普段なら絶対イヤだ! って言うのに」

 コロコロと笑うお母さんに苦笑いを浮かべる。

「そりゃあ、お母さんの再婚は娘として祝わなきゃ」

「あら、嬉しいわね。……大きくなったね、いおり」

 不意にお母さんから抱きしめられ、私は目元が熱くなる。

 お父さんが死んで、たった一人で私を育ててくれた強くてカッコいい自慢のお母さん。

 そんなお母さんを置いて死んでしまったこと、後悔してた。

 謎の声のおかげで二度目の人生を生きている。今度こそ、選択を間違えない。

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